2-勝負
健太がキャッチャーをはじめたあの日から5年ほどの月日がたった。
健太と優人はリトルリーグ、シニアリーグの両方で同じチームに所属し、ずっとバッテリーを組んできた。そしてリトル時代に1回シニア時代に2回全国大会に出場した。全国大会に出場するたびに優人の知名度は上がっていき、中学3年生になる頃には県内外から沢山のスカウトの話が舞い込んできた。
優人はその中から県内3強と言われている高校の内のひとつ、駒城高校に入学することにした。
健太も優人を敵に回したくないという気持ちと唯一の誘いがあったという理由から優人と同じ駒城高校を選択した。
駒城高校野球部、部員数は100人を超えチームも1軍から3軍にまで別れている。全国的にも有名だが甲子園の最高記録はベスト16止まり。伝統的に守備が上手く得点力不足と言われている。
「なぁ優人、何で県外の強豪高にいかなかったんだ?大阪の名門、桐葉大附属とかからもスカウトはきてたんだろ?」
中学を卒業して3日ほどたったある日、自主トレとしてキャッチボールをしていた健太はトレーニング相手の優人に前から気になっていたことを聞いてみた。
「別に理由なんてないよ。一人暮らしするのが面倒くさかっただけ。それに桐葉に行かなきゃプロになれないって訳じゃないしね。」
(プロか…)
健太には遠すぎる世界だった。
「そろそろ肩もあったまってきたし座って」
そう言うと、優人は腕をぐるぐる回した。
ワインドアップのモーションから足をあげ力みのないフォームからMAX140キロのストレートが健太のミットに向かって投げ込まれる。心地良い音がグラウンドに響きわたる。
20球ほど投げたあと優人は一回ストップをかけた。
「俺さ、決め球にチェンジアップを使えるようになりたいんだ。出来れば高校入学までに。」
優人の変化球はカーブのみで、それも見せ球にしか使えないほどのものだった。優人も健太もその弱点には気付いていたが、中学レベルならほぼストレートだけでもやっていけたので特に問題視はしていなかった。
しかし高校レベルになるとそうはいかないと健太は思ってたのでこの案には賛成だった。チェンジアップなら器用な指先の感覚を必要としないと言われているし、何より優人のストレートを活かせる最高のボールだ。
「とりあえず握りかたは昨日調べてきたから一回投げてみるよ」
そう言うと優人はチェンジアップを投げてきた。
「今のどうだった?」
優人が聞いてきた。
「うーん、酷いね。高めに浮きすぎだしそもそもフォームでばれるわ。」
「そこまで悪く言うなよ。なんかよかったところはないの?」
「強いて挙げるなら変化のしかたかな。多分優人の握りはサークルチェンジなんだろ。球がシュートぎみに沈んでったぞ。これが低く決まればまず打てないだろうな。」
「よし、なら今日はとことん投げ込もう」
「その前に俺に打撃練習させてよ」
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健太の鋭いスイングで打たれた球がどんどん遠くへ飛んでいき、外野のネットに直撃する。
バッティング練習では優人は7割ほどの力加減で投げてくれる。7割とはいえ、優人の生きた球を何百球と打ってきた健太のバッティングはかなりのものである。
優人は打たれるたびにむすっとした顔をする。負けず嫌いなのだ。
そのため、毎回バッティング練習が終わった後に優人は一打席勝負を挑んでくる。中学1年の時から始めて、いままでの対戦成績は206打数27安打、ホームラン0本打率1割3分と散々な結果だ。
しかし、今回の対決に健太は自信があった。
初球インハイのストレート、伸びのある球に手が出ない。
しかし続く2球目、優人はサークルチェンジを投げてきた。しかも高めに浮いた球だ。健太はこれを狙っていた。
健太が放った打球は外野のネットを越え、ホームランとなった。
「だから言ったじゃん、今の優人のサークルチェンジは弱点だらけだって。」
「くっそ、偉そうにしやがって。決めた、高校入学までにサークルチェンジで健太から空振りをとってやる」
悔しそうに優人は言った。
「はいはい、分かったからまずはフォームをストレートと同じ様にしないと。それからコントロール。あと変化にもムラが有りすぎ。高校入学までなんて不可能に決まってるよ」
健太がそう言うと、優人は悔しそうにこっちを睨み、マウンドに戻っていった。
「はい、早くキャッチャーミットとってきて。サークルチェンジの練習するから」
どんだけ打たれたのが悔しかったんだよ、健太はそう思いながら駆け足でミットを取りに向かった。優人という天才から打った初ホームランの喜びを噛み締めながら。