メガネ
世界が油絵の具を塗りたくった世界にしか見えなかった。
風景を見るにも建物には、
鉛筆で下絵を描くような
はっきりとした輪郭線は引かれておらず、
宙を見るにも未完成なキャンパスに絵を描いたこともない素人が
くすんだ青を塗りたくっているという印象であった。
人を見るにも、
目の瞳孔に反射する自らの姿など見えるはずもなく、
人の表情や感情はさらさらわかりやしなかった。
怒らせた時だって、
表情がわからないんじゃ、
感情はわかりっこない。
夜になると
世界は「黒」で覆われる。
本来は星々がその明るさをギラギラと競い合うが
非情の宇宙に映るのは
「黒」
という
「黒」
でしかない。
弾けた想いは黒で塗り潰され、
絵師が描いたものであるならば、
それはまさに「黒」一色の
なんの独創性や特殊性が加味されていないキャンパスであろう。
しかしながらメガネはそれを変える。
建物と空間の境界線には、
かすかな実線が引かれ、
人々の想いは、
まるで己れが、その想いに似た色に染められた気分になる。
黒は、無数の色素に彩られた。
世界を見渡す限り、
様々な「色」がこの世界を形成し、
「色」で表せる、無量の想いが「色」を原料として、
日々、生み出されていくのだ。