実践で鍛える
「ではそろそろ実践と行くか」
次の晩、モスキート注は天内に練習のために処女のもとへ行くことを告げた。
「蝙蝠に変身してひとっ飛びだべか」
「その方法だと服を自室に置くことになるので、現場では全裸ということになってしまう。高貴な吾輩にはふさわしくない」
「なんだつまらないだ」
「それからお前はまだ見習いゆえ、血液ではなく唾液で我慢してもらう」
「いやそのほうがむしろ願ったり叶ったりですだ。おらキスの経験すらないだ。うおおおおお!燃えてきただ! 」
「心底下品な奴だ。前言を撤回する。お前は処女の枕元まででストップだ。それ以上はするな」
「いやいやいや、やっぱり唾液なんて汚らしいですだ」
「なら吾輩の言うとおりにしてろ」
結局どちらにしろ願いはかなわなかった。
モスキート注の授業は続く。
「さて血を吸うに当たって、気の利いた口説き文句を言わねばならぬ」
「見本を見せてくんろ」
「実は有名な文句は著作権がうるさいので、吾輩もこれは少々苦手だ」
「ググレカス」
「あー、腹が立つわ。もうお前には二度と教えん」
「すんません。言葉が過ぎただ。名文句を教えてくだされ」
「うるさい。自分で考えろ」
この後、自宅から出て深夜の町を徘徊する二人であった。
「地図によると、三軒先に三十八歳の処女がいる」
「おら、嫌な予感しかしないだ」
「馬鹿者、今の時代処女は絶滅危惧種なんだ」
「男は草食男子が増えているはずなのに、おかしいだ」
「さあ着いたぞ。この住宅で家事手伝いをしている三十八歳がターゲットだ」
モスキート注はコソ泥のように秘密のテクニックを使って二階へ上がる。気温は暑く、窓にはカギがかけられていなかった。
「デブは暑がりだからな」
「今回は中止して欲しいだ」
「いいから練習しろ」
二人は三十八歳処女の寝床へ忍び込んだ。丸々太った子豚のような中年女性が、鼻毛を飛ばす勢いで、盛大にイビキをかいていた。
モスキート注は小声で吸血鬼のきめ台詞を言うように促す。天内は女性のそばで小声で囁いた。
「痛くないでしゅよー。ちくっとするだけでしゅからねー」
「お前は小児科医か! 」
「だってこれしか思いつかなかっただ」
「あらこんな深夜に誰かしら」
三十八歳処女が目を覚ましたようだ。
「やばい逃げろ」
二人は急いで窓から逃げ出した。
「待ってー。白馬に乗った王子様」
三十八歳処女は必死に後を追う。
「わしは蝙蝠になって逃げる。お前は自力で何とかしろ」
「あっずるいだ。それなら服を隠して困らせるだ」
「自宅に戻るから全裸でもオーケー」
「全部きっちり施錠しておいただ」
「余計なことをするな」
もたもたしていた二人は、回り込まれ三十八歳処女に通せんぼされてしまった。
「逃がさないわよ。久々の男だもん」
「吸血鬼さん前に出るだ」
「うるさいお前こそ前に出ろ」
などと醜い譲り合いをしていると、空がうっすらと明るくなってきた。
「やばいこのまま朝日に当たると灰になってしまう」
「まあ、わたしの美貌にハイになるなんて嬉しいわ」
「吸血鬼さんここは蝙蝠になって、おらも連れて逃げるだ」
「馬鹿者め、重量オーバーだ」
背に腹には代えられないので、モスキート注は蝙蝠に変身し空を飛ぼうとしたが、二人が足をつかんで離れようとしないので逃げられない。もう時間がないので、元に戻って走って逃げることにした。
「キャーッ!おケツ丸出し! 」
三十八歳処女は、あまりのことにひっくり返った。そのまま彼女を置いて走る走る。なんとか自宅まで逃げ切った。
「ケツが益をもたらしたか」
「血液(ケツ益)は吸血鬼には大切ですだ」
オチは本当に苦しかったです。