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エピローグ

 五月上旬、日常に組み込まれている学業の合間、休み時間の何気ない生徒達の雑談する風景が展開されている。

 教室の窓では桜色が広がり、ようやく温かな気候へと移行して快適に過ごせるようになった。でも夜は少し冷えるかな、まだ毛布が手放せないや。

「黄昏ちゃってまあ、何を考えているのやら」

 と親友の野口愛花が話し掛けて来た。

「ん? 別に何も考えてないよ」

「ふふん、またまた……ここからはあたしの恋愛講座と男を喜ばせるテク講義などはいかがかね! 大丈夫、大丈夫、悪いようにはしないわ、実用的なことを叩き込んであげる!」

「……なんの話?」

「もうあの人のことを考えていたんでしょ? まこちゃん?」

「あんたがそう言うのは許可してないんだけど」

「だってさ、窓の外を見て大好きな彼氏の峻ちゃんのことを思うまこちゃん、青春ですな」

「だから彼氏じゃないんだって!」

 と叫ぶと彼女は悪意満点の笑みを浮かべた、分かっててやっていることがバレバレである。

そんな微笑ましい(?)友人と同じ時間を放課後まで共有し、途中まで一緒に下校した、別れ際もからかって来たので否定的言葉で反論して溜め息を一つ、全くなんて優しい友人なのだろうかと皮肉混じりにそう思った。

 気を取り直して目的地へと歩みを早めた、これから峻くんのねぐらへと行こうと思っている、数日は絶対安静だとルベスさんに教えてもらっているから食事の用意とか手伝えることをしようと思っているけどちゃんと門限までには戻らないと我が家で地獄を見る羽目になるからその前には絶対に帰らなければ。

 駅前を過ぎ橋を渡り商店街を抜けて住宅街へ、道なりに進み廃墟のねぐらに到着すると予期しない声に足を止めた。

「お、皆川じゃないか」

 これってスミスちゃんの声だ、振り返るとそこには誰の姿もない。

「おいおい、そこじゃない上だ上」

「上?」

 言われた通りの場所を確認すると黒い翼を広げ降り立つ声の主がそこにいた。

 頭では分かっていたのにやっぱり目の前で浮いている姿を目撃すると驚いてしまうな。

「こんにちはスミスちゃん、今日は遊びに来たの?」

「死神の仕事でこっちに来て今終わったんだ。今日亡くなった魂をヘルヴェルトに送り届けて佐波の様子を見に来た」

「お疲れ様」

「おう、確かに疲れたぞ、それに腹も減った」

「じゃあ峻くんと一緒にご飯を食べようよ、腕によりをかけて作るから」

「本当か! それなら早く行こう!」

 嬉しそうに私を抱きしめ、翼を広げる。

「飛んでいった方が早いぞ!」

「へ?」

 重力に逆らい空へ。

「きゃああああああああああああああああああああ!」

 地面が遠い! 私は高いところが苦手なのに!

 絶叫に体力をほぼ奪われたような疲労感であっと言う間に俊くんの部屋の前に辿り着いたけどその場に座り込んでしまった。

「ど、どうしたんだよ皆川」

「あ、あのね、私ね、高いところが駄目なの……その足に地面が着いていたらそれなりに大丈夫だけど足が中吊りになるとパニックになっちゃうんだよ…………ジェットコースターの足をぶら下げる奴で体験済みだからさ……」

「じぇっと……? よく分からんがオレ悪いことしたんだな、すまん……」

「あ、スミスちゃんは知らなかったんだからしょうがないよ……でもこれから気を付けてくれると嬉しいな、あはは……」

「分かった気を付ける」

 悪気はないことを知っているだけに責められない、最初から教えておけばと後悔しようも遅かった。

 深呼吸をして気分を切り替えて起き上がりお尻の埃を払った、心配そうにしている彼女に大丈夫と言うとほっとしていた。

「じゃあ入ろっか」

 扉をノックして開けると目の前の光景に思考が停止した。

「し、峻くん……何しているの?」

 峻くんが赤毛の長い髪を靡かせた知らない女の子と抱き合っている場面に出くわしてしまった、彼の首に手を回して今にもキスしそうな勢いで恋人の触れ合いに思えた。

「あ、あーーえっと、ごめんねお邪魔だったね私帰るから!」

「待てまこちゃん誤解するな! こいつの名前はスルルと言って俺の保護者だ!」

 保護者?

「あれあれあれ? まことちゃんだ、しゅんがいつもお世話になってます!」

 峻くんから離れて頭を下げる。

「へ? えっと、いえいえこちらこそお世話になってます」

 と釣られて私も下げた、保護者って言ってたけどどう見ても彼女は十代後半か二十代前半にしか思えない容姿なんだけど。

「おおスルルじゃないか久し振りだな!」

「うわあスミスだあ、久しぶりーー」

「スミスちゃん知り合いなの?」

「おう、ヘルヴェルトでの親友だぞ!」

 そう言われて謎が解けた、スミスちゃんはこの姿で千百二十一歳だから若い彼女が保護者だと訴えてもおかしいことではないのだ。

「じゃあ峻くんの保護者って」

「おうこいつが育てたんだ、当時は大変だったぞ俺も手伝ったことがあるな、佐波のオムツを替えたこともあるしな!」

「ちょ、変なこと話すなよ!」 

「変とはなんだ本当のことだぞ」

「……じゃあどうして抱き着いていたの?」

「えへへ、しゅんの体調が気になったから熱をおでこ合わせて測ろうとしたら嫌がったから無理矢理にでもって思ったんで抱き付いたの、もう親子の触れ合いなのに恥ずかしがるんだもんちょっと傷付いちゃうよね!」

 そうだったんだ。

「ご、ごめんなさい私勘違いしてた」

「いや仕方ないと思うぞ気にしないでくれよ。そうだちゃんと紹介してなかったな、こいつはスルルって言って俺の保護者だ」

「初めまして、スルルでーーす」

「初めまして皆川真です」

「ルベスから聞いてるから知ってるよ」

「そうなんですか……そう言えばルベスさんに似ているような気がしますね」

「似てるも何も同じケルベロスだかんね!」

「ケルベロス?」

「まこちゃん今度ゆっくり説明するよ、まあくつろいでくれよ」

「う、うん……って、峻くん絶対安静でしょ? ほらベッドに戻って、体の包帯だってまだ取れてないんだから!」

「大丈夫だって随分と休んだし、それにしばらく体を動かしてないから鈍ってさ……」

「駄目だよ、もしもがあったらどうするの? ほら戻って」

「分かったよ……」

「その代わり美味しいご飯作るから待ってて」

「了解だ、楽しみにしているぞ」

 ベッドへと連れて行って寝かせると私はそのままキッチンへと向かう、このところは彼の手伝いで来ていたから冷蔵庫の中を把握している、今日は前に好評が良かった野菜たっぷりのカレーライスにしてみよう、男の子だから野菜は結構大きく切って食べごたえがあるように工夫して、後はポテトサラダとかも作ってみようかな。

 献立を頭の中で作り上げてから調理を開始した。

「わあまことちゃんってお料理出来るんだね、ボクには無理だよ」

「スルルの作るものは全部黒焦げだからな、オレはさすがに食べられないぞ」

「えへへ、でもテキパキとしてるところ見るといいお嫁さんになるねきっと!」

 お、お嫁さん! 手から人参を落とす。

「しゅんをあしらう姿はもう手馴れていて奥さんみたいだったよ」

 奥さん! 手から玉ねぎを落とす。

「そうだな皆川だったらあいつを任せられそうだな」

「だね、こりゃあもう結婚だね!」

 結婚!

「痛っ!」

 不覚にも動揺して包丁で指を切ってしまった。

「どうかしたのか!」

 声を聞き付けて峻くんがベッドを抜け出し駆け付ける。

「あ、ちょっと指切っただけだから……」

 大丈夫と言い掛けた瞬間にそれの所為で頭の中が真っ白になって、何が起きているのか理解出来なくなる。

 何これ、何これ何これ、手を握られてる、それだけでも心臓バクバクなのは確定だけどそれ以上に、わ、私のゆゆ、指が峻くんのく、口の中に!

「なっ、な!」

 時間が固まって氷漬けになった気分、動きたくても動けないこのもどかしさが更に羞恥心を引き連れてやって来る。

 と言うことは私の顔は真っ赤になっているのは確定していて、きっと間抜けな姿なのだろう。

 地獄のような時間は彼が口から指を離した時に解かれた、それでもまだドキドキしている。

「……手当しよう、こっち来て」

「は、はい……」

 救急箱から消毒液と絆創膏を出して手当てして貰う、少し不器用な貼り方だったけど心がこもっていると思うと嬉しかった。

「これで良い、ちょっと不格好だったな」

「ううん……ありがとう」

「二人はもうラブラブなんだね!」

「子供の顔が楽しみだな!」

 さすがにもう黙ってられない。

「二人共……暫く黙っててくれる?」

 するとごめんなさと息ぴったりに謝罪してソファーに鎮座した、震えて見えるのは気の所為だろうか。

「俺もベッドに戻ってるよ」

「あ、うん、もうちょっと待っててね」

 静かに調理に取り掛かる。その中で私はこの数日のことを思い返していた、峻くんがウェルミスと戦い大怪我をして数日眠ったままだったけど気が付いたとルベスさんに聞いてお見舞いに行った。

 そこで私のことを教えてくれた。

 地獄世界ヘルヴェルトへと通じる門であるヘルズゲートを開く力が私にあるらしい、そんな実感は全然ないのだけれど屋上で操られた時に恐怖で何かが心の中で弾けて亀裂が生じたことが証明になっている。不安定な力の暴走では亀裂だけを開き自分の未熟さを知らされた、申し訳ないと思ったけど教えられたんだ頼ることを引け目に感じてはいけないと、胸を張って頼ると決めている。

 後は自分の出来ることをやっていこうとも決めた、力を暴走させないような訓練とかこの街の門番である蒼葉先輩や紅姫さん、そして峻くんのサポートをしよう。

 戦うことは出来ない、足でまといになるだけだと理解しているからみんなの食事を用意するとか私なりに出来ることがあるはず。

 もうネガティブな考えは捨てる、前だけを見詰めてポジティブになろう。

 負の感情ほど不快なものはないのだから。

 決意を思い出し自身を奮い立たせた頃に料理が完成した、出来たと伝えるとスミスちゃんの表情に春が来たように笑顔が咲き乱れスルルさんもそれに釣られ明るい太陽が二つここに昇った。

 峻くんを呼びに寝室に行くと小さな寝息を立てていた、安らかな寝顔にほんの少しだけ魅入ると初めて会った日のことを思い出す。同じベッドで一緒に寝ていたのだから今も冷静に考えるともの凄く恥ずかしくて顔が赤くなる、人の気を知らないで眠っているなんてずるい。

 私も血迷って同じことをしてやろうかとベッドに膝を置くと少しバランスを崩して彼にダイブ、すると案の定衝撃で目覚めた。

「痛っ!」

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫だ……て、まこちゃん?」

 どうしよう顔が近い、それに彼に覆い被さる形だから誤解される可能性が非常に高い。

 落ち着かなくちゃ、平然を装って対処しないと。

「…………えっと、ご、ご飯出来たよ」

「あ、ああ、わざわざ済まないな」

「どういたしまして……あはは」

 結果は失敗して動揺しまくりだった。

「えっとこれはね、事故なの、不本意だったと言うか運命のいたずらと言うか」

「まあ言いたいことは分かった、動揺し過ぎだ。それに悪い気はしないしな」

 顔が噴火しそうだ、早くどかなきゃと立ち上がろうとした瞬間に背中に視線を感じる、そっと後ろを向くと先程の太陽が二人、ニヤついていた。

「わお! まことちゃんって大胆なんだね!」

「皆川はクラスイインだ、これくらいやってのけると思ってたぞ、やるな!」

「ち、違う!」

「皆まで言うな、貴様は立派な女だぞ皆川! オレは誇りに思う!」

 どうしてこの状況で誇りに思うのだろう。

「佐波、男見せるんだぞ!」

「分かった、任せておけ!」

「何を任されてるのよ! これは事故だって言ってるでしょ!」

 誤解を解くのに数分の時間を要した。

 この後四人で楽しく食事をした、味が好評だったのは良かったけどまともに峻くんの目を見れなくてちょっとギクシャクしていたけど彼はいつも通りで釈然としない感じを覚える。

 これじゃ大げさにしているだけじゃないかと、だけど自業自得なので反省するしかない。

 恥ずかしい体験を乗り越えて門限が迫って来たからこれでお暇することにした。

「私これで帰るね」

「じゃあオレが帰り送るぞ!」

「ありがとうスミスちゃん」

「先に外出てるからな!」

 あっと言う間に駆け出して行く彼女を制することが出来なかったけどやる気満々だから大丈夫だろう。

「スルルさんお邪魔しました」

「また来てね!」

「まこちゃん玄関まで送る」

「いいよ峻くんはベッドに……」

「送りたいんだ頼むよ」

 真っ直ぐに目を潤ませて見詰めてくる彼が子犬を連想させる、前もこんなことがあったけどこの表情には勝てそうにない。

「分かった、玄関までだからね」

「良かった、じゃあ行こうか」

 と言っても短い廊下だから直ぐに着いてしまうんだけどね、玄関で靴を履く。

「じゃあ安静にね」

「まこちゃん」

 不意に呼び止められた。

「何?」

「これから色々大変だと思う、だけど俺がサポートするから何も気にするな」

 絶対の意志がこの身を突き動かす動力となる、私も支えるつもりだったのにな。

「……うん、なら心強い。私も自分が出来ることで助けたいって思ってるから」

「ああ、頼む」

 互いに助け合う、それが一番の理想だ。

「胸を張って頼るからね」

「じゃあ俺もそうだな、助けてくれよ?」

「こちらこそ」

 二人で笑い合った。

「おーーいどうしたんだよ遅いぞ!」

「スミスちゃんが呼んでる、明日も来るから、またね」

「気を付けて帰れよ」

「うん」

 こうして決意を確認し合って外へ出た、私は今どんな表情をしているのだろう、そんな疑問を浮上させたけど答えは既に分かっている、だって心は穏やかで清々しくて、また彼に会いたいと強く願ったのだから。

 少しご立腹な死神をなだめて家路に付いた、家族との団欒を楽しんだ後、ベッドに入った。

 居心地のいい温もりに包まれていつか見た夢を思い出していた、好奇心と恐怖が混ざり合った体験だったと認識しているけど詳しい内容は忘れてしまっている。

 垣間見える光景は赤い世界、そこをただ一人で歩いている。

 孤独に耐えられなくて泣いた、一人ぼっちで泣いた。

 このまま知らない世界で彷徨うだけ、大好きなママにも会えないまま。

 そんなのは嫌だった。

 だけどそんな未来は訪れなかった、それはある出会いが道しるべに。

 顔も名前も分からない誰かが現れた、寂しさはなくなりその子と友達になった。

 怖さを忘れて手を繋いで一緒に遊ぶ。

 だけどママのことを思い出して帰りたいとその子に願う。

 願いは叶えられた、私はその子に導かれて帰って来れたんだ。

 後は曖昧だ。

『またね……』

 と言ったその子は寂しそうだったことを微かに覚えている。

 あれは本当に子供の頃に見た夢だったのだろうかと非日常に触れてから考えてしまう、もしかしたらあれが始まりだったのではないかと。

 そう思えてならないのだ。

「……またね、か」

 再会の約束は果たされたのかは疑問だ、でも私の知らない間に成就された可能性もあるかもしれない。

 もしそうならその子は悲しんでいないだろうか、覚えていない無慈悲な私に。

 いつの日かと願いを明日に託すしか出来ないけど、それでも望めばその日はやって来ると信じている。

 微睡みに飲み込まれる前に夢なのか本当にいたのか分からないあの子に言葉を贈る。

「おやすみ」

 願いを込めて夢へと旅立つ。

 安らかな眠りがその子にありますようにと願って。


 この作品は私が初めて書いた小説『ヘルズゲート』をリメイクして小説大賞に投稿した作品になります。

 落ちてしまいましたがパソコンの中にいれておくだけでは勿体ないとの気持ちから今回投稿しました。

 新たな設定を組み込んだこの作品はヘルズゲートシリーズの中で独立したものとなっています、主人公の生い立ちなどが根本から違ったりしていて、前の作品と比べてみるのも面白いかもしれませんね。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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