6-4 グレンの実力
禁薬を飲んだ彼女はもう既に会話は出来ないだろう。あの薬にはそういう効果があると聞いた事がある。
まるで野獣のような咆哮を上げる彼女からは凄まじい魔力の波動を感じる。咆哮の度に固まる身体に鞭を打ってなんとか正気を保つ。
その魔力の波動から彼女の強さが否が応でも理解させられる。
厳しい顔をしたグレンがポツリと呟く。
「……これはAランクありそうですね」
そう分析するグレンの頬に冷や汗が滴る。
エルビンはグレンの若干動揺している姿を見て、自分を引き締める。
「ああ、A-はありそうだ」
彼らはAランクと軽々しく言っているが、その意味する所は最強である。
Aランクは戦術級魔法師と呼ばれていて、この魔法師一人で戦場が変わると言われているのだ。
要するにもはやAランクが居るだけで将棋で言うーー飛車、角落ちとなっているようなものだ。
それだけ不利な状況になるぐらいAランクは強い。
彼女だった野獣はA-。もちろんAランクなのだが一段落下がる実力だ。だがその力は絶大だ。
ここにいるメンバーが全力で戦っても勝てるか分からないーー
という雰囲気が彼らの間に漂う。
そこに突如大きな声が響き渡る。
皆が振り返るとそこには決意を固めたラインが居た。
「私は実力が無く、彼女の力は分かりません。ですが私でも強大だという事は分かります。それでも、私達は戦わないと行けないんじゃないんですか!? まだ一般人の避難も終わって無く、私達がここで諦めたら街に被害が出てしまいます!! 何か出来るが有るなら私にも手伝わして下さい!!」
そう言うラインだったが体は震えていた。彼は勇気を振り絞ってここまで来たのだ。
力を持たないラインが踏み出すのを見て、エルビン達は震える自分を恥じる。
「……そうだ。彼の言うとおりだ。今戦えるのは我らだけだ。最低でも民間人が避難するまで食い止めてみせようじゃないか」
エルビンの言葉に顔付きを変えていく魔法師達。
グレンも苦笑いする。
「まったく、お子ちゃまに諭されるなんてな」
「誰がお子ちゃま、だ!?」
グレンが校舎裏の出来事でラインを弄る。
初心で悪かったな!!
拗ねるラインを見て、場は和やかになる。
これが気分転換になったのか、全員が戦いに集中する。
未だ彼女は理性と戦っているみたいだ。だが理性が負けるのも時間の問題だ。
今のうちに作戦を練る。
我々の戦力は魔法小隊で4人、グレン、ラインだ。
ラインはこの際戦力には数えられない。銃すら扱えない一般人なのだから。
魔法師は5人。全員がBランクの実力を持つが、彼女には正面からぶつかっても勝ち目は無い。
だから作戦を立てるのだ。
戦いには兵法が役に立つ。兵法は軍団での戦いにしか役に立たないと思われがちだが、少数の戦いにも使えるのだ。
1vs複数人が戦う場合、2人なら背後を取れ、それ以上なら囲めという兵法だが今回はそう上手くいかない。
相手がもの凄い強い場合は、戦力を分散しては各個撃破される恐れがある。
今回はT字の陣形が最適だろう。4人をTの形に配置する。蜂矢の陣に近い。前に3人を横に並ばせ、後ろにエルビンを置く。
本来、蜂矢の陣は少ない兵力で突破する際使われる陣形だが今回はこの攻撃力が最大のキーポイントだ。
一般的にこちらの方が兵力が多い場合、鶴翼の陣を敷く事が多い。しかし、今回こちらは兵力は多いが戦力は負けているのだ。
だから鶴翼の陣を引いても突破されてしまうだろう。
一方、T字の陣は正面に戦力を集中した陣だ。残念なのが側面から攻撃されると弱いのが欠点だが、相手は理性を失っているので真正面から来るのではないかとエルビンは踏んでいる。
そしてもう1人グレンだ。
グレンは遊撃手に務めて貰う。気配を消し、T字の陣にぶつかっている時に後ろから攻撃するという算段だ。
危険な仕事だが彼ならばやれる気がする。もちろん根拠は無い。
配置が完了すると待ってかのように彼女だった野獣は動き出す。その速さは我々の想像を遥かに超えていた。
考えずに、咄嗟に反射神経だけでフィジカルシールドーー瞬間的に防ぐ魔法ーーを張るがガキンッという音を鳴らして容易く割られてしまう。
4人で次々と魔法を発動し、自分達の前にフィジカルシールドを張っていく。それに対し向こうは連続攻撃を仕掛け、割っていく。
わんこ蕎麦のようだ。
フィジカルシールドはウォールシールドの万能版であらゆる攻撃から使用者を守る事が出来るが、効果時間が短く、魔力の使用量が多い。
防御力はそこそこ有るのだが、彼女には容易いようだ。
防戦一方になるエルビン達。
そこにグレンが援護に入る。
後ろから無数のナイフを飛ばす。そのナイフは空中に浮かんでいた。
ナイフは雨のように野獣に襲いかかるが、野獣は一喝だけでナイフを叩き落とす。
「……ちっ、やはりか」
グレンは攻撃が失敗した事をあんまり驚かず、舌打ちする。
内心この程度でやれるとは思っていないのだ。
あんまり見せたくない技だが……
グレンは魔方陣を展開し始める。
それを見たエルビン達は見たことも無い魔方陣に驚愕するが、直ぐに目の前の敵に集中する。
わんこ蕎麦のように蕎麦が切れたらお終いのように彼らの命もフィジカルシールドが切れたらお終いなのだ。
必死にグレンの技が完成するのを待つ。
そしてグレンの技が発動する。
「ーーカマイタチ」
その言葉と共に、魔方陣は光を放ち瞬時に消える。
だが何も起こらない。
失敗したのか?
という雰囲気がエルビン達に流れ始めた頃、魔法は効力を発した。
野獣が慌てふためき始めたのである。エルビン達には見えない何かが野獣を襲っているのだ。幾つもの切り傷を野獣に与えているのだ。
エルビン達の目は驚きで大きく見開いたままだ。
「何だこれは……」
「どうなってるんだ?」
「風の攻撃魔法にしては不規則で連続的だ……」
エルビン達の口から考察がポツポツ零れる。
グレンを見ると立ち止まり、野獣を見る目は未だ厳しい。
「ダメだ……致命傷には至ってない……」
“カマイタチ”の攻撃は確実に野獣の体力を削っているが、このままでは先にグレンの魔力が尽きかねない。
突如グレンはよろめき、膝を地面に着いてしまう。魔力切れだ。
意識が朦朧とし、体に力が入らない……
グレンは力を振り絞って野獣を睨みつける。
(奴を倒すにはまだやらなくてはならん)
だが戦いたい心に反して、体は休むよう要求する。
(チクショウ……)
そう愚痴を吐きながら、意識を手放した。
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-エルビンサイド-
視界の端に意識を手放したグレンを確認出来た。あれだけの魔法を使えば、仕方あるまい。
今回の相手は魔力肉体強化型。魔力の全てを使って肉体を強化しているのだ。それもA-の力で。
攻撃力、防御力、機動力どれも凄まじいが理性が無いのが幸いだ。
だからわんこ蕎麦のような芸当にも付き合ってくれるのだ。
グレンが退場した今、我々だけでは攻めに転じる事は出来ない。防戦ですらギリギリなのだ。誰かが気を抜いた瞬間、我々は全滅するだろう。
後は時間稼ぎーー
周りを見ると、もう民間人の声は聞こえなかった。避難は完了したのだろうか。
なら後は援軍が来るまで少しでも時間を稼ぐだけだ。
ああ、勝利は絶望的だが気分は悪くない。軍人としての使命ーー民間人の避難が出来たからだろうか。
他に敵が居ない為か、野獣の攻撃速度は上昇する。こちらの魔法の展開スピードが間に合わないーー
もう直ぐ傍まで野獣の攻撃は来ていた。次第に距離を詰めて来る野獣。我々の誰か一人が攻撃を食らえば、展開スピードはもう間に合わなくなり、全滅するだろう。
前衛の目の前に野獣の凶刃が迫るーー
ーーすると目の前が爆発し、野獣が距離を離す。
邪魔されたのが怒りに油を注いだのか、野獣は咆哮する。その怒りに満ちた視線はエルビン達の前の粉塵に注がれていた。
ーー何が起きたんだ?
という疑問が、ふらつくエルビン達に湧き起こる。
目の前には粉塵。見えなくなる視界。これは相手が絶好のチャンスだ。いつ来るか分からない攻撃に構えるがーー来ない。
頭にハテナが浮かぶが、休憩するチャンスには違いない。呼吸を整え、少しでも体を回復させる。
次第に粉塵が消えていく。遠くにいる野獣が見える。
何故こんなに距離を取って威嚇してるんだ?
と疲れたエルビン達は思うが、答えは粉塵の中だった。
粉塵が全て消えた時に見えたのは一人の男が現れた。
その男はーー
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-ラインサイド-
あの激励からラインはマナンと共に物陰に隠れていた。無力なライン達にはもうする事は無い。避難するにもマナンが腰を抜かし、運ぶには辛すぎる。
だから物陰から勝利を祈るしかなかった。
だがグレンの技は敗れ、エルビン達にも危機が迫る。
それを見ていたラインは自分の無力さに手を強く握り締める。
(俺は!? 俺はまた目の前で人を死なせるのか!?)
家族が死んだ時の無力感を思い出し、怒りに震えるが、何も出来ない自分が不甲斐なく感じる。
すると突如、野獣が距離を取る。その直後野獣が居た位置に何か攻撃がされる。
その粉塵から現れた男はーー
エルス国代表、ブライスだった。
「ブライス代表!?」
ラインは驚きのあまり、声を上げてしまうが野獣の視線はブライスに向けたままだ。
ラインに気づいたブライスは笑顔を向ける。
「確か君は……ラインだったね。ここまで耐えてくれてありがとう。後は私に任せてくれていい」
その言葉にラインの身体の力が抜け、座り込んでしまう。
ブライスの安心させる口調に緊張が解けてしまったのである。
そしてブライスはエルビン達にも労う。
「君たちもご苦労だった。軍人としての戦いぶり、見事だった。後は上司に任せなさい」
ブライスは胸を叩き、胸を張る。
ブライスのお茶目な行動にエルビン達の緊張は解ける。
「ふふ……では部下の不祥事は上司の責任ですからよろしくお願いします」
「こりゃあ幾ら失敗しても良いかもな」
とエルビン達は軽口をたたき合う。
そしてそのまま意識を手放すのだった。
安らかな顔で眠るエルビン達を同時に4人、離れた場所に置いたブライスは野獣に振り返る。
その表情は静かな怒りに満ちていた。
「まあ、良くも私の部下を傷つけてくれましたね?」
その声色は低く、いつもの笑顔のブライスとは思えなかった。
野獣はそれに対し、唸り声を発する事はしか出来ない。野獣は本能的に感じているのだ。ブライスが強者であることを。
「さて、お見せしよう。“神速の英傑”の力を」
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ラインの意識が戻った時には既に戦いは終わっていた。ライン自身、軍用ヘリで軍病院に送られて途中に意識が戻ったのだ。
近くに居た人に聞いた所、ブライス代表が倒したとの事だ。流石ブライス代表。
ラインが入院している間に様々な事があった。
ティナがお見舞いに来たり、グレンが病院から姿を消すし、エマ先生がお見舞いに来た事もあったなあ。
エマ先生は少し怒っていたが、ラインが軍人として戦った事を知っているのか、うるさく言わず、公欠扱いになるとか。ありがたい。
後は戦後処理されたとの事。銀行の金庫はわざと破り、中の書類が流失してしまい、関係者が粛清されたのとの事。これで少しはエルス国も綺麗になるだろう。
そんな中、一番驚いたのはティナだ。まあ見舞いに来る事自体は特に驚かないのだが、ティナがリンゴをウサギの形に剥いていたのだ。
まあ見事なウサギだった。ここは定番のぐちゃぐちゃのリンゴであると思っていたのだが、手慣れた手つきでリンゴをウサギにしてしまった。
驚いた顔をしているとティナが睨みつけて来る。
「何? そんなに意外な事だったかしら?」
その目線はラインに突き刺さる。
「いや、ティナも女の子だもんな。意外というか感心かな」
冷や汗を掻きながらフォローするがーー
「ーー何? 今まで何だと思っていたのかしら?」
フォローになってない……
と頭を抱えるラインにティナは笑い出す。
「ふふ、冗談よ。少しからかい過ぎたわ」
ニヤリと笑うティナにラインはため息を漏らす。
「はあ……こちとら病人なんだぞ? 少しは労って欲しいもんだ」
「……じゃあウチに来る?」
「へ?」
ラインは聞こえなかったのでは無い。ティナの話の内容が意味不明なのだ。
ティナは聞こえなかったのだと思ったのかもう一度言う。
「だから退院したらウチに来なさいよ!!」
そう言うティナの顔は真っ赤だ。
それに対しラインは
「ふぇ?」
と情けない声が思わず出てしまう。
何で俺はティナの実家に行かないと行けないんだ?
と疑問に思うラインを置いて行くティナだった。
次回からは閑話とする予定です。今までちょこちょこ日常を入れて来ましたがここらで休憩しましょうか
ニヤニヤと笑いのオンパレードを提供したいですねぇ




