無線局業務日誌。3
朝、下宿の八百屋さんの二階から降りると。
八百屋のおじさんがリヤカー付き二輪車で放送局の近くの集荷場に便乗させてもらった。
おじさんは町外れの集荷場で仕入れを行なう。
行きは空荷なので荷物として乗せてもらう。
果樹園と畑の丘を上がると町が一望できる。
半島の入り江の漁港で岸壁には小さい白い船。漁船が並んでいる。
この入り江は大きな船が入れないらしい。
でも半島の山が風を遮るので良い港だと漁師のお爺さんが言っていた。
ココは、お魚が美味しい。
戦争なんて無いみたい。
でも。八百屋の息子さんも、隣りの桶屋さんのご主人も戦地に行っているらしい。
子供達は、追いかけっこより戦争ゴッコの方が人気があるみたい。
集荷場で降りると丘の上に白い建物に鉄塔。
ソレから伸びる線。
わたしの職場、放送局。
階段を上がり坂を徒歩で歩く。
振り返ると。町を一望できる、そして漁港と水平線。
カモメが飛ぶ青い空。そして岬の白と朱の灯台。
潮風が頬を撫でる。
わたしはココに始めてきた時、海に感動した。
でも、日常に海が在るとそうでも無い。
偶に、振り返るとこの風景が凄い美しいものだと思う。
わたしの職場は良い所。
出勤すると磯貝さんがもう既に居た。
と言うか凄い無精ひげだ。
眠たそう。
「あれ?どうしたんですか?磯貝さん。」
「おはよう、クララちゃん、ぼかーちょっと眠いから休憩室で少し眠るよ。放送一時間前に起こして。」
事務所のわたしの机に座ると。
将校さんが出勤したてで、原稿を渡してきた。
理由は未だトレンチコートも脱いでないから。
「今日はココまで放送するから、おねがいする。」
「はい、解かりました、磯貝さんは休憩室で休んでます。徹夜したのか眠そうでした。」
「そうか。空中線の復旧は終わったそうだが増幅器は彼が作らないと困るからな。」
「そうなんですか?」
磯貝さんの仕事は難しい仕事が多い。
「一個づつ手作りだ、検査も要る。」
「おはよう?将校さん、クララちゃんも居るね…。イソガイ君見なかった?」
局長さんは何時もの姿、噂では同じシャツを何枚も持っていると言う話。
ネクタイも…。
「あ、おはようございます。局長さん。磯貝さんは休憩室です。昨日は徹夜の様子です。」
「そうか…。まあ、しかたないねえ。」
「復旧資材は回して貰う様に頼んだんだが…。アレは彼が頑張るしかないなからな。」
「検査が時間掛るから…。じゃあ、クララちゃん、今日の打ち合わせしよう。」
「はい。」
「おふぁようございます。局長。将校さんも…。」
打ち合わせが終わるころ。
事務所に入ってきた未だ眠そうな磯貝さん。
髭は剃ってある。
「おはよう、イソガイくん。無線機の方はどうだね?」
「あ~、工兵の人が手伝ってもらえたから空中線の復旧は出来たけど…。倒れた鉄塔に押しつぶされた最終増幅の送信室がねえ。」
「かなり酷いのか?」
「小屋は建て直しです。工兵さんが直してくれるらしいです。工兵隊長さんがトーチカにするって。」
「そうか…。」
「受信設備は無傷だったし非常用蓄電池も問題なし。電線支柱は直に復旧しました。見事に送信設備だけ狙い撃ちです。まあ、受信空中線は山の反対側だったから。」
「では後は送信設備だけだな…。他に変わったコトは?」
「あー、そうですね…。爆撃機を拾いました。」
「「「は?」」」
皆ぽかんとした顔になる。
「送信アンテナの近くに落ちてました。不発だったので工兵さんに爆弾を外してもらいました。工兵隊長さんが後でレポート提出してくれって。まだ自動貨車に積んであります。」
「おいおい、大丈夫なのかい?イソガイくん。」
「誰が操縦していたんだ?」
「将校さん、無線誘導爆弾の一種ですね。たぶん指定の送信波長に向かって飛んで行く模型飛行機です。発動機付きの。爆弾付きで。」
「ソレに中継所が攻撃されたのか?」
「はい、同じ部品が散乱していました。恐らく四機以上だと思います。そのうち一機は燃料切れの不発で回収しました。」
「そうか…。敵の新兵器か…。」
「送信所だけ被害なのがその理由でしょうね。困った。」
「防ぐ手は無いのか?」
「送信電波を止めれば迷走して燃料切れで落ちるでしょう。あと発振波長を大きく変える?」
「どちらも出来ない。」
「ですよね…。」
むずかしい話をしている。
付いていけない。
「どうするんだい?直しても又攻撃される様だと…。」
「中継所が無いと。旧王国に電波が届かない。海に出ている船も困る。」
「燃料の量からそんなに長くは飛べないみたいです。国境越えてやってくるワケでは無いみたいです。ドコかから発射していると思います。」
「ドコからだ?」
「さあ、それは、もうちょっと詳しく調べないと…。」
「調べるコトは出来るのか?」
「写真は工兵さんが取ってました。ブツはコチラで調べてくれって。」
一応、磯貝さんは民間人だけどココの放送局が軍の情報部の管轄に成っているので、勤務中は技官と言う扱い。
わたしより偉いヒトです…。不思議です。
「磯貝君。解かった。解析を進めてくれ。写真機とフィルムはコチラで用意する…。撮ったら現像に廻す。」
「どっちが優先ですか?中継所と…。」
「どちらも…。だ。」
低い声で話す将校さん。
「了解しましたー。それでは、ぼかー送信準備に掛るんでココで失礼します。」
頭をかきながら放送室に向かう磯貝さん。
わたし達も準備しなきゃ…。
「周囲に艦影なし。浮上せよ。」
「メインタンクブロー。」
艦長がハッチを開けると艦内の気圧が下がった気がする。
「よし、周囲に機影なし艦影なし、作業開始。」
「測定開始。」
「アイ・アイ・マム。」
「さて、天気も良い見通しも最高。あまり作業は出来ません。手早くお願いしますよ。」
「解かっている艦長。」
「今日の歌姫は何を話すのか…なっと?」
「艦長。コレは遊びではない。」
「目標、感度ナシ。」
「バカな!」
「やはり目標の発振は行なわれていません。」
眉を顰める無線手、機器を操作する手が繊細になる。
「波長を変えたのか?周囲の波長を測定せよ。」
「ザ・・・・ザザザ・・・。アン…。ットおぅこく…。みな・・・ん。今日は。」
「弱いですが拾いました…。波長確認。距離不明。」
「どうだい、今日の歌姫は?」
「艦長、邪魔をしないで欲しい。」
「ああ、この波長か…。港の無線局だな。」
「何だと!!」
「フリゲイトに乗っていた時聞いた。漁港と漁船に音楽と天気を送信している民間の放送局だ。」
「ソレはドコだ!!」
「いや、場所までは…。昔の放送局一覧に在るのでは?」
「我々は本国へのプロパガンダを止めさせるのが任務だ!!ドコだ思い出せ!!」
「いや、フネの資料室を調べればよいハズだ…。かなり。いや。港は確か半島部の向こうになる。」
「送信基地を攻撃する。」
無表情の艦長。
文句が有る時の顔だ。
息を吸い込みゆっくり口を開く艦長。
「まあ、もう少し情報を収集しましょう。古い情報です。移動しているかもしれない。船の往来の多い場所です、向かうにしても念密な計画が必要です。」
「艦長わかった。そうしよう。測定終了、撤収しろ。」
「「「アイ・アイ・マム。」」」
空気瓶の充填が終わり。
フネの潜航が終わると艦長が聞いてきた。
やる事が無いのであろう。
待機する以外に。
「政治部中尉殿。なぜそんなに、本国はあの歌姫を気にするんですか?」
「発音がムカつく。旧貴族の発音だ。懐古主義者には危険だ。」
本来は違う、あの放送から本国国内の不穏分子に暗号送信を行なって居るからだ。
暗号の内容は不明だ。
送信を止めるしかない。
送信所は破壊したはずだ、停波したのがその証拠だ、しかし、未だ放送は行なわれている。
本国からの指令は未だ歌姫を受信できるのだ。