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真実か理想の復讐者 The Avengers whith IoT(Ideal or Truth)  作者: 藍澄早瀬
第二章 理想を追う探偵 A Detective Who is Idealism
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第二章第五話

 久しぶりに芽亜里と会っていたとき、泰三から突然連絡が入った。芽亜里に断って電話に応じる。

『え……、真理央が……!?』泰三から入った連絡は、驚愕の内容だった。真理央が警察に逮捕されたという。

『進次?』芽亜里が心配をしてくれるが、進次の思考は働かない。

 夕方、唐突に小室家に訪れた警察は逮捕状を見せ、真理央を引っ張っていったのだと言う。容疑は警察署への脅迫文を書いたという強要罪及び威力業務妨害罪。すぐに浮かんだのは、真理央がコンピュータのプログラミングを趣味にしていたということだ。

 まさか、そんな……。

 進次は芽亜里の声をよそに、その場を去って小室家へと向かった。そのときにはもう、警察は真理央を連行した痕だった。進次は上司たちと真理央の帰りを待った。

 しかし、真理央は進次たちの前に、二度と現れることはなかった。


 真理央の自殺の知らせを聞いて、進次は身体の力が入らなくなりその場に座り込んだ。財布を取り出しストラップを握りしめる。「真理央……。お前は本当に、犯罪を犯してしまったのか……?」

 進次は堪らず涙を流した。自分に泣くという行為ができることに驚いた。涙の止め方がわからなかった。呼吸が乱れてくる。進次はしまいに慟哭した。合鍵を使って入ってきた芽亜里が背中をさすってくれていることに気付くまで、進次は泣き続けた。


 泣くのは九年ぶりだろうか。進次はいつのまにか、涙を流しながら膝に蹲って眠りかけていた。顔を上げた。右手に握りしめていた『マルカブ』をもう一度見つめた。

「よし! 待ってて、真理央!」進次は立ち上がった。黒キャップを被り直し、ミニボトルの中のアルコールをもう一度顔に吹きかけた。

 進次が立ち去った後の街灯は再び光を取り戻した。進次の軌跡を確実に照らしていた。


 茨城(イバラギ)那央(ナオ)が時間通り自分が持っている店のシャッタを閉めようとしたとき、馴染みの客が現れた。

「こんな時間にごめん、いつものお願い!」その人物は必死に頭を下げている。

 那央は言った。「値段、高く付くけど、いいよね?」客はもちろん了解しているとの合図。それならば、那央に文句はない。その人物のご依頼通りに仕上げるのみだ。早速準備に取り掛かる。

「あとでrose(ローズ)のパソコンを貸してくれないか?」その人物の『rose』という名称に、那央は一瞬緊張を覚えた。

 『rose』はこの店の名前なのだが、この客との会話で出てくる「rose」という言葉は、店のことではない。その店長である那央自身のことを示す暗語なのだ。この客の秘密を扱う仕事に巻き込まれたということ。その仕事に付き合うのは非常に面倒なのだが、断ったところで別の面倒ごとが誰かに被さるのは目に見えている。この人物は一人でも多くの人の笑顔を守ろうと奮闘している。そのことを知っているからこそ、那央は鬱陶しく思いながらも請け負うことにしているのだ。

 その後は雑談をかわしながら、楽しんで仕事をしていく那央。客も那央のなす仕事に満足をしているようで、完全に身を任せている。

 那央は髪を整え、「終わったよ、ジョーン」自分の仕事を終えた。あとは客の仕事に付き合うのみだ。

「その呼び方、やめてくれない?」Joan(ジョーン)と呼ばれた客はそう言いながら、スタッフルームから持って来られた那央のノートパソコンを受け取った。

「別にいいじゃん。可愛いよ」慣れた手つきで那央のパソコンを起動していくJoanを眺める那央。その心内では、自分が作り出したJoanの可愛さに惚れ惚れとしていた。

 Joanは慣れたもので、軽くあしらいながら「ん、パスワード」と、ロック解除を那央に求める。那央は二つ返事で要求に応えた。

 パソコンを受け取ったJoanはデスクトップを弄りながら呟いた。「やっぱり、ゴムでポニィ・テイルにまとめるより玉簪の方がいいなあ」

「はいはい、ちゃんと用意してるよ」那央はJoanのために玉簪を用意していたのだ。濃い紫に所々金で装飾され、まるで星空のような硝子の簪。足は銀製だ。「ところで、誰にメイルしているの?」

 Joanはeメールを開いていた。「いや、誰にも」

「嘘」

「いや、ある意味ではホント。一応、宛先はJFと鮫だけど」このとき那央は自分が犯した失態に気がついた。Joanは気づいていないか見逃してくれているのだろう、那央の失態には触れない。「JF」と「鮫」はJoanの仕事上の仲の人物たちだ。つまり、秘密にしなければならない仕事。先ほどもJoanは那央のことを「rose」と呼んだのだから、その仕事についてだと気づいたはずだ。それなのに、那央はそれに触れてしまったのだ。

 Joanの「JF」と「鮫」との連絡方法は那央はすぐにわかった。Joanが言った「ある意味ではホント」という言葉も理解した。

 Joanは「JF」、「鮫」のそれぞれと共通のメイル・アカウントを持っている。Joanはそれぞれに伝えたい内容を下書きで保存しているのだ。つまり、誰とも送信着信履歴を残さない手段だ。二人は定時になったらそのアカウントを見るようになっているのだろう。そのときに彼らは保存された下書きに気付くという寸法だ。実は、「rose」ともJoanは共通アカウントを持っていたりする。実際はそのアカウントを通じた連絡は少なく、アポ無しで訪ねられることが大半なのだが。

「(『JF』と『鮫』……、両方とも技術関連の人物ね……。ITの分野で何かが起きているの?)」那央は非常に口が硬く、Joanの仕事を誰かに漏らすことは絶対にない。それがJoanの絶対的な信頼を得ている理由なのだ。那央はそれと関わることで、面倒に思いながらも楽しんでいた。考えることが好きなのだ。それに対価としては可愛いJoanを愛でることができるというものもある。

「(ま、私には到底思考の及ばない次元の問題なのでしょうね)」那央は可愛らしいJoanに改めて尊敬の念を抱いた。

「OK。ありがとう!」Joanは立ち上がった。彼(女)――英語でいう(s)he――はまた情報と秘密と犯罪の戦いに挑みに行くのだ。

「頑張って、Joan……、ううん、ワトスン。くれぐれも気をつけて」

「ああ」彼(女)は店のドアを開けた。「行ってきます」

「行ってらっしゃい」Joanは那央が経営する女装サロン『rose』を退出した。


「(ま、別に女装してもらう必要はなかったんだけど)」Joan(和田進次)は協力者の一人、茨城那央に協力を申付けるとともに、彼(女)の仕事(趣味)に付き合うことになっていたのだ。

「(しかたないな。現在地の状況から彼(女)に協力してもらうのが一番条件が良かったし、ここから先は電車も用いなきゃなんないから、女装の方が都合がいい)」そう思うことで、女装の恥ずかしさから逃れることにした。

 JoanはJohn(ジョン)の女性名であり、ジョン・ヘイミッシュ・ワトスン(進次)が女装したという意味を込めて那央が命名したものだ。進次がJoanになる回数は二桁に達しており、進次自身は女装が嫌いではないのだが、やはり恥ずかしさは残るのだ。そのため女装時でも動きやすいジーパンを履いているし、下着は男性のものを着けている。(那央の趣味に付き合った数回はスカートや女物の下着を着せられたりもしたが)

 例の顔に吹きかけたアルコールは落としている。女装して別人になっているのに、そんな状態でカメラに映ってしまったら逆に目立ってしまうからだ。代わりに那央から借りたマスクそ装着。那央の趣味のため、マスクの色は桃色だ。ついでに、普段の変装時に用いるメガネも掛けている。ブルー・ライト・カットのレンズということで、薬局で売っていた市販のものだ。レンズに度は入っていない。コンピュータをいじるときなどに、たまに使っている。

「(翔騎と慈英には連絡をした。これで、自然に事務所のパソコンを乗っ取った犯人が分かるはず)」Joanは近くの駅を目指していた。那央に言った、「JF」と「鮫」はそれぞれ海月翔騎と鮫川慈英のことだ。「JF」は海月の英語のJerry Fishの頭文字、「鮫」は鮫川の省略のことだ。「ワトスン」はそのままワトスンの和名、和田進一の一字違いから和田進次のこと。

 Joanが彼らに送った(残した)メイルはそれぞれ次の通りだ。

『to JF

 ウェブカメラ及びPへのDDoS攻撃の件、承知した。現在、事情があってPに追われていてMaryとの連絡つかず。アイミもおそらく行動をともにしているだろうと想像できるので、Maryたちに先の件を知らせてくれ。

 また、DDoS攻撃対策のため、鋼猩にも知らせ、ニュースでIoT機器の破壊を出来るだけ拡散してほしい。被害の一部はこちらも支払う。

ワトスン』

『to鮫

 事務所のパソコンから警視庁への爆破予告が発信された。クラックされた可能性が高い。パソコンは公安が持って行っただろうから、手掛かりが少ない状態になるのだが、そのクラックした人物特定をお願いしたい。おそらく、パソコンへの侵入経路はMaryのスマフォと思われる。明日12:00にこのメイル・アドレスを起動するのでできればそれまでに。

ワトスン』

 Joanは駅に到着し、電車に乗った。「(メアリィのスマフォから犯人が特定できればいいが……)」吊革を握り、窓の外を眺める。都会の無機質で威圧的な高層ビルが流れてはまた現れる。広い空が細い隙間から少しだけ見える。

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