第八話 廃墟
西暦4547年8月21日09:05 イーストエリア シェルター付近
「実物の中身は知らないが、多分これとは違うんだろうな」
ハッチから乗り込んだ車内は、なんというか一人用だった。
予備の座席があるにはあるが、操縦及び戦闘周りは一人で操作するようになっている。
モニターに表示されたステータスには『16式機動戦闘車(3048)再就役型後期改二乙式』と長ったらしい車体名が登録されている。
よくわからないが、2016年に採用された16式が、3048年に再設計され、さらにそれの後期型を二回大改造し、おまけに甲乙とバージョン分けされているようだな。
そこまで変えたんなら素直に新しい名前をつけてやれよ。
とにかく、使いこなせるかは別として、一人で動かせるように作ってあるのはありがたい。
「座席位置良し、燃料良し、弾薬良し、気密良し、装甲は、なんで100%表記なんだ?」
よくわからないが、未来の超技術で状態を把握しているのだろう、きっと。
装甲戦闘車両だし、銃弾一発でいきなり0%とはならないだろうが、どれくらい耐えられるのかはどこかのタイミングで調べないといかんな。
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@感染症用特殊医療設備』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@高張力鋼建材』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@ ナノ汚染対応医療設備』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@バイオ菜園専用高カロリー食物の種子』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@バイオ食肉プラント&バイオ食肉プラント専用食肉原材料』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@105mm弾&12.7mm機関銃&12.7mm機関銃弾&7.62mm機関銃弾』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@車両用メンテナンス設備』
『Objective Complete:報酬を獲得 データチップ@車両メンテナンス用具&車両用オーガナイザーVer1.0使用許可』
『Level UP! 8→9』
「なんだなんだ?」
突然車両のモニターに賑やかな表示が現れる。
ああ、そういえば最近この文字を見ていなかったな。
Objective(目標)Complete(達成)の表記と、その報酬。
内容を見ると、今回はデータチップばかりのようだ。
ふむふむ、野菜だけの生活に飽きるほど時間は経過していないが、ちゃんと食肉も作れるようだ。
あまり健康に良さそうな感じではないようだが。
なんにせよ、これで野菜と肉の両方を味わうことができるようになったらしい。
感染症用特殊医療設備と、ナノ汚染対応医療設備は、どう考えればいいのだろう。
医療用ナノマシンを既に製造可能となっているのだが、これでは追い付かない症状が存在するという意味なのだろうか。
まあ、使い道が来るのかはわからないが、あっても困るものではないだろう。
そして車両用設備の数々。
メンテナンス用具がどこまでを指しているのかは気になるが、とにかく戦車砲弾と機関銃弾を気にせず撃ちまくれるのは助かる。
そしてステータス。
明らかに効果が見えることから、これを上げることは特に楽しい。
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レベル8 → 9
職業 :無職
体力 :13 → 15
知力 :13 → 15
器用 :13 → 15
速度 :13 → 15
魅力 :20 → 20
運 :10 → 14
スキル:初級探索術、初級射撃術、初級知識、初級生産術、初級鑑定術、初級敵気配察知、初級交渉術、初期操縦術
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今回はこんな感じにしておこう。
スキルとしては操縦術一択だ。
何しろ俺は、はじめての戦車を手に入れて、これからそれに乗って移動しようとしているのだからな。
「ん?」
先ほどまで消灯していたコンソールの一部が点灯している。
車両用オーガナイザーとやらか。
モニターに追加された内容によると、車体後部にある備え付けの小型オーガナイザーが使用可能になったのだそうだ。
アップグレードはスペースの問題からできないようだが、弾薬や燃料といった消耗品は自給自足可能になるのだとか。
未来の軍隊は凄いな。
「ついでに、武装は全て使用可能、と」
車に備え付けの便利な装備は素直に喜んでおくとして、出発前チェックリストの消化を進めておこう。
主砲は105mm砲、副砲は12.7mmリモコン機銃と7.62mm同軸機銃だが、16式の12.7mmってリモコン式だっただろうか。
たしか違ったと思うのだが、車内から操作できるようにしてあるのはありがたいので、これも素直に喜んでおこう。
モニターの表示を信じるとあと三箇所に武装が取り付けられるらしいが、もしかして未来の軍隊は戦車搭乗員に電脳化でも義務付けていたのかな?
どう考えても一人で、かつ腕が二本だけでは操作が追い付かないと思うのだが。
「とにかく出発するか」
出発で少し時間をかけてしまったが、当初は歩きで向かう予定だったし、最終的には時間短縮に繋がるはずだ。
アクセルペダルを踏み込むと、力強いエンジン音と共に車体が進みだした。
砂漠という地形ではあるが、流石に不整地での戦闘機動を考えて設計されているだけはある。
加速は悪いし、ハンドルは取られるが、思っていたほどではない。
「えーと、とにかく南だったな」
どちらが南なのかはモニターに表示されているコンパスを信じるとして、出来る限り真っ直ぐ進めるように操縦する。
所々で波打つように砂が盛り上がっているのだが、乗り越えるたびに少しずつ進路が変わっている気もするが、とにかく南下だ。
行先にあるのは工場地帯の廃墟だと言うし、そこの指定の箇所を抜けるのではなく、並行するようにして西に迎えという話だった。
戻るときのことを考えない訳にはいかないが、多少はズレても大丈夫だろう。
西暦4547年8月22日11:30 イーストエリア 廃工場付近
出発して二時間と少し。
どこまで行っても砂と瓦礫しかない光景に飽きてきたところで、ようやく視界に変化が現れる。
もう何個目だったか数えるのも止めた小さな丘を乗り越えたその先。
砂塵で微かにしか見えない地平線に、煙突が見える。
経由地点発見に喜んでいる間に、それはどんどん大きくなり、数を増していく。
「しかしデカいな」
まさしく工業地帯であった。
徐々に煙突より下が見えてきたそこは、左右に大きく広がる無数の工場の塊だ。
石油化学系のプラントにも見えるが、大きな煙突の付いた巨大な建屋があるところを見ると鉄工所もあるのだろうか。
なんにせよ、とにかく巨大で、探索に行けばずいぶんと楽しそうな建物だった。
「外周は全部防壁で囲われているようだが、なんであそこまで手付かずなんだ?」
サラさんから聞いた話によればこの世界は随分と物不足に悩まされているらしい。
だとすると、未だに原型を保っているような工場の中には再利用可能な資源が山のようにあるはず。
不思議に思いつつ進んでいくと、直ぐに原因がわかった。
境界線を示すためであろう粗末なバリケードが点在するその先は、機械系モンスターと思わしき集団が無数の大集団を作っていたのだ。
「ああ、これは無理だな」
工場地帯の防衛システムなのか、過去の軍隊の残党なのかはわからないが、あんなのがいるのでは探索は難しいだろう。
震える手でハンドルを回す。
幸いなことにこちらに向かってくる様子はないし、戦車があるからと調子に乗ってちょっかいを出せば、絶対に後悔する結末になるだろう。
「ん?」
視界の端に何かがある。
まだずいぶんと先、大量にうごめく敵の少し手前。
煙が上がっている何かと、明らかにそこへ向かっていく周囲の敵。
幸いなことに、全ての個体が連動して襲いかかるのではないようだ。
<<こちらはサクラ01、接近中の車両へ、応答してくれ>>
こちらが見えているということは、あちらからも見えている。
それはそうなのだが、随分と反応が早いな。
<<聞こえていないのか?こちらはサクラ01、サクラ01だ、応答してくれ>>
聞こえているんだが、無線機の使い方がわからん。
兵装と同じく運転席から一人で操作できるようになっているとは思うのだが、応答はどうやるんだこれ?
先ほどまではこちらの思考を読んでいるのかと思うほどに説明が親切に表示されていたのに、どうして受信は自動で、送信については確認すら表示されないのだ。
<<クソ、聞こえていないのか?おい、誰か照明弾を持っていないか!?>>
応答したいのだが、無線機の操作方法がわからない。
ああもう、どうして教習所では車載無線機の使い方を教えてくれなかったんだよ。
内心で愚痴を言いつつ進路を変更。
目的地は、あそこで戦っているらしい誰か。
コールサインに01なんて付くのは指揮車ぐらいのものだ。
これから向かう先の街の偉い人を見捨てたとわかれば、穏やかに商談はできないだろうから仕方がない。
「そのまえに、主砲の撃ち方を確認しておかないとな」
アクセルペダルを踏み込みつつ、運転席正面に設けられたモニターを睨む。
手前にあるコンソール上のどれかがそれぞれの武装の発射ボタンなのだろうが、説明書が欲しいな。
西暦4547年8月22日11:56 イーストエリア J-6地区 東第7号危険地帯
「まだ連絡は取れないんですか!?」
擱坐した装甲車両の外から怒号が聞こえてくる。
ハッチを開け放しにしているとはいえ、絶え間ない銃撃音のさなかではっきりと聞き取れるのだから、相手は相当な大声を出しているのだろう。
「すまない!もう少し耐えてくれ!」
もう少し耐えてくれ。
その言葉は、数分前までは相手を自殺させないための言い訳でしかなかった。
だが、今は違う。
目的を完遂できないこちらの不手際を詫びる、謝罪以外の意味を含まない言葉である。
「それにしても、どうして応答してくれないんだ?」
思わず内心の焦りが口に出る。
相手は明らかに状態の良い戦車を使用しており、無線だけがたまたま壊れているとは思いづらいのに。
いや、こんな絶望的な状況に救助に来てくれた相手なのだから、あるいは本当に無線機が壊れていて、こちらに撤退を呼びかけられずにいるのかもしれない。
側面監視モニターに映るその姿を見た瞬間、相手は再び主砲を発砲した。
一体どれだけ優れた装備を揃えれば、あんなに安定した砲撃を継続できるのだろうか。
ここに到達する前から、そして到達してから、一体あの戦車は何発の主砲を発射しているのだ。
「本当に聞こえていないのか?こちらはサクラ01、ブルー家のアリアだ。
そこの戦車、所属と名前を教えてくれ。コールサインだけでもいい」
応答は無い。
先程からずっと反応がないのだから、いまさらあるとも思えない。
サクラの01というコールサインにはそう考えられるだけの重みがある。
基本的に、街の名前に01を付けられるのは、そこを統治する人物だけなのだ。
「サクラ01より右の戦車、頼むから応答してくれ」
返事というわけではないと思うが、相手は再び発砲した。
モンスターたちが吹き飛ぶ。
何発持ち込んでいるのかはわからないが、今度も榴弾だ。
「サクラ01より右の戦車、なんなら返事をしてくれただけでも報酬を払うから何か返事をしてくれ」
サラが所属するキャラバンの到着予定日を超えて三日と少し。
過保護なこちらに苦笑したキャラバンたちと合流できる未来を夢見て出発した私は、護衛たちと共にここに足止めされている。
無反動砲を誤射して擱坐の護衛に文句を言うつもりはない。
彼が戦車の前方にロケット弾を命中させた理由は被弾したことで体勢を崩したからであるし、そもそも本来であれば町中で警備をしているはずの彼らをここまで連れてきたのは自分の我儘だ。
被弾の衝撃でエンジンが完全に壊れたこの車両はもうダメだが、せめて私達だけでも救助してもらいたい。
同時刻 イーストエリア 廃工場付近
「これ、どう考えても精神的に良い環境じゃあないよな」
絶え間ない銃撃にさらされる車内で呟く。
人員輸送ではなく戦闘を目的として設計された車両なだけあり、重機関銃以下しかない攻撃に耐えることができるようだ。
これが数時間前まではフレームだけの鉄くずだったのだから、旧世界の科学技術とは実に大したものだったんだな。
本当は到着と同時に車体から飛び降りて『ここは俺に任せて逃げろ』と言いたかったのだが、敵さんは戦闘車両を優先して狙うらしく、ハッチを開けようという気になれなかった。
そういうわけで、加勢することで相手が撤退を決断できるタイミングができればいいなと思ったのだが、世の中そうそう都合良くは進まないようだ。
「照準を合わせて、発射」
衝撃、轟音、むせかえるような装薬の香り。
モニターを見れば、こちらに向けて押し寄せていた敵集団の一角に穴が空いている。
「敵に効果を確認、ってところか」
思わず緩みだす口元に注意しつつ、再装填を機体に命じる。
重い金属が擦れる音を立てつつ自動装填装置が仕事を行ってくれた。
「目標は概算で150体ほど、しかも増加中。
どう考えても手持ちの弾薬では足りないよなぁ」
この車両の搭載弾数は徹甲弾、榴弾それぞれ20発ずつであわせて40発。
既に8発を撃っているので榴弾の残りは12発だが、徹甲弾は残弾としてカウントしないほうがいいよなきっと。
敵戦車が出てくれば役に立つが、機関銃でも破壊可能な多数の目標相手に使うのでは効率が悪すぎる。
車載のオーガナイザーはしっかり仕事をしてくれているが、105mm弾を一発製造するのに30分もかかるのでは、戦闘中の使用はあきらめた方がいい。
12.7mmの方は給弾機構にそのまま流し込んでくれるようなので助かっている。
作れるので小銃弾の方も作ってみたが、これは相手と通信できない事には使い道は無いな。
「とりあえず主砲以外でも応戦しておくか」
左手で同軸機銃の発射ボタンを、右手で砲塔上のリモコン操作式機銃を操作する。
一つのモニターに脅威度別分析や命中予想位置を表示してくれるのはありがたいが、これ本当に一人で操縦するように設計されているのか?
とてもではないが手がまわらないぞ。
そして相変わらず無線機の使い方がわからない。
撤退を呼びかけたいのだが、どうしたものか。
「主砲照準そのままで、発射」
衝撃、轟音、再び装薬の香り。
画面の中の敵集団が飛び散り、即座にその隙間に後衛がなだれ込んでくる。
だが、さすがに敵の向こうが見えてきた。
あとはすぐ近くで戦っている連中との意思疎通が取れれば何も不満はないんだがな。
<<この戦車に乗ってるヤツ!これで聞こえるか!>>
また無線が入ってきた、と思ったが、画面の表示によると、これは車体後部にある車外電話のようだ。
応答の可否を尋ねる表示が出たので迷わず応答を選択する。
なんでこの表示を無線では出してくれないのか。
「聞こえます、弾薬に限りがあるので逃げましょう!」
言葉足らずになるが両手で機銃を操作しているので勘弁してほしい。
まあ、相手の戦車は壊れているようなので、数名の歩兵と戦車一両だけであの大群を撃退しようとは言ってこないだろう。
<<わかってる!牽引できるか試したいんだがやっていいか!>>
牽引だって!?
この状況で車外に出たくないんだがな。
<<見てみたが車外から使えるみたいだ!頼む!試してだめだったら諦める!>>
車外から扱えそうなのであれば勝手にワイヤーを引っ張っていけばいいのに、そうはしない。
電話の相手は切羽詰まっているようだが、それでも礼儀を尽くしてくれている。
試してだめなら諦めるという相手の言葉を信じるしか無いな。
「やって下さい、ただ時間はあまり取れませんよ。あと主砲撃ちます!」
許可を出しつつ主砲を再発射。
これで榴弾の残りは10発。
モニターに牽引ワイヤーが手動で取り外された旨が表示される。
敵弾飛び交う中だというのに、随分と手際が良い。
というか、よく使い方がわかるな。
もしかして、この世界は極端に規格の統一化が進んだあとで滅んだのかもしれない。
それはそれとして、牽引の邪魔をできないような攻撃をするべきだな。
先程からコンソール中央で光っている『RUSH』というアイコンを押してみよう。
字面からして、悪いことにはなりそうもないからな。
西暦4547年8月22日12:03 イーストエリア J-6地区 東第7号危険地帯
「サクラ01より右の戦車、うん、何だ?」
何度めかの呼びかけをしようとしたとき、思わず言葉が途切れた。
それは暴力だった。
何かを試すように控えめな銃撃しかしていなかった二門の機関銃が恐ろしい勢いで弾丸を吐き出し始め、撃ったばかりだというのに主砲が連続発射される。
思わず敵の方を見れば、最前列の一団が次々となぎ倒されていく。
そこにさらなる命中弾。追加の命中弾。加えて命中弾。
いったい何をすればあんな速さで再装填と照準を行うことが出来るのか。
ほぼ間違いなく、所属不明戦車は遺物クラスのものなのだろう。
<<アリアお嬢様!聞こえていますか!脱出しますよ!>>
突然の命令に驚いたが、声の主は先程悲鳴を上げていた護衛の一人だ。
車体後部から衝撃。
何度か聞いたことのある牽引装置のものだ。
想像を肯定するように、車体後部のマウンタに力が加えられているという表示が出てきた。
まさか、この状況で車両ごと助けてくれるというのか。
<<弾薬を受け取ったものから脱出を援護!一人も残していくなよ!>>
護衛たちは残り僅かな弾薬を大切に使っていた。
再分配をしているということは、おそらくあの戦車から提供を受けたのだろう。
まったく、返しごたえのある借りができたな。
車両がゆっくりと動き出す。
良かった、私は誰ひとり失わずに家に帰れそうだ。