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真実か理想の復讐者 The Avengers whith IoT(Ideal or Truth)  作者: 藍澄早瀬
第一章 真実を追う小説家 A Writer Who is Truthism
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第一章第十三話

愛実(マナミ)さん、愛実さん?』

 愛実が微睡みの中で想い耽っていると、誰かに肩を揺すられた。

『ん……、なに?』テーブルに向かっていながら、意識が完全に別世界へと旅立っていた愛実は、その声で元の世界に瞬間転移した。

『大丈夫なんか?疲れてんのとちゃうんか?』

 しばらく目の焦点が合わず、また、脳の回転も正常でなかったため、その人物を判別することができていなかったが、それらの機能が正常に働き始めると、愛実はすぐに声の主を認識した。

『あれ?(ツカサ)君?なんでこんなところにいるの?』

 愛実がいたのは、愛実が通っている大学の近くのコーフィ店であった。個人が経営している店ではあるが、チェイン店のものより美味しく思われる。コーフィの他にもカリィ・アンド・ライスや焼きそば、ラーメンなども提供しており、朝食を作る時間がない日の朝や、ゆっくりしたい夕方などに、よく訪れるのだった。

『バイトなんや。ほら。』吏は身につけていたエプロンを摘んで愛実に示した。

『え、前のバイトはどうしたの?』

 吏は以前、愛実が紹介した運搬のバイトに勤めていたのだ。

『もうすぐ、ここ、閉店やさかい、近くのカフェに行こっさ。』

『OK。分かった。』

 愛実と吏はカフェの席で向かい合った。愛実が先に口を開く、『っで、なにかあったの?』

『実は、愛実さんが紹介してくれた運輸バイトの社長が、先月肺癌にかかってもうて……。ほんで、しゃーないから、運輸の会社を畳まなあかんようになって、先輩たちも、みんな路頭に迷うことになってしまうとこやったんや。けど、社長の奥さんがなんとか働き口を見つけてくれて、俺は今のバイトに就くことになったんや。他のみんなも、なんとかやっていけてるみたいや。』

『……。』愛実はしばらく呆然としていた。吏の話が、愛実にとってとても衝撃的で、俄かに受け入れがたいものだったのだ。

 しばらくして、やっと発声する。『そう……、だったんだね。大変だったね。気づいてあげられなくてごめんね……。そっか、(ハヤシ)さん、癌にかかってたんだ……。あれほど、タバコをやめるように言ってたのに……。』

 吏がバイトに就いていた運搬業の社長は、愛実の叔父、林喜久(ヨシヒサ)だった。その伝手を使い、愛実は吏にバイトを紹介したのだ。

『愛実さんには、ほんま、感謝してるんや。あんがとございました。』吏は頭を下げた。

『いえいえ。別に、感謝されるようなほどでも……』

『愛実さんのお陰で、今でもこないして、働いていけるし、生活も出来てる。ほんま、あんとき、愛実さんに出会ってへんかったら、どないなってたか、分からんよ。だから、俺にとって愛実さんは恩人や。』

『ありがとう。野球は今でもやってるの?』

『バイト仲間と、今でも、たまにやってるよ。愛実さんも、また、一緒にしよっさ。』

『もうすぐ、大学も夏休みだし、いいよ。』

『約束やで。』

『うん、約束。』

 愛実と吏は、互いの小指を絡ませた。


 絡ませた指を解く運動に乗り、あたしの身体は、視点は、回転する。

 止まっていた時間から離れていく。

 吏の指が、あたしから離れていくのと同じように。

 流れに身体が運ばれる。

 あたしは、想いの強い時点に引き寄せられる。

 あたしは、身体が回転する中で、渦を見た。強い、過去だ。

 渦の軌道に乗る。あたしはその中へと引きづりこまれる。

 近づくと突然、渦の中央から、何か球体のものが飛んできた。


 目の前でボールとバットが激突した。愛実はボールがほぼ鉛直方向に飛び上がったのを見逃さなかった。キャッチャマスクを脱ぎ捨て、ミットを天に仰いだ。

 ボールは初速度よりも重力による加速が大きくなり、地上に向かって落下していく。愛実は少しずつ後退りしながら、確実に落下地点を見極める。

 少しの緊張感を伴って、ボールが愛実のミットの中に収まった。ファールフラィ。これでスリーアウト、チェンジだ。吏が親指を立ててサインを送ってくれた。愛実はそれにウィンクで返した。

 これで五対五のまま、九回裏。愛実たちの攻撃だ。

 時は八月の二十五日。場所は愛実が吏に出逢った河原。そこに、十八人の少年少女が集まっていた。愛実を除くと全員、林喜久の経営していた会社のアルバイトだった人たちだ。夏休み前の愛実と吏の約束は、果たされたのだ。

 打席に立ったのは愛実。愛実は伸びをして緊張を解した。愛実の三つ後の打席に、満塁ホームランを打った大柄の少年が控えている。なんとかして、彼にまで繋げて、点を取りたい。

 愛実は相手のピッチャを見た。愛実が打席に立ってそのピッチャと対峙するのはこれで五回目だ。球もある程度慣れてきたところだ。大丈夫、打てる!愛実はバットを構えた。

 一球目。ピッチャが投げた球が大きく外れてボール球。ピッチャも疲れているのだろうか?愛実の頭をそんな考えが過ぎったが、愛実は振り払い、神経を集中させる。たとえピッチャが疲れていたとしても、次の球がストライクでないとは限らないのだ。

 そして、二球目。ジリジリと地面を焦がしていた真夏の太陽も西に傾き、涼しい風が吹き始めていた。風が川の水面を撫でたとき、ピッチャの手からボールが離れた。

 まっすぐ向かってきたボール。愛実はそれを逃さず、バットの芯で打ち返した。

 ボールはセカンドの頭を超えて外野へ。愛実は筋肉痛になり始めている足を必死に動かし、ベイスを目指す。

 センタがボールにすぐに追いつき、グローヴに納める。それを察した愛実は、勢いをつけてベイスに飛び込んだ。吏の声が聞こえた気がした。


 試合は五対五で引き分けとなった。延長戦をしても良かったのだが、門限の都合で帰らざるを得ない子が多かったのだ。

 愛実は最終的にスライディングで二塁ベイスに触れられたため、ギリギリセイフとなったのだが、その後、三振、フライ、と続き、頼みの綱のホームランバッタも、粘るつもりで打ったファールボールをキャッチされ、敢えなくアウトになってしまったのだ。

 帰路は吏と共にした。『今日は楽しかったね。』

『うん。あんなに集まってくれるやなんて、思うとらんかったわ。』

『正直、男子ばっかだと思ってたから、女の子がいて、驚いたよ。』

『せやな。なんや、彼女らは、中学か高校のときに、ソフトをやってたらしいんやけど。』

『へえ。そうだったんだ。相手側のファーストの子なんか、最後のファールフラィを、無理だとおもったのに、追いついて取っちゃったから、すごいなあとは思ってたんだけど。』

『あいつは、バイトんときもテキパキ動いとったさかい、瞬発力のあるやつみたいやな。もっと俺も、見習わんとあかんわ。』

『吏君って、ああいう子が好きだったりするの?』

 愛実が訊ねると、吏はわかりやすく頰を赤らめて『べ、別に、好きなわけや……ない、し……。』と否定した。

 かわいいな。愛実はふと、そう感じた。なぜそう感じたかわからなかったが、愛おしく思った。その照れた微笑を守りたいと思った。

 照れ笑いを浮かべながら、吏は訊ねてきた。『愛実さんの方こそ、好きな人はおらんの?』

『いないよ。』愛実は即答した。それは現在形ではなく、現在完了形の意味合いを含んでいた。

『ほうか……』吏は照れ顔のまま、夕陽の方を向いてしまった。自然と愛実も同じ方向を見やった。空に紅い夕陽が浮かんでいるが、昼間の太陽とは大きさがまるで違う。遥かに今の時間帯の方が大きく見える。どうしてなのだろうか?しかし、そんなことはどうでもいい。ただ、その紅い夕陽を背景にした吏のシルエットがとてもカッコよく思えた。


 別れ際、愛実は吏に呼び止められた。『あの、愛実さん。』

『ん?なに?』

『連絡先、もろうてもええやろか?いつでも、話ができるように。』

『うん、いいよ。』愛実は自分のケイタイのナンバをメモして渡した。


 あたしは気が付いたら思考の流れの中にいた。

 夕陽のイメージが頭から離れない。

 そうか、それがあたしの、

 吏に関する記憶の最期だ。

 この次に見る映像は、あたしにはもう分かっている。

 次の記憶も、

 夕陽がキィだ。

 流れは、人生で最も感情的な時点に到着する。


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