この方達話が通じないのかしら?
息抜きに短編書きました。
「ニコラス・ビルトとヘレン・ウィザードの婚約を破棄する。」
そう言ったニコラスの声が城の大広間に響き渡る。
なにもここでやらなくてもいいのに、と私は溜息をつきながら肩をすくめる。なぜこんなことになっているかと言うと、新しく転入してきた侯爵令嬢マリー・ティアックと私の婚約者が最近ずっと一緒にいると噂になっていて、今日ついに婚約破棄を言い渡されたところである。
この国では月に1回の王家主催のお茶会が開かれている。今日はその日なのだ。お茶会なので強制参加ではなく、来なくても良いのだが、私はある目的のためにここにいる。
今日何回目かの溜息をつきながら、声のした方に向かう。そこにたどり着くとこの国の第一王子であるニコラスと、その腕にぴったりとくっついているマリーが勝ち誇った顔でこちらを見ている。
「なぜです?理由をお聞かせ願いますか?」
私は極めて冷静に問う。そうすると、ニコラスが少し怒ったように言った。
「このマリー嬢が転入してきてから、マリー嬢のことを叩いたり、影でコソコソと罵っていたそうだな。」
「私はそんなことをした覚えはないのですが。証拠はあるんですか?」
私が言うと同時に、ニコラスとマリーの近くにいた数人の男子生徒が前に出てくる。マリーの取り巻きたちだ。
皆、王子には及ばずともそれなりの位にいる者ばかりだった。そして一番前にいた宰相の息子ロゼが代表して口を開く。
「私は、マリー嬢が気に入らないとヘレン嬢がマリー嬢を叩いているのを見ました。」
そうすると後ろにいた男子生徒達も次々と口にする。
「私は、ヘレン嬢がご友人達とマリー嬢の悪口を言っていたのを聞きました。」
「わ、私も」
よくもまあペラペラと嘘が出てくるものね。そう、半ば感心しながらさあどうしようかと考える。いつも一緒にいる友達まで巻き込むのは勘弁して欲しい。
「見たというだけでは証拠にならないと思うのですが。嘘をついているかも知れませんし。あなた方もマリー様も。マリー様、本当に私があなたに嫌がらせをしたと?」
反論しようとした男子生徒達を一瞥し、正面に目を向ける。
すると、急に白々しくマリーは泣き出した。
「うぅっ…ニコラス王子に婚約者がいるって知らなくってっ…私がっ…ニコラス王子が好きだから怒ってらっしゃるのでしょう…?ごめんなさいっ…でも…私…。」
「ヘレン嬢、マリー嬢に嫉妬とは醜いですよ。」
ついでに少し怯んでいたマリーの取り巻きたちも勢いづいて反論する。何を言っているのかしらこの方達は。話通じてないのかしら?本気で首をかしげていると、急に笑い声が聞こえてきた。
「あっはははは、はははは!」
ロゼが大声で笑っているのだ。空気を読めとロゼを睨むと、こっちに気づいたらしく、
「ごめんごめん。あまりの演技力に笑っちゃって。でももう良くない?もうめんどくさいって顔してたじゃん。しかもヘレンがこれ以上言われるのも耐えられないしね。」
はぁー。そりゃそうだけど。まあいいか。さあ反撃開始と行きますか。覚悟を決めると同時に急にマリーの取り巻きたちが慌てだした。
「なぜだ!ロゼっ!お前もマリー嬢が好きだと。一緒にマリー嬢をヘレン嬢から助けてあげようと。」
「あーゴメンね!嘘だよ。嫌いな相手を好きって言うのはなかなかきつかったよー。」
「私達を裏切るということはニコラス様を裏切るのと同じことだぞ!」
「えっなんで?ニコラスは元々こっち側じゃん。ねー?」
そう言ってロゼがニコラスを見て首を傾げる。そうすると今まで黙って聞いていたニコラスがこっちに来る。まだマリーがその腕に縋りつこうとするが、その手をはたき落とした。
「そうだな。そろそろこの女のお守りは飽きたしな。」
「なんでっ…?そんなっ…」
取り乱すマリーをおいてすたすたとこっちに来たニコラスとロゼと顔を見合わせると、私は数枚の写真をカバンから取り出した。そしてそれを周りに見せる。すると周囲がざわつきだす。その写真は何かと言うと、マリーが取り巻きたちと出かけている所だ。しかもご丁寧にひとりひとり違う日に出かけている。毎日違う男性と出かけているとなればとんでもない醜聞だ。
しかし、それを見ても取り巻きたちは
「これは僕達がお願いしたのです。マリー嬢は僕達のわがままを聞いてくれただけで何も悪くありません。」
「じゃあこれは?」
そう言ってロゼが取り出したのは録音機だった。そして観衆が見守る中そのスイッチを押す。
〝私…実はヘレン様に嫌われているみたいなんです…私がニコラス様をとったから…実は叩かれたり、影で何か言われてるみたいで…怖くてっ…〟
「ここまではまあちょっと引っかかるとこあるけどか弱い令嬢って感じだよねー。これ、ニコラスに言ってたやつなんだけどこれと同じこと君らも言われてない?」
「だっだったらどうなんだ!」
「いやーどうってわけじゃないんだけどさ。この後、君らのマリー嬢が侍女に言った事聞いてみる?」
もうヤケクソ気味になってきている取り巻きたちを見て少し笑ってからロゼはスイッチを押す。
〝ほんと、男って馬鹿ですわ。ちょっと泣いて何でもするって言ったらヘレン様に嫌がらせされてるところを見たって言ってくれるんだからチョロいもんよね。〟
「いやぁぁぁぁぁぁ!やめさせて!今すぐやめさせなさい!!」
絶叫するマリーの声が響き渡る。しかし取り巻きたちはもう動かなかった。呆然とした顔で立ちつくしている。
「娘が申し訳ありません!娘とは縁を切りますのでどうか爵位剥奪だけは…!お願いします!」
皆が騒然としている中でティアック侯爵、つまりマリーの父親が前に出てきた。そしてニコラスに向かって頭を下げ懇願する。しかしニコラスは静かに首を振った。
「それを決めるのは私ではない。王である父が決めることだ。」
そう言うと観衆をかき分けて王の元へ連れていく。そして王に耳打ちをしてこちらに戻ってきた。皆が見守る中、王が口を開く。
「娘だけが悪いのならお前は付き合いも長いし国に必要な人材だから縁を切れば爵位剥奪はやめようと思っていたのだが…。実はお前には隣国と繋がっているという噂があってな。ニコラスに、娘に近づかせ、探らせていたんだ。そしてさっき結果を聞けば事実みたいだな?娘が全部喋ってくれたぞ?」
そう言うと、ティアック侯爵はマリーの方を睨む。そして王に向き直ると
「申し訳ありませんでした!でも…」
「言い訳はいい。いつもは忙しいと、茶会は欠席するのに、婚約破棄したニコラスと娘と婚約させてこれ以上の地位を望んだのが仇になったな。このまま逃げていれば捕まらなかったかもしれないものを。侯爵だからまだ証拠が集まっていない状態で呼び出せないしな。」
「……」
「国王として国民は大事にしたかったのだが…。仕方がない。ティアック侯爵を地下牢に入れろ。娘も一緒にだ。」
王が指示を出し、そばに控えていた騎士がふたりを連れていく。マリーは叫び疲れたようでもう何も抵抗していなかった。しかし、断罪はまだ終わらない。今度はニコラスが前に出てきて、取り巻きたちに言う。
「お前達もヘレンの罪を偽装し、侮辱した罪は重い。処分は後で審議するが、もう二度とここに戻ってくることはないだろうな。」
ニコラスがそう言うと同時に青ざめた顔の取り巻きたちも連れていかれ、少しの間、大広間は静まり返っていた。
❁❁❁❁
すべてが終わるとニコラスに呼ばれたので、王城に向かった。そして王城に着いて応接室で待っていると、ドタドタという足音とともにニコラスがすごい勢いでやってきた。豪快に扉を開けると侍女たちがいるにも関わらず、ニコラスはヘレンを抱きしめる。
「ヘレン、会いたかった。」
正直嬉しいけど恥ずかしい。気がつけば侍女たちが音もなく退室していた。二人っきりだと意識すると余計に恥ずかしくなる。しかし、ニコラスは何も気にしてない様子で続ける。
「マリー嬢とティアック侯爵の断罪をするためにはしょうがなく、見せしめの意味もあったとはいえ、公の場であんな恥をかかせてすまなかった。」
「あら。その割にはノリノリで演じてらっしゃった気がするのですが。」
ふふっと笑いながら私は少しの仕返しのつもりで軽口をたたく。しかし、
「 何を言っているんだ。そもそもマリー嬢など眼中にない。式の途中もずっとヘレンをどうやって助けようかと考えていたところだったんだ。ロゼに先を越されてしまったがな。」
ニコラスはそう言ってふわりと笑った。反則だ。私はその笑顔に逆らえないと知っているだろうに。
「まあ許して差し上げます。しかし、あんな公の場で婚約破棄したのです。これからこんな私を貰ってくれる人などよほどの物好きしかいないでしょう。しかも撤回にはたくさんの手間がかかると思うのですが。」
それでも、と言ってから、一呼吸置く。いざと言うとなると緊張する。
「私のこともらってくださいますか?」
そう言うと、ニコラスの目が丸くなる。ダメかなと心配になって不安げな顔で見つめると、すぐに驚いた顔が柔らかな笑顔に変わる。
「もちろん。当たり前だろう?」