無線局業務日誌。6
朝出勤するともう既に局長さんが来ていた。
「おはよう。クララちゃん、あの昨日の電波兵器なんだけど…。旅籠の女将さんが看板出して欲しいと言ってるんだ。あと、日乃出食堂さんも…」
「ええっ軍の兵器に看板なんて聞いたこと無いですよ?」
「そうだよねえ。昔は放送に広告出してたけど…今は広告出せないからさあ…。最近、みんな寂しいって。」
そうです、敵地への放送で”旨いっ卵かけご飯に○○養鶏場の新鮮たまご”なんて放送できない…。
「そ、それは将校さんに相談しないと…。」
「そうだよねえ。こまったねえ。みんな最近暗い話ばかりだから…。不安なんだよ。」
「おはよう、何か問題が有ったのか?」
「あ、おはようございます。」
丁度良い所に将校さんが出勤して来た。
「おはようございます。実はですね…。町の方々から、最近景気の良い話がないからそろそろ広告を再開してくれって。後…。小話も。」
「軍の直轄なんだ。広告が無くても…。経営に問題は出ないだろ?」
「ソレだけの問題じゃないんですよ…。市井の方々は息が詰まっているって。もう少し。その…。地元の情報を出して欲しいって。元々ウチは町の放送局だから。」
「う~ん。困ったなあ。自分の一存では何ともならん。上の判断が要る。」
「中継局でなく。ココの送信ダケで放送してはダメなんですか?時間外に。」
いつの間にか磯貝さんが来ている、カバンを机の上に置いている。
今来たばかりの様子。
「う~む。要請はしてみるが…。」
「まあ、最近は娯楽に乏しいからねえ。何か面白い話でも出来れば良いんだけど。」
「もうそろそろ蓄音機の曲にも限りが在りますから。」
「同じ曲ばかりだとねえ。ドコかで演奏収録会でもないのかね?」
「むう。軍楽隊では…。まあ、無理だな。」
「あの、将校さん、昨日の屋根に付けた電波兵器なんだけど。偽装塗装して良いかな?」
「あ?偽装?」
「そう、いかにも兵器って感じだから看板か何かに偽装。」
あ、ダメだ。局長が悪い笑顔になってる。
流石に将校さんも気が付いてる。
「何の偽装だ?」
「え?旅籠と…。食堂かな…。」
目が泳ぐ局長さん。
「解かった、上に確認してみるが…。あの兵器は上が興味を持っている。お偉いさんが視察に来る。余り変な偽装は出来ない。」
鋭い目で睨む将校さん。
「そ、そう、それなら無理だね…。」
しぼむ局長さん。やっぱり何か企んでた。
放送室に入り赤いランプが点灯する。マイクオン・チェック。OK。
「こちらは、I4MVE、イズヤ帝国軍、戦時臨時放送局です。本日、帝国暦483年…。」
「入感あり、受信感度…、規定内。」
もう既に機体の設定と組み立ては終了している。
「よし、順次、飛ばせ。」
「ヨーウソロー」
甲板上で点火プラグを加熱、発動機が回り始める。
暖気が終了してチョークが戻った機体から順次、甲板上のレールをスプリングで飛ばされていく。
飛び出した機体を双眼鏡で追う。
よし、高度を取った後は首振りを止め波長を掴んだ様子だ。
真直ぐ飛んでいく。
最後の機体の発進を見届けると。我々の任務は完了だ。
「全機発進完了。艦長、後は頼む。」
「了解。最上甲板員へ通達、艦内へ。潜望鏡深度。進路、南東。」
発動機の音が艦内に響く。
後はあの艦長に全てを任せて本国に帰るダケだ。
やれる事は全て行なった。
あのクソムカつく貴族語を話す歌姫ともオサラバだ。
壁の鉱石ラジヲを聞きながら海を眺める。
この灯台は海軍の監視所の役割もある。
しかし、今まで敵なんて見たコトは無かった。
殆どは漁船の監視だ。
俺も腰を悪くしなければなあ。
寒いと腰が痛む。コレが無ければ息子と船に乗るんだが…。
放送局のニイチャンに直してもらったラジヲは調子が良い。
以前のバリバリ音も出ない。
最近は、前に聞いた音楽と、聞きなれない外国語。面白い話なんて何も無い。
せめて野球の中継でもやれば良いのに。
「専任監視官殿に交代の要員を派遣。現状の引継ぎを願う。」
「異常な~し!!、東出のオッサンの漁船が相変わらずの黒い煙だ。早く直せよ。」
「了解。ワッチの交代を行なう。」
「はい、握り飯とお茶。」
「おう、ありがとう。」
在郷兵同士の敬礼なのでイイカゲンだ。
今の所属は海軍だが敬礼は陸式だ、まあ田舎なので誰も文句言わない。
でも、徴兵時代の上等兵が未だこんな所まで利いてくるとは…。
形式ダケの交代式が終わると。
デッキチェアに座り、詠み古した新聞を読む。
相変わらず、景気の良いコトしか書いてない。
コレでは何も解からない。
包みを開け握り飯を頬張る。
町の噂では山の向こうの軍の基地が攻撃されて直に復旧したらしい。
死人もケガ人も出なかった。
防衛用の新兵器が放送局に付いて、皆見学に行こうという話だ、弁当と酒を持って。
造船所の棟梁の話では変な形で回るらしい。
小型の木造船しか作ってないが町の大事な造船所だ。
棟梁が海軍で工兵をやっていたので。
最近は鉄の加工も出来る。
新造船はなかなか無いから。
ドラム缶で生簀や漁礁ブイを作っている。
ソレでも材料が手に入りにくいって言ってたなあ。
ラジオ局の鉄塔作ったのも棟梁だ。
勝手にみんな丘のマストと言っている。
未だ皆、ラジヲが買えなかった頃、マストに旗を上げて天気を知らしていた。
丘の上の白い放送局は町のドコからでも見えるからな。
「とり?飛行機?」
「どうした?」
「いや、何か来ている。」
どれどれ。カモメか鳶か鴨じゃないのか?
未だ黒い点だ。
払い下げ品の単眼鏡を取り出し覗く。
壊れたライフルスコープだ、望遠鏡として未だ使える。
波の反射の中に黒い影が見える。
「複葉機?鳥じゃ、無い。」
「え?この音、発動機音?」
波の音と風の音の中に微かに響く、連続音。
「発光信号用意!!」
「は?あ、はい、発光信号!!」
壁の配電盤を開けてナイフスイッチを入れる。
火花が付いた。
飛行機を狙い投光器のシャッターを操作する。
遅いな。あの飛行機…。味方なら羽をバンクさせるハズだ…。
コチラに気が付かないのか悠然と向かってくる。
気が付いたらストップウォッチを握っている。
未だ規定時間じゃない…。
やはり遅い。
「なんか…小さいぞ。あの飛行機!!」
投光器の角度を操作する合い方が叫ぶ。投光器には簡単な照準装置が付いている。
距離が測定できる。
ヒマなので良く距離当てで時間を潰していた。
皆の漁船の長さ知っているので目盛りで距離が解かる。
「送信規定時間経過!!」
「目標航空機!返答ナシ!!」
「了解!!発光信号続けよ!!」
町側の手すりに付いたクランクを廻す。
重いが次第に軽くなる。
ソレと共に低い音が甲高い音に変わる。
町に知らせる空襲警報だ。
「不明機!!数3以上!!国籍表示無し!!小型機!!」
相方の声はサイレンで聞こえなかった。