12-8 処罰
そろそろ執筆開始から2周年です。
また今年も人気投票するので奮って参加して下さいね。
来月開始予定です。
参加者にはオリジナルエピソードをお送りする予定です(一人一人違うかも)
トラックに揺られ、荷台から見える景色をぼんやりと眺める。ウェリントン基地に近づくほど、硝煙の匂いは強くなりトラックの揺れが激しくなる。
ここは舗装された道路のはずだが、戦闘で瓦礫や穴ボコが空いている為あぜ道を走っているような感覚だ。
だが乗っている者のほとんどがそんなこと気にせずに安心感から睡魔に身を任せている。
そんな中で自分だけは眠気に襲われなかった。むしろ荷台から見える立ち上がる炎を見るたびに感情が高まり、眠気が遠ざかっていく。
基地のゲートをくぐると道路以外の場所には野戦病院のテントがところ狭しと張り巡らされていた。
中からは呻き声が聞こえる。負傷者の数に対して医療従事者は足りてない。走り回る医療従事者を見てエマ先生がトラックから飛び降りる。
「私はここで手伝います。マナン君、ライン君を頼みます」
マナンに視線を向けるとマナンは頷く。エマ先生は心配そうにこちらを一瞥するがすぐに先生の戦場に向かっていく。
結局ここで全員降ろされるのだが先に負傷者を野戦病院に搬送していく。
「ライン、お前は代表の所に行け。ここは俺がやる」
アーロンが俺から担架をひったくって突き飛ばす。不器用なやり方だが助かる。
報告の義務があるため作業を中断し、本部の白塗りの建物に入る。ここも多少の被害は受けているがほとんど損傷は無い。
中も人でごった返していた。
様々な怒号が飛び交う中、奥に進んで行くと人混みはすぐに途絶えていく。
ここからは幹部か呼び出された者以外立ち入り禁止区域だからだ。
俺は話が伝わってるらしくすぐに通してくれた。
正面の扉の前に立つとインターホンを鳴らす。
すると入れ、と言われ中に入る。
「失礼します。ライン・グレスです」
自動ドアが開き、中に入って自己紹介をして見渡すと柔やかに笑うブライス代表が居た。
「さぁ、座って」
ブライス代表の目の前に座るよう促される。
「いえ、私は立ったままで結構です!!」
目の前に座るなんて対等の立場でなければ出来ない。何故代表は?
困惑する俺にブライス代表は突然目の前から消える。そして次の瞬間には俺の膝は曲げられていた。バランスを崩した所をブライス代表が抱えて椅子に座らさせられる。
「君は疲れているんだよ。自覚しているかい?」
そう言いながらコーヒーを入れる代表。それも2人分だった。
結構です、と言いかけたがさっきと同じようになる気がして口を紡ぐ。
目の前に置かれたコーヒーは香ばしい香りがして思わず手に取ってしまった。
口を付けると温かさと苦味が心を落ち着かせてくれる。
こちらが口を付けたのを見て、代表は話を始める。
「ライン君、話は聞いた。ありがとう、我々の背後を守ってくれて。おかげでこの戦いに勝利する事が出来た」
深々と頭を下げる代表。慌てて否定する。
「そんな!? ……私は軍人として国を守る為に戦ったまでです……勝手な戦闘行為、また援軍使用に関しては私に非があります……」
俺がやったことは越権行為だ。もしあれで一般人を巻き込んでもしたらエルス国防軍の評判は落ちる。
「そして私は多くのクラスメイトを死なせてしまった……マヤを守れなかった……俺に、俺に力が有ればぁ!!」
強く握った為、爪が手に食い込んで血が流れる。
敵の戦力に対して俺は最善の手を打ったのか、無駄に味方を死なせたのではないかと何度も考える。
だが代表は首を横に振る。
「確かに君は軍属でもないし、命令権もない。間違いなく越権行為だ。だが同時に多くの我々の命を救ったのは事実だ。つらい決断をさせたね。ありがとう」
ニコリと笑うブライス代表。責められると思っていたが、まさか感謝されるとは思っていなかった。
少し浮かれたのもつかの間、代表は次第に表情を厳しくさせる。
「だがこれらの越権行為は処罰しなくてはならない」
……やっぱりか。もちろん無いとケジメが着かないだろう。
「ライン君、君を左遷処分とする」
左遷処分か。そんな軽くて良いのだろうか……
普通、越権行為は懲役、軍からの追放もあり得る。
それなのにこの軽い処罰は多くの命を救ったことへの感謝だろうか。
「慎んでこの処罰を受けます。どのくらいの期間の左遷となりますでしょうか」
具体的な数字が無い。どういう事だ?
「そうだな……無期限の左遷処分かな」
「無期限ですか………」
無期限はいつ出れるか分からない。それでは俺は何の為にっ……
俺の不満な表情に気付いたのかブライス代表は付け加える。
「とは言っても左遷ではなく、任務を任せたいのだがな……」
「ーーどういう事ですか!?」
分からない。俺には代表の意図が分からない。
「ライン君、君には期待しているんだ。その若さで指揮官の素質を持ち、伸びしろもある。だがまだまだ見識が足りない。だから日本へ行って貰いたい」
思わぬ言葉に頭が真っ白になる。
何とか言葉に出来たのは日本についてだった。
「……何故日本なのですか?」
日本は既に火星独立軍の統治下にある。何故そこに行かせようとしているのだろうか。
「それはだね。日本の警備が手薄というのも有るし、日本は占領されたばかりだ。火星独立軍に反発する者も多い。だから敵国である君でも動きやすいだろう。そして何より君が行きたがっていた所だろう?」
ーーっ、代表は何処まで俺の事を知っているのだろうか。確かに日本への憧れは有る。だが中々行けなかった。今回行けるならば行きたい。
代表は俺の目を見ると満足そうに頷く。
「……行くみたいだね。日本で君の闇が晴れる事を祈ってるよ」
何もかもお見通しって事なのか。代表には一生勝てない気がするよ……
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俺の左遷が決まった翌日、降りしきる雨の中葬式が行われる。
傘に雨が当たる音がやけに煩く聞こえる。
参列者の多くが悲しみで涙を流す中、俺は自分への怒りで泣けなかった。
そして追撃していたグレンも帰ってきていてマヤの事を知ったようだ。
「……済まねぇ、まさか生き残りが居たとはな。しっかり確認しとくべきだった」
普段おちゃらけたグレンが落ち込んでいるのを見ると本当にマヤが死んだ事が実感させられる。
こういう時に実は生きてるんだよなぁ、とかドッキリを少し期待していた。いつも不可思議で思いもよらない事をするグレンなら今回もどうにかしてくれる、と期待した自分が情けない。
式が終わりに近づき、泣き声が大きくなる中、一人の少女に目が止まる。
その少女はマヤにそっくりだった。いやマヤを柔らかくした感じの少女で思わず、声をかけてしまう。
「……マヤ?」
すると少女は困惑した表情で振り向く。
「あの……お姉ちゃんの友達ですか?」
まるで違う声。そしてマヤでは感じられなかったか弱い雰囲気。
その瞬間マヤでは無いと理解してしまった。
「……そうだね。俺はライン。マヤの……妹かい?」
「はい、妹のマリです。生前お姉ちゃんがお世話になりました」
律儀に頭をペコリと下げるマリ。彼女の幼い見た目以上にしっかりしていた。流石はマヤの妹だろうか。
「マリちゃんか。こちらこそマヤには凄く、お世話になったよ……」
マヤが庇わなかったら俺は死んでいた。もはや命の恩人だが、もう返す事も出来ない。
そう彼女は死んでいるのだから。
「……お姉ちゃんは最近変わりました。今までは何かに追われているような、険しい表情ばかりでした。でも最近は良く笑うようになりました。……誰かが生き甲斐を与えてくれたんだと思います」
マヤが命を落としてまで俺を守る意味はあったのだろうか。俺にそんな価値はあったのだろうか。俺にはもはや悲しむ身内も居ない。それに対してマヤは幼い妹を残して逝ってしまった。
俺は、俺は……
その時俺の手が小さな手に握られる。
顔を上げるとそこには精一杯笑う彼女が居た。
「どうか泣かないで下さい。お姉ちゃんは命を掛けてまで守りたかったんだと思います。それだけ大切にしていた物をラインさん、どうか大事にしてくださいね」
泣きたいのは彼女の方なのに、唯一の身内が死んでしまったのに、彼女は精一杯俺を励ましてくれる。何て強い子なんだ!!
彼女の優しさが俺の心に染みわたり、そしてマヤの思いが空いた心の隙間を埋めていく。
マヤ、お前が命を掛けてまでまもってくれた俺の命、必ず大事にしてみせる。
ふと見上げた空は雨雲が晴れ、日差しが見え始めていた。




