第二章第二話
「パレイドなんてあった?」「確か、ラグビィ・ワールドカップの開催パレイドがあったよ」
芽亜里の質問に進次は答えながら脳内での考察は続いた。「(もし、手薄な警視庁にDDoS攻撃が行われたら……?それで終わらず、そこにテロリストが侵入したら……?マズイはずだ。DDoS攻撃が開始されると推定される時刻は午後六時半だから、警視庁は真っ暗だ。どうやって、テロリストを防ぐんだ?)」
「よくご存知で」
「患者さんがよく話してくれるんですよ」進次は考えを進めながら、莉麒の皮肉に応えた。
「患者?」
「ああ、知らないんでしたね。僕、本業は医師なんですよ。こちらの探偵事務所はヴォランティアとして開いているので」
「あ、そうなんですね」猫を被ったような態度から、進次は彼が知らないふりをしているのだろうと思った。
「それで、どうして僕が逮捕されるんでしょう?その脅迫状の出されたのがここだったとか?」
「いえ、届いたのはメイル。スマフォからではなく、パソコンからの送信だった」
「パソコン……、ああ、なるほど。ということは、IPアドレスっていうんですか?それが、ここのものだったと」
「ええ、まあ」
「だとすれば、九年前の事件の二の舞ですね」進次は莉麒に皮肉を返した。
「九年前と言うと……?」
「忘れたなんてことはないはずです。」あの事件で都民の、警視庁への信頼は大きく墜落したのだから。「九年前の猪尾真理央誤認逮捕事件だけはね」
昌克の情報から、『真実か理想の復讐者』という言葉が出てきたため、ちょうどその『真実か理想の覇者』事件を思い出していたのだ。
「あなたの方からその事件が出されるとは思いませんでしたよ」莉麒は嬉しそうに言った。哲夫の方も笑みを浮かべている。「我々が切り札として使おうと思っていた情報を、あなたの方から出してきてくれるんですから」
「それは、どういう……?」進次は莉麒の余裕さに、どこか犯罪者たちの陰謀の影を感じた。
「犯行予告の宛名ですよ。実はですね、その猪尾真理央誤認逮捕事件の真犯人が使っていた団体名、覚えてますか?」
「……『真実か理想の覇者』?」
「ええ。今回、使われていた氏名は、『真実か理想の復讐者』百千万億真理。明らかに、その九年前の事件を意識している」
「『真実か理想の復讐者』!?」その単語がここでも登場するとは思いもよらなかった。
「その様子だと、何かご存知のようですね。反応を見る限り、首犯とは思えないが、共犯である可能性は高そうだ」
「(まさか、東野院長殺害事件も、ここに関係してくるのか……。『真実か理想の復讐者』……、その名前で購入された大量の『サタンの母』……。まるで、大きな建物を破壊するかのような量だった……)」
そのとき愛実が叫んだ。「九年前みたいに、コンピュータ・ヴァイラスによるものの可能性もあるんでしょ!?ワトスンが犯人とは限らないじゃない!」
「アイミ……」進次は彼女の叫びに驚き、そして感涙に咽びそうになった。芽亜里を見ると、彼女も怒りと悲しみの混じった表情をしている。二人の女性にこんな思いをさせている自分にすこし情けなく思えてしまった。
「我々もその可能性を考えました。だから、ここを突き止めるまでに二日掛かったんです」
「え?」愛実が勢いを失った。
「ここのコンピュータから直接本庁に予告が届いたのではなく、ここのコンピュータから発信されたコンピュータ・ヴァイラスによって遠隔操作されたパソコンから予告が発信されたんです。そう、まるで九年前と同じように」
「(九年前のあの事件……。そこが発端か……。『真実か理想の復讐者』……)」
「そんなの、進次のパソコンだって感染しているかも知れないじゃない」ついに芽亜里も反論した。
「それはこれから調べます。それにどうやら、彼はあのときの被害者と知り合いだったようですからね。最大の容疑者ですよ」
被害者……、そうつまり、あの事件の犯人に貶められ、警察にも裏切られ、最期には自殺をしてしまった少年――小室泰三の養子、猪尾真理央だ。
「上司の息子だから仕方ないでしょ?それに、そこまで調べてるなら、初めに苗字を間違えないで欲しいな」進次は再び皮肉を交わした。
「そこから先の話は後にしてもらおうか」
莉麒は進次の手を掴もうとした。すると、進次はそれをスルリとかわした。
「(もし、ここで捕まったら、パソコンから無実が証明されるまで、おそらく拘束され続けるだろう。そうなれば、翔騎の依頼は達成できない)」進次は莉麒を睨んだ。「(こいつらにDDoS攻撃の話したところで、まだこちらでさえ確証を得ていない以上、彼らが信じるとは到底思えないし、最悪、翔騎まで逮捕される。そうなったら、DDoS攻撃を防ぐ術がなくなってしまう。ここで捕まるわけにはいかない!)」
「ちょっと、すみません。あとの話は警視庁捜査一課の五十嵐昌克によろしく」
進次は翔騎が開発した閃光弾を床にぶつけた。大きな音、もしくは強い振動に反応する仕組みなのだ。
部屋を包む眩い光は、進次の行動を隠してくれた。進次は芽亜里に「ごめんね」と伝えて事務所から去った。