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峡の劔  作者: 北白川 司空
第十三章 よしの
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第十三章 よしの(4)

 清太は平次郎の真正面に立ち、杖から剣を抜き、背筋を伸ばして、剣を持つ右腕と杖を持つ左腕を胸の前で交差させる。剣と杖は清太の頸部を左右から挟むような位置にあり、先端は斜め後方、やや上方を指す。

 平次郎は清太の意図を察して、何も問わずに、木太刀を中段に構える。

「わたしの家系に代々相伝される剣技です。」

 清太は言い終えると同時に、両腕を交差させたまま、前傾姿勢を取って、平次郎との距離を一気に詰め、右腕の剣を斜め後方から一閃させる。平次郎は上体を反らせつつ、木太刀を握る両拳を僅かに下げて、清太の斬撃を避ける。清太は剣を振り抜いた勢いで回転して、左手の杖で横殴りの打撃を繰り出し、さらに、残った回転力で回し蹴りを入れたと思うと、再び右手の剣を袈裟懸けに斜め上方から振り下ろす。清太の流れるような連続技は、平次郎に反撃の機会を与えない。清太はさらに突き、正面からの蹴りなどを交えて、平次郎を攻める。

 ここまで木太刀を構えたまま、間合いを見切ることだけで清太の攻めをかわしてきた平次郎が、清太の鋭い刺突に差し込まれて距離を取る。その瞬間を逃さず、清太が鶴が羽ばたくように両腕を広げて跳躍し、平次郎の頭上から剣と杖を同時に振り下ろす。平次郎は右に身体を捻って杖を避けるが、剣をかわしきれず、反射的に木太刀を頭上にかざして、受け止めた。

 清太が大きく後方に跳び、剣を杖に収めて、

「失礼しました。」

と頭を下げた。

「様々な兵法を見てきたが、今のような体術は初めてだ。特に最後の太刀筋は必殺の剣。但し、相殺の剣と見た。」

 清太が頷く。

 平次郎は、この立ち会いで清太が妖術を知っていること、そして、常人を超越した身体能力を持っていること、双方の理由を得心した。そして、秘伝の剣技を披露することによって無言でそれを語った清太に対して、

―自分もその世界を知っている。

という意味の言葉を告げた。

 平次郎の住む兵法の世界には大名や群衆を前にした試合など華々しい世界がある反面、

―勝利のため、流派繁栄のためには、手段を選ばぬ。

という、赤黒い血塗られた一面がある。その目的を達成するため、多くの兵法者達が世間の表裏の境界を往来する。そして、藤佐のように最終的に兵法を究めることができなかった人間が身に付けた武芸を持ったまま、裏世間へと堕ちていくことも少なくない。また、霊山霊峰に山籠する兵法者達は、修行を通じて、妖術や呪術に精通した修験者や密教術者と知古を得る機会も多い。

 二人は離れ屋に戻る。

 清太が天王寺砦松永陣屋における僧侶との格闘を平次郎に説明する。

―薬を巧みに使い、従者のことを「百足」と呼んでいた。

 平次郎が腕を組み、顎を僅かに引いて視線を床に落とす。

 暫くの間、沈思した平次郎が、

「百足という名前は聞いたことがない。しかし、力量に優れた術者は世に名前など知られぬもの。世間では飛び加藤や猿飛、霧隠などが名人と言われているが、それは表世間が勝手に名付けて、喜んでいるだけで、優れた術者というのは正体はおろか、実在も定かでないものだ。」

と語った。


 清太と平次郎は離れ屋を出て、表門へと向かう。

「わたしは、明日、京を離れて、泉州堺の実家に帰る予定だ。ひと月ほどで京に戻るつもりだが、その時、清太殿が大原に居るようならば、また立ち会おう。」

「わたしはいつ大原を離れることになるか分かりませんが、また、会えるようでしたら、是非とも。」

 門前に出た清太は、色付き始めた稲穂が涼風に揺れる秋景の中に、寂光院から戻って来るよしのの小さな姿を、見つける。

 平次郎に挨拶するため、清太が振り返ると、平次郎が茫然自失の様子でよしのを見つめていた。

「平次郎殿、どうかなさいましたか。」

 平次郎は清太の質問に反応せず、よしのの姿を凝視したまま、息を飲んで立ち尽くす。

 突如、平次郎がよしのに駆け寄り、彼女の両肩を鷲掴みにして、激しく揺さぶる。

「加枝ではないか。」

 平次郎の表情に明瞭な驚愕を浮かぶ。詰め寄られたよしのの顔色がみるみる蒼白に変化する。清太が恐怖に全身を震わせるよしのと激情を露わにする平次郎の間に割り込み、彼女の肩に貼り付いた平次郎の掌を引き剥がす。

「どうなされました。」

 平次郎は清太の質問を無視したまま、険しい形相でよしのを見つめている。

「加枝…。」

 平次郎は驚愕したまま、もう一度、女性の名前を呟く。

「加枝とはどなたですか…。」

 清太が平次郎の興奮という火焔に油を注がぬよう、ことさら冷静な口調で、再度、問い掛ける。

「わたしの妹だ。」

 平次郎はよしのから視線を外さずに答える。

 丁度、門前に駆け付けた於彩が平次郎の言葉を聞いて、腰が抜けたように地面に座り込む。於彩は何かを言おうとしているが、声にならぬまま喘ぐように口を開閉させる。

 清太が平次郎の腕を掴んで、もう一度門内に引き摺り込み、三度(みたび)離れ屋に連れ戻す。

「わたし達は先程の娘をよしのと呼んでおります。しかしながら、…。」

 清太は唇を震わせながら、平次郎に伏見街道で藤佐を頭領とした悪党達に連れ去られそうになっていた娘がよしのであること、さらに、よしのが記憶を失っていることを手短に説明した。

―本当に、加枝なのか…。

 平次郎はここまでの経緯を聞いて、さらに想いを強める。

 よしのが加枝であるということは、裏を返せば、堺にある平次郎の生家が只ならぬ事態に見舞われていることを意味している。しかも、この物語には平次郎と因縁浅からぬ藤佐が登場する。清太の口から「藤佐」の名前が出るたびに、平次郎は怒色を濃くした。

「幼少より一緒に暮らした兄妹だ。まず、間違えることはない。」

 平次郎は清太に断言し、即刻、堺の生家へと出発した。

「あの方は私の兄なのでしょうか。」

 落ち着きを取り戻したよしのが、遠ざかっていく平次郎の背中を見つめながら、隣で寄り添っている清太に呟く。

 清太はよしのの肩に手を置いて、自分の方にそっと引き寄せた。

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