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プロローグ



 微睡みが薄れ覚醒する意識、瞼をこじ開けようと努力したけど規則正しい生活習慣を強制されている私にとって今回それが非常に難しい、重りが貼り付き目覚めの邪魔をしているのではないかと勘ぐってしまう程に疲労感が纏わり付いていることに気が付いた時点でこの現象は睡眠不足であると結論付けた。

 そう考えると布団から這い出る気力が削がれてしまった、こんなにも温かく心地良い場所から逃げるなど馬鹿げているのではと妙な思考に流された頃、現実に及ぶ影響を脳が苦言を呈する。ここから抜け出さなければ通っている高校へ行けないばかりか我が家の長に厳罰に処せられるのでそれだけは嫌だ、仕方がない起きるかと気力を絞り出そうとしてふと思う、どうしてこうも疲れているのかと。

 昨日何かしたっけと考えてみたけど記憶にフィルターが掛かりぼやけている、覚えのない疲労感は奇妙でしかない。昨日の出来事を必死に掘り返そうとするもその答えに辿り着けず謎のまま。記憶の迷子らしいけど顔を洗ってみれば道が開けるかもと瞳を世界に晒し視界情報を得ようにもそれすらぼやけて要領を得ない、それはそうだ愛用のメガネがなければ殆んど見えないのだから。手探りで漫画のようにメガネメガネと探している姿は滑稽でしかないけどこれは仕方がないので恥辱を甘んじて受け、ようやくお目当ての物を発見しいつものポジションへ。

 クリアとなった風景が飛び込むと脳内回路が停止する。

「…………え?」

 混線する回路が時間を掛けて正常化を果たしたがそれでも理解が出来ない、当然の如く自分の部屋で起床したと勘違いしていた私は見慣れない部屋で覚醒した。

 呆然と部屋を視線を彷徨わせてみると殺風景な空間が広がっている、このベット以外家具が見当たらず罅の入った灰色の壁と照明器具のない天井は所々が崩れていて一目で廃墟だと認識した、床は瓦礫が散乱して人が住める場所には思えない。それにかび臭さいし埃っぽくて顔をしかめた。

 どうしてこんなところにいるのだろう、混乱が押し寄せて暫く空いた口が塞がらなかった。

 不意にベットにもう一つの謎が転がっていることに気付く、恐る恐るそこへと視線を移すと衝撃が全身に走る。

 一緒のベットで見知らぬ若い男が眠っていた。

「え……ええっ!」

 寝ぼけた頭は一瞬で正常化する。何これ、どうして男の人がとなりで寝ているの? と言うことは見知らぬ人と朝まで一緒に眠っていたってこと? 謎の場所で目覚めて傍らに見知らぬ男、そして第三の要素が泥沼へと引き摺り込む。私が着ている服が男物の大きなTシャツ一つを纏い後は下着のみだったのだ。

「服が……う、嘘……」

 まさか知らない内にそういうことをしてしまったのだろうか。

「違う、絶対に違う!」

 声を荒げても状況は変わらない、落ち着こう。現状を認識しないといけない、色々と衝撃的過ぎて容量オーバーだけど一つ一つ冷静になって解決しよう。

 昨日はいつものように自宅で起床して朝ごはん食べて遅刻せずに登校した、朝のホームルーム前に友人が宿題を忘れたからノートを見せてくれと懇願して来たので渋々了承して渡そうとしたら肝心のノートを自分が忘れてしまい二人で怒られたのを覚えている。後は通常通り授業を受けて放課後に部活をして下校した、それから……。

「……どうしたんだっけ?」

 下校から現在までの記憶がごっそりと抜けている、きっとその間に何かがあったんだ。実際に現状不明の状況に陥っている事実があるのだから疑いようがない。

 全てはこの男が握っていると思うけど何者なのだろう、布団に埋もれるフェイスは半分だけ晒されている、黒の短髪で小さな顔に外国人の要素を宿すと同時に日本人の面影も垣間見えた、おそらくハーフだと思う。透明感溢れる白い肌は整った顔立ち、凛々しくもあり美しさと混じり合って神秘性を底上げしていて神々しさすら感じてしまう。

 そんな彼に思わず魅入る羽目になった、おそらく年上だろうけどそれ程年が離れてないと思う、だから割と近しい世代なのかもしれない。こんな人の隣りで寝ていたと思うだけで顔から火が吹き出しそう、話を聞けば手っ取り早いのに起こすのが怖い。

 そんな私の思いとは裏腹に先程の叫び声は睡眠のくびきを解いていたらしい、こちらの事情など知る由もない彼の鋭い目に内包される海のような深淵へと引き込むブラウンの瞳が私と邂逅する、深海から浮上し、目覚めた意識は現世に結び付き口を動かした。

「……おはよう、良く眠れたか?」

 問い掛けに返答が喉に引っ掛かる、謎の男による開口一番がおはようとありふれたセリフで気が抜けてしまったし、現状に悩んでいる自分が馬鹿げていると諭されたようで恥ずかしくもあった。不安で両手を胸の前で組む、何を話せば良いのか、どう行動することが正解なのかと頭の中が渦を巻いて震える手を押さえ込む。

 私に気持ちを知らずに背伸びをしてる彼が何にも縛られていない雰囲気に羨ましさが募る、なんだかずるい。

「……えっと、あの、あなたは誰ですか? どうして私はこんなところにいるんですか!」

 混乱に煽られ声を荒げた。

「お、落ち着いてくれ、騒がれたらこっちも混乱しちゃうじゃないか」

「混乱しているのは私です!」

 頭を掻き困っている様子が伺えた。

「困ったな、どう説明したものか…………取り敢えず君の名前は?」

「え、こんな状況でいきなり名前を訊きます?」

「そう言われても君の名前知らないしさ、もしかして自分の名前分からない?」

「失礼ですね! 私には皆川真みながわまことってちゃんとした名前がありますから!」

「お、喋ってくれたね嬉しいよ」

 しまった、勢いで喋ってしまった。

「ううっ、なんだか悔しい」

「まあまあ、俺も困ってるんだから協力してくれよ、頼む」

「た、頼むって……一体何をさせたいんですか」

「そうだな、昨日のこと覚えてるか?」

「…………それを私が知りたいんですけど」

「なら忘れているのか……なあ、これは真面目に聞くが自分のことちゃんと分かっているか? 例えば自分が何者かってこととかをさ」

「何者か……ですか?」

「ああ、答えてくれ。そうだな自分の特徴を混ぜつつ自己紹介してみてくれないか?」

 それに答えればこの状況を説明してくれるのだろうか、無言を選択した場合いつまでも謎は纏わり付いたまま離れないだろう。そうなってしまうと覚えてない私にとってそれは困る、釈然としないが仕方がない、ここは男の質問に答えておこう。

「……えっと、皆川真です。私は今年から高校生になったばかりで、えっと髪は見ての通り栗色でストレートロング、赤いフレームのメガネを掛けていて、以前気紛れにコンタクトに変えようと考えたら目に物を入れるのは怖いと言う情けない理由で現在もメガネが手放せない根性なし……って何言ってんだろ」

「ありがとう、自分のことをちゃんと理解しているらしいから元からある記憶は大丈夫みたいだな。じゃあ今度はどうしてここにいるのかは説明出来るか?」

「……だからそれを知りたいって言ってるのに」

「覚えてないか、なら一時的な記憶の混乱かもな。ま、得体の知れない奴のことなんか信じられないだろう。いろいろ説明する前に自分の置かれた状況を理解した方が後々の説明を信じてくれそうだ……まこちゃんここのドアを開けて外を見てくれないか?」

 彼のペースにはまっている気がする、こちらが不利な状況に陥っているのが癪だった。

 それに聞き逃せない単語が。

「な、なんですかそのまこちゃんって、私のことですか?」

「ああ、まことだからまこちゃん。可愛いだろ?」

「や、やめてください、恥ずかしいですから!」

 そう言うと今にも泣きそうな顔でじっと見詰めて来る、子犬を連想させて胸をくすぐる。

 そんな顔をされたら断れないよ。

「うっ……ま、まこちゃんで良いです」

「よし、これからよろしくな、まこちゃん!」

「よ、よろしく」

 て、なんで友好的になってるんだろ、妙な状況でおかしくなったのだろうか。

「はぁ……とにかく外を見ればいいんですね?」

「ああ。そうすればちゃんと説明出来そうだ。ただそっとドアを慎重に開けて欲しい、それから外には出ないこと、分かったか?」

 いろいろと注文が多いな、ただドアを開けるだけで大げさだ。ならばそんな注意をする必然性があるということだろうか、真剣な眼差しは緊張感を強固にしてふざけた感情が少し後退した。ドアを開けるだけで状況説明をしてくれるなら安いものだ。

 ベッド下を確認すると地面には瓦礫が散乱していたが入り口までどうにか歩いて行けそうだ。

「足元気を付けろよ」

「……あの、私の靴知りませんか? それと服も見当たらないんですけど」

「まあ、それは……それもドアを開けてから説明する」

 あからさまに怪しい、今に始まったことじゃないけど。瓦礫に注意しながらベッドを抜け出しドアの前に辿り着いた、いざ近付くと妙な胸騒ぎに襲われ嫌な予感で気持ちが悪い。これは勘によるものかそれとも欠落中の記憶が放つ警告なのか、どちらにしろこの向こうに幸福などはないだろう。

 嫌だな、開けたくないなと心の中で愚痴りつつドアノブに手を掛けゆっくりと開け放つ、開閉にて密閉空間に生じる隙間から生暖かい空気が皮膚に触れ、なぞられた感覚に鳥肌が立った。気持ち悪い、外の空気が肌に張り付く感じは全身にナメクジが這うようなおぞましい幻想を思わせる、悲鳴を上げれば負けた気がしてなんとか我慢した。

 謎男になんか負けないとの意気込みと共に完全にドアを開け放つ。

「…………ん?」

 なかった。

 一番最初の感想がそれ、うまく説明しようとしたがその言葉が適切だと自分自身で納得してしまうがこれでは情報不足、良く観察して細かく状況を分析しようにも何度目かの衝撃により思考停止がそれを阻んでいる。詳細に観察しないと。

 廊下が、壁が、天井が、建物が、ない。それどころか風景すら皆無でただただ薄い赤色の世界が広がるのみ、青い空も建造物も木々もましてや地面すらない、好奇心が首を動かし隅々まで見渡した結果この部屋を覗いた世界そのものが消失していたのだ。

「え、えええええええええっ!」

 何これ何これ何これ、世界がない!

 例えるなら赤い宇宙空間にたった一つだけ取り残された船、部屋一つ分の外壁はあるがそれ以外なく部屋単体で宙に浮いている状態に近い、常識外の事象に混乱するしかなかった。謎男が隣で寝ていたよりも遥かに衝撃的で動揺が体中に広がりバランスを崩した。

「あっ!」

 間抜けな声と共に外へと踏み外しそうになって落ちる、しかし最悪の事態にはならなかった。

「だから気を付けろって言っただろ?」

 背中から私の腰辺りに腕を回し抱く形で助けてくれた、でも男の人とこんなにも密着したことがないから顔が噴火寸前。

「あ、えっと、あの、ありがとうございます……」

「いや、俺ももう少し気を使った方が良かったな」

「いえ、そんなことは…………あの、そろそろ離して貰えませんか?」

「ああ悪い、そうだな」

 腕から解放され落ちそうになったこともそうだけど男性に抱かれるというイベントに心臓が激しく鼓動して落ち着かなかった。

「まあこの通り現在非常にまずい状況なのは分かって貰えたと思うんだが」

「へ? あ、そ、そうですね、大変ですもんね! あははは……」

「大丈夫か? かなり動揺しているようだが、まあ非日常的で動揺するのは無理もないか」

 外の世界がなくなっていることも男性と二人きりだということも私の中ではどちらも大事件だ、でもここで一番心配しないといけないのは前者であることは当然、心を落ち着けてこの人の話を聞かないと。

「あ……」

 テンパってて名前を聞くのを忘れていたな。

「えっと、取り敢えず貴方の名前はなんて言うんですか?」

「そっか名前忘れていたっけ、俺は佐波峻さなみしゅんだ」

「佐波さんですか」

 日本人の名前だったのか。

「んーー佐波さんじゃよそよそしいくて寂しいな、名前で呼んで欲しい」

「へ? 名前……ですか? えっと、まだ会ったばかりなのに……」

「俺がいいって言っているんだから問題ないだろ? それに稀有な現象に巻き込まれた仲間なんだしさ、対等だよ」

「えっと……じゃあ、峻さんと呼べば良いんですか?」

「もっと砕けて呼んでくれ」

「……峻くん?」

「まあ、そんなところか。あ、それから敬語禁止ってことでよろしくまこちゃん」

 またまこちゃんって言った、やっぱり慣れないな。

「自己紹介も終わったことだし状況説明をしようか、今のまこちゃんなら俺の言っていることを信じてくれそうだしね」

「そうですね、今の私なら大抵のことなら信じられると思いますよ」

「そう願うよ。そうだな順番に話した方が分かり易いだろうな」

 こうして何が起きたのか語り始める。


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