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俺がこんな死に方するなんて認めない!

 薄暗い電灯の明かりがチカチカと点滅し、古いパソコンの明かりが顔を照らす。

 口を半開きにしながらただ作業のように手はマウスのクリックを押し続けている。


 パソコンの画面に映し出されるRPGのグラフィックは決して出来のいいものではなかったが、惹かれるものがたしかにあり、かれこれ三時間も熱中してこのゲームをやりこんでいた。


 物語もついに佳境。

 ありきたりな勇者が姫を救い出すというファンタジーの話ではあったが、ついにラスボスと呼べるところまでたどり着き、ようやく今しがたそのラスボスを打倒したのだ。



「ふぅ……」



 ゲーム研究部というただの暇人の集まりでしかなかったこの部活で、唯一真面目にゲーム制作をしていた有村渉(ありむら わたる)有村渉が作ったまだ名前すらないこのゲームに、いつしか本気でのめり込んでしまっていた。


 ゲームはエンディングに差し掛かり、盛大なファンファーレと共に勇者は攫われた姫が待つという牢へと一人向かう。


 なかなか会えなかった姫との感動の再会に、思わず熱いものがこみ上げてきそうになる。



『あなたを助けに来ました! さぁ早く牢から…』



 勇者が手を差し伸べた先に居たのは……



『儂…… 怖かった!!』



 最初の村に居た御高齢の村長だった。



「ふっざけんなぁああ!!! 俺の三時間を還せェエエ!!!」



 思わずキーボードを激しく叩き、罵声を画面に浴びせる。

 こんなにも激しい怒りを覚えたのは初めてだったのだ。


 あんなにも苦労したのに助けたかったのはお前なんかじゃないんだと声を大にして言いたかった。

 その時不意に後ろのカーテンが開き、ショートカットの女性が眉間に皺を寄せて不機嫌そうな声音で答える。



「あの、お客様…… 他の方も居られますので少しお静かにしてもらえないでしょうか……」


「あ…… はい。 すいません」



 そうだった。 ついゲームに夢中になりすぎて忘れていたがここはネットカフェだったのだ。


 不機嫌そうな店員さんに謝り、そっとゲームを閉じる。

 周囲から咳払いが聞こえてくることからこれ以上留まるのはよろしくない。



 ……はぁ、トイレ行ったら帰るか……



 薄汚れた廊下を歩き、トイレへと向かう。

 立て付けの悪い個室のドアを開き、ため息を吐きながらドアを閉めるとズボンのチャックをおもむろに下ろした。


 三時間も座っていたこともあり膀胱は限界間近だったのだ。

 決壊したダムのように勢いよく流れ出るものを眺めながら思案する。



 ……明日渡に会ったら絶対文句言ってやる…… メインヒロイン助けたと思ったらまさかの爺さんとか、誰得だよっ!!



 でも、途中までは楽しめたから複雑な気分だ……


 出し終え、ため息を一つはき、おもむろにチャックを上げる。



「あがっ!? いっつつうううう!!!」



 激痛。

 それも尋常じゃないほどの痛みに思わず足がふらつく。


 冷や汗を流し、おもむろに下腹部へ目を向けると、盛大に噛んでいた。



「ふぅうううう!!」



 震える手で外そうと試みるがなかなか外れそうにない。 涙が次々流れてくる。



「どう…… して…… ぐっ、ごほっごほっ!?」



 思わずむせるような息苦しさに襲われ、足元をみれば白い煙がトイレの内部にまで入り込んできている。



「ごほっ、嘘…… だろ!? か、火事……」



 チャックは噛んだまま、焦る思考で考えたのはまずはここから出ることだ。

 ドアノブを捻り、ドアを押す。



「開かない…… ごほっ、嫌だっ!! 誰か!! 開けてくれっ!!」



 ドアを激しく叩くが一向に返ってはこない。 煙がトイレの中に充満してくのにさほど時間はかからなかった。



「ごほっ、だ、誰か……」



 意識が薄れていく。

 こんな、チャックが噛んだまま死ぬとか…… あり…… えない……


 男子高校二年、中島湊(なかじま みなと)中島湊はチャックが噛んだままネットカフェの火事によってこの短い命を散らした。



 ■ ■ ■ ■ ■



 眩い明かりの中、眩しさにその瞳を薄く開けると目前には綺麗な女神ではなく、年老いた白髪の長老のようなご老人が立っていた。



「ようやく目が覚めたようじゃの」



 朧げな意識で辺りを見渡せば、真っ白な空間に自分とお爺さんが立っている以外は何も見当たらない。



「俺は…… 死んだんじゃなかったのか……」



 自分の手を見てみるが透けてるような事もなく、声もはっきりと出る。



「ああ、ちゃんと死んだんじゃよ。 まったく…… チャック噛んで死ぬとか、儂じゃなかったらセクハラもんで訴えられるところじゃよ」



 ため息混じりでお爺さんは手に持ったカルテらしきものを眺める。


「このご時世こういったことに厳しくてのう。 繁忙期じゃから人手も足りんというのにこういった死亡例は困るんじゃよ。 儂がたまたま暇つぶしに見たからいいものの、本来であれば転移のきっかけさえ貰えんまままた輪廻の渦に戻されるところだったのじゃぞ」


 えっと…… 何がどうなっているかというよりもまず何をするべきかはわかった。



「いや、ちょっとそういうのいいんで、他の女神呼んでもらっていいですか?」


「なんじゃ、儂じゃ不服なのか?」



 そんなむくれた顔をしてもらっても困る。 そういうのは可愛い女の子がするからいいのであって、お爺さんがやってもイラつきしか上がらない。



「こ、こういうのって綺麗な女神がするものであって…… その…… お爺さんもこういった仕事をしてるんですか?」


「よくぞ聞いてくれたのう。 儂の名はフェデリア=リエステール=オーファン。という一応昔は名を馳せた神であってのう。 恵まれず亡くなった魂を再び新たな役目を与え、第二の人生を歩んでもらうプロジェクトの初期のリーダーだったんじゃよ。 最近では若いもんの指導ばっかりだったからたまには悪くないと思ってのう」



 フェデ…… 長いな…… 爺さんでいいか。



「いまいちピンときておらんようじゃな。 いわゆるガイドじゃよ。 あらゆる世界にこの場所は繋がっていてのう。 儂らがそういった子らのために第二の人生をサポートしていくんじゃよ」


「はぁ……」


「習うより慣れろじゃよ。 ほれ、さっさとせんか」


「一体どこに行くんですか……?」


「異世界じゃよ」






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