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第六話 遭遇


西暦4547年8月21日19:27 イーストエリア シェルター付近


「やっぱり明日の朝のほうが良いかなぁ」


 思わず声に出してしまう。

 現在時刻は夜七時半。

 8月とはいえ、周囲は真っ暗だ。

 夕方に制作した投光機がなければ、自分の手すら見えなかっただろう。

 

「でもまあ、やれることは早いうちに済ませておこう」


 小銃の安全装置が解除されていることを確認し、53式信号拳銃を空に向ける。

 これはいわゆる信号弾発射機であり、口径の大きな拳銃のような外見をしているが、撃ち出せるのは信号弾だ。

 至近距離で撃てば殺傷能力がないとはいえないが、そういう目的で使うものではない。

 上空を目掛けて引き金を引く。

 打ち上げ花火に比べれば随分と頼りない音と共に火の玉が昇っていき、上空に閃光が現れる。

 第二の太陽と呼べるほどではないが、雲よりも低い位置で光る照明弾は意外なほどの明るさを発揮してくれた。

 周囲の起伏に乏しい地形が照らしだされていく。

 さすが未来の技術。

 星弾と呼ばれる夜間用発光信号弾ではなく、迫撃砲で撃ち出すような照明弾をこんなにコンパクトにできるんだな。


「しっかし、なにもないな」


 目測で500m程度だろうか、見える範囲内には注目に値するものは何もない。

 あえて言えば、東の方角に見える装甲車両らしい残骸だろうか。

 被弾後に炎上したのか、あるいは長い年月で劣化して崩れたのか、とにかくタイヤが無い。

 だが、車両としての輪郭だけは保っていた。


「待てよ、ボロボロとはいえ車体は残っているし、もしかして」


 ナノボット修理剤は、銃の本体内に隠されたデータチップを読み取って全体を修復する。

 であれば、逆に言えばチップさえ生き残っていれば他の物も直せるのではないだろうか。

 バイオ燃料で動いてくれるかは別の問題として、戦車や装甲車を手に入れられば、行動半径は大きく広がる。

 周囲は暗いが、照明弾は残り二発あるし、小型だが投光機もある。

 ちょっと行って試してみて、効果がなさそうだったらさっさと諦めよう。


 背嚢を背負い直す。

 夕方に入手した探索者向けのチップには、驚くほど沢山の生産物が登録されていた。

 前方を力強く照らし出している投光機、上空から俺を見守る照明弾、時折ガチャガチャと音を立てる防弾プレートや、今まさに背負っている背嚢。

 その中に収められている救急医療用ナノマシンや登攀用具などなど、今すぐに冒険に出られる素敵なアイテムが目白押しだ。

 まあ、今のところは怪我も無いし崖を登る予定もないが、これらのアイテムをObjectiveとして提示されるがままに生産したことで、俺は5.56mm弾および9mm弾を生産できるようになった。

 これで手持ちの武器は、今のところなんでも使用することが可能だ。


 『Objective Complete:報酬を獲得』


「あ、そうだそうだ、その前に報酬だったな」


 今回の報酬はナノボット中型修理剤を作るためのデータチップだ。

 もうここからして、次の目的は装甲車の復元なのだろう。

 前回の照明弾を使用しろ、が26だったから、次は27かな。


 『Objective00027:夜を生き残れ

  報酬:データチップ@小型拠点防御設備』


 Objectiveの内容と報酬は予想外のものだった。

 それはまあ、要塞は浪漫であるが、そのためにまた生き残れ系の目標というのは困る。

 今のところ周囲に気配はないが、前回と同じく何かが起こるはずだ。

 とりあえず身を低くするべきだろう。

 何度も言っているが、周囲は非常に見晴らしが良い。

 そんなところに突っ立っていては、狙撃してくださいと言っているようなものだ。

 少しでも視認性を下げようと腰を落とし、歩いてきた方向へ戻って稜線の影から頭だけを出す。

 どう考えても身軽に行動できる姿勢と装備ではないが、ステータスの恩恵で、驚くほど簡単に行うことができた。


「投光機を消して、さて、どうするかな」


 今の俺には初級とはいえ探索術と敵気配察知のスキルがある。

 相手の能力がこちらを遥かに上回っていないかぎりは、いきなり後頭部に銃口を突きつけられるような有様にはならないはずだ。

 今のところ、照明弾の効果範囲で動くものは見えない。

 異常な物音もなしだ。

 そう考えると、地面から這い出てくるか、向こうからやってくるかだな。

 これで真下から現れたらお手上げだと思ったところで、北東の方角から銃声が聞こえた。

 一発、二発、三発。

 音の様子からして、ライフルか自動小銃と、拳銃だろう。

 スキルで知識を取っておいて正解だった。

 おかげで銃声が鳴ってもそれがこちらを向いていないことがわかり、さらに銃の種類まで検討をつけることが出来る。


「重なって何度も聞こえてこないということは、多くて数名、少なくとも二人ということか。

 人の家の近くでドンパチしやがって、勝ちそうな方に加勢させてもらうからな」


 そんな最低なことを思いつつ、ゆっくりと動き出す。

 できるだけ低い姿勢を保ちたいところではあるが、吸ったら死ぬ外気の場所で匍匐前進はしたくない。

 万が一にも何かを引っ掛けて防護服が破れれば、緊急パッチを持っているとはいえ非常に健康によろしくない。

 それに、音の様子からして相手は数百メートルは向こうにいる。

 ゆっくりしすぎると確認もできないまま終わってしまうからな。



西暦4547年8月21日19:40 イーストエリア 東K4番地区


 絵に描いたような膠着状態ね。

 向こうは一人しかいないから、制圧射撃をしながら接近するということができない。

 こっちも一人しかいないから、牽制はできても打って出ることができない。

 フロートキャリーを盾にしているから銃弾は怖くないけど、問題は、私の拳銃の残弾があと四発か三発しかないということかしらね。


「あきらめようぜーネエちゃんよ!お前の残弾はあと多くて四発だろうぅ?」


 ああもう、なんで馬鹿じゃないのよ。

 こっちの残弾をしっかりと把握しながら、反撃を誘うための攻撃をしていたわけなのね。

 せいぜい無駄弾を撃たせてやろうと思っていたけど、この様子じゃ相手はしっかりと予備も持っていそうね。


「いいから黙って死ね!」


 腹いせにブラインドショットで一発だけ撃つ。

 これで残りはあと三発か二発、ますます終わりが近づいたわね。


「残りは三発か、二発か、それとも最後の一発かなぁ?

 無駄ダマを撃つんじゃねえ!さっさと俺に銃ごと寄越せよぉ!」


 怒声とともに銃弾が立て続けに浴びせられる。

 奴の怒るポイントがわからないわ。

 自棄になって撃った一発は思いのほか相手の無駄撃ちを誘えたけど、物陰にいるから当たらないとはいえ、一方的に撃たれるのは腹が立つわね。


「ヘタクソ!その鼻の上に付いてるのは飾りなの!?」


 せっかくだから煽っておこう。

 ここまでの流れからしてウッカリ撃ち尽くすような馬鹿には見えないけど、相手の手持ちが一発でも減れば、生き残る目も出てくるかもしれない。


「下手な挑発だなぁオイ?

 女ァ、犯す前にまず殺してやる!」


 怒号とともに再び銃撃が浴びせられる。

 随分とステキな趣味を持っているようだけど、それに付き合ってあげるつもりはないわよ。

 マガジンを取り出す。

 中には一発だけ。

 装填されている分と合わせて残り二発。

 ああ、こうなるとわかっていたら、貯金を全部使って噂のユブネに入っておくべきだったわね。




西暦4547年8月21日19:45 イーストエリア シェルター付近


「ステータスって、すごいな」


 思わず呟いてしまう。

 少なくとも1km近くを駆け足で移動したはずなのだが、いまだかつて無い速さで、おまけに全く疲労を覚えることなく移動することができた。

 いや、凄いのはステータスではなく、その数字が上がることが実際に俺の体に作用することなのだが。

 それはそれとして、移動中にも色々と興味深いものを見つけることができた。

 タイヤの代わりにキャタピラを履かされたトラックらしいもの、複数の戦車や装甲車の残骸らしきもの、ブルドーザーらしいものもあった。

 どうやら、この辺りで昔に軍隊同士の小競り合いでもあったのだろう。

 おそらくだが、周囲を探せば更に装備品も手に入るはずだ。


 そして、埋もれているシェルターらしきものからのテキストメッセージでの救難信号。

 通信分の最後に記載された発信日時を信じれば1000年前のものらしいが、少なくとも送信設備と電源が生きているそれがあるらしい。

 思っていたよりも色々あるな。

 今の拠点を拡張するだけでも何年かかるかわからないので、今のところは将来の宝探しイベントのために放っておくしか無いが、それでも前向きな気分にはなれる。


 ああ、とにかく、まずは仲間だな。

 たくさんの車両や装備があっても、俺の体は一つしか無い。

 どこかに街があったとして、そこに冒険者ギルドがあれば話が早いのだが、そういうのはあるのかな。

 利用する前に資金を稼がなくてはならないが、そっちは拾ってきた装備を修理して売りさばけばいいか。


 さて、現実逃避はここまでとして、現状をどうしようか。

 視界の先には、正面を上に向けて倒した自動販売機のようなものがある。

 その赤い防護服が、こちらから見て向こう側には別の防護服らしいものが見える。

 らしい、というのは、補強や威嚇のつもりなのか、鉄板やスパイクをゴテゴテにつけているので、それを防護服と呼んで良いのか確信が持てないのだ。

 まあ、金色だろうが白色だろうが、防護する服だから防護服でいいか。


「ゴテゴテと赤、どちらにするか」


 こんな砂漠のど真ん中で訓練をしているとは思えないので、助けられるのはどちらか一方だけだ。

 ゴテゴテさんは、あまりお友達になりたい格好ではない。

 痛そうなギザギザトゲトゲ満載のヘルメットを外して友好的な笑みが出てくるとも思えない。

 だが、どう考えても平和ではないこの世界で、目の覚めるような真っ赤な防護服を着ている奴とも友達になれるとは思えない。

 これは難しいな。


「よいしょっと」


 とりあえず、発見される可能性を減らすために姿勢を低くする。

 89式小銃を構え、安全装置を解除。

 不安なので単発にしておこうとしたところで、動きがあった。

 赤いほうが拳銃を一発だけ撃ち、一瞬動きが止まった後に地面へと伏せる。

 直後、相手が防護服の重さを感じさせない素早い動きで駆け寄り、赤いのがいつの間にか自分の頭に向けていた拳銃を蹴り飛ばした。


「あー、これは勝負あったな」


 どうやら捕まると人生お終いなのだろう。

 赤い方は明らかに自殺しようとしていたな。


「じゃあ気が進まないけどゴテゴテの方に話しかけるか」


 最初の一言をどうしようかと考えつつ立ち上がろうとしたが、視界に入ってきた信じられない光景が俺の思考を止めた。

 あろうことか、奴はナイフを取り出して赤い方の防護服を切り裂いたのだ。

 俺はこの世界に来てから二日弱しか過ごしていないが、ここの大気が呼吸不可能であることは知っている。

 確かに試したことはないが、前任者も俺も、目の前の二人もわざわざ防護服を着込んでいるのだから、その認識は間違っていないだろう。

 ということは、考えたくないが、あえて苦しめて殺そうと言うわけか。

 なるほど、そういう考え方は、好かんな。


「射撃ができるようになって良かったと初めて思ったよ」


 人殺しは慣れないが。

 狙いを付け、引き金を引く。

 銃ってのは便利な道具だとつくづく思う。




西暦4547年8月21日23:00 イーストエリア シェルター内


 さて、連れて帰ってきてしまったがどうしようか。

 赤い方の中身は驚くべきことに見麗しい女性だった。

 まあ、防護服と一緒に皮膚も切れたようで血塗れの上、大気の影響なのか皮膚が大変なことになっていたので喜ぶどころではなかったが。

 防護服の修復パッチや医療用ナノマシンを自分以外に使う事になるとは思わなかったが、まあ、人命救助に役立ったのでよかったと思っておこう。

 それにしても、呼吸が不可能どころか、外気に触れるだけで皮膚が糜爛するというのはマズくないか?

 浄化されたとみなされる基準がわからないが、少なくとも個人の寿命が尽きるまでに終わるとは思えないんだが。

 そして、人体を時間逆行レベルの完璧さで、それも目に見える速度で修復できる医薬品というのはあまり健康に良さそうには思えないな。

 

「ころ、してぇ、ころしてぇ」


 赤い人は、いや、赤い防護服を着ていた人は物騒な寝言を言っている。

 どんな悪夢を見ているのか知らないが、気が滅入るからやめてくれないかな。

 それはどうでもいいとして、この人をどうしようか。

 わざわざ救助したぐらいであるので、当然ながら可能であれば話をしてみたいのだが、起こしていいのかどうかがわからない。

 気にはなるが、少なくとも明日になってそれでも起きないかぎりはやめておこう。


「眠気も無いし、仕事でもしよう」


 そう呟いて、施設管理用のコンソールを操作する。

 人生二度目の殺人を犯したところで夜を生き残れという目標は達成できたらしく、小型拠点防御設備のデータチップを入手した。

 彼女を運びこんだ後でとりあえずチップをオーガナイザーに入れておいたが、その際に管理コンソールの作成ができるようになっていたので、それだけはやっておいたのだ。


「なるほど、ここからでも生産は指示できるのか」


 生産できるものが随分と増えるようだ。

 まず、データチップの名前にもなっている防御設備。

 これはセントリーガンや監視カメラ、サーチライト、隔壁、防壁などを指しているようだ。

 建物に基部を置いて、上に本体を設置すれば、機銃もカメラもライトも遠隔操作できるようになるらしい。

 さすがは未来の技術だな。


 次に、メンテナンスドローン。

 これは設置したセントリーガンへ給弾したり、設備の修復作業を行ってくれるらしい。

 燃料はバッテリー式で、ドローンネストとやらを設置し、ナノボット修理剤をストックしておけば自動判断で動いてくれるようだ。

 残念なことに名前の通りメンテナンス用で、自律浮遊砲台にはならないみたいだが、それでも十分だろう。

 

 そして、最後にアウトポスト。

 いわゆる前哨だ。

 とはいえ、前線基地的なものではなく、今は野ざらしの警備詰め所しか作れない。

 だが、ビーコンを設置し送電線を引くことで、遠隔地にメンテナンスドローンで管理できる無人防衛拠点的なものを作ることができるようだ。

 あのゴテゴテさんが俺の予想通りのヒャッハーさんだった場合、当然愉快な仲間たちもそれなりにいるだろうから、いきなりの本土決戦を避けられるというのは嬉しい。

 送電線を辿ってここへ来られるのは困るが、作れる装備の武装は今のところ俺と同レベル。

 だったら手前で戦おうと、ここで戦おうと倒せる敵のレベルは同じ。

 そう考えると作っておくのはアリだな。

 輸送車両を作れるようになったらだが。


「とりあえず、目隠し状態を何とかするか」


 今は夜だが、俺には携行型投光機がある。

 夜間作業はあまり良いことではないと思うが、入口前だけでも中から確認できるようにしておきたい。

 それに、セントリーガンと監視カメラで固められた拠点というのは、ほら、男の子って感じがするじゃないか。


 『Objective Complete:報酬を獲得』

 『Level UP! 7→8』


 ああ、そういえば、前回クリアした『夜を生き残れ』がObjective:00027、その次の『施設管理コンソールを作成しろ』でObjective:00028達成だったからな。

 目標達成数から考えて、確かにレベルアップするはずだ。

 次は、そうなると8個のクリアが必要というわけか。

 今回達成した報酬がオーガナイザー専用高密度多分子結晶10kgの30個セットだったので、おそらくこれを使って防衛体制を整えろというのが次の指示のはずだ。

 


-----------------------------------------

 レベル7 → 8

 職業 :無職

 体力 :13 → 13

 知力 :13 → 13

 器用 :13 → 13

 速度 :13 → 13

 魅力 :12 → 20

 運   :10 → 12

 スキル:初級探索術、初級射撃術、初級知識、初級生産術、初級鑑定術、初級敵気配察知、初級交渉術

-----------------------------------------



 建設か、機械知識かで悩んだが、せっかく理性的に話せる可能性があるかもしれない相手を保護したので、交渉術を選んだ。

 ついでに、魅力をキリの良い20に、残りを運に注ぎこむ。

 自分のステータスやスキルがこの世界の人間相手に通用するかどうかを試すチャンスだ。

 今できる全力で試みるべきだろう。

 そもそも論で言葉が通じなかったらお笑いだがな。




西暦4547年8月22日10:40 イーストエリア 東K4番地区?


「どこ、ここ」


 あたまがぼんやりする。

 わたしは、私は確か、あのクソ野郎に負けたはず。


「ホント、ここ、何処?」


 ここがどこだかわからないが、少なくとも私の家じゃない。

 それどころか、見たこともない場所だ。

 白い壁、白い天井、白い床。

 寝かされていたベッドもシーツも白い。

 昔住んでいた家よりも綺麗ね。

 ここがうわさに聞く天国ってところなのかしら。


「そんなわけ、ないか」


 隣には私のささやかな装備一式も置かれてるし、部屋の中は気持ち悪いぐらい白いけど、誰かが暮らしているような雰囲気がある。

 それ以上に、自分の心臓が動いていることを、室内の微かな空気が流れていることをしっかりと理解できる。

 

「って、ここどこ!?」


 慌てて銃を取る。

 案の定だけど弾は抜かれてる。

 こんな綺麗な場所にあいつらが住んでいるとは思えないけれど、身を守るものが何もないというのはマズイ。

 私は女だし、ここは少なくとも町ではない。

 おまけに防護服は切り裂かれてしまって逃げ出せないし、防護服が切り裂かれた?


「そうだ、私、外気を吸ったんだ」


 血の気が引いていくのがわかる。

 子供の頃に全ての人が教えられる脅威。

 外気には人間を変異させるナノボットだか細菌だかがたっぷり含まれていて、確か一呼吸で致死量だったはず。

 だからこそ人々は町から遠くへは離れられないし、どうしても移動したい時には絶対に車と防護服が必要なのだ。


「どうしよう、どうしよう」


 こんな部屋に入れてくれるぐらいだから、どういう目的かはわからないけど、少なくとも生きている私に何か用事があるはず。

 変異体を眺めて楽しみたいのならこんな部屋に入れておくはずがない。

 でも、壁の時計を信じるならば、アレから10時間以上経ってる。

 変異は確か半日程度で起こるはずだから、そろそろのはずだ。


「どうしよう」


 手が震える。

 変異は、嫌だ。

 砂塵の向こうからやってくる、人の声を話す、ヒトではないもの。

 子供を寝かしつけるための嘘ではなく、現実に存在し、死傷者を出すモンスター。


「なにか、ナイフでもなんでもいいから何か!」


 ベッドから降りようとして床に倒れたけどどうでもいい、この震える手足を何とかして死ぬための何かを見つけないと。

 動け!動け!早く死なないと私を助けた人に迷惑をかける!



 

西暦4547年8月22日同時刻 イーストエリア シェルター入り口


「何やってるんだ、俺」


 意識が朦朧としている。

 順を追って思い出していこう。


 たしか、保護した女性が起きそうもないので夜間作業を始めたのが日付が変わる直前だったはずだ。

 入り口にとりあえずで監視カメラとセントリーガンを二基設置し、内部へ戻って管理コンソールから動作チェックをしようとしたんだったな。

 それで、外が真っ暗で監視どころではない事に呆れて照明を適当に設置。

 今度は様子は見て取れるものの、空気が汚いおかげでほとんど視界が取れないことに気づいてサーチライトを設置。

 これに満足して、再び女性が起きるのを待ちつつ寝てしまい、慌てて起きたのが6時ぐらいだったか。


「朝食のあとにまた作業を再開して、気がついたらこの有様か」


 寝不足で建設作業をやるもんじゃないな。

 当初は必要最低限のものだけを設置するつもりだったのだが、なんだかゴチャゴチャしていている。

 

「だが、カンペキだ」


 自分でやっておいて何だが、カンペキな仕事だ。

 出入りの際に狙撃されないための防壁、死角を考慮して設置した監視カメラ、セントリーガン。

 したくはないが今後も発生するであろう夜間作業のためのサーチライトや照明設備。

 思いつくままに増設をしてしまった。

 結果として発電機とドローンネストを増設する必要が発生したが、無秩序に増えた防御設備は無駄にはならないはずだ。

 少なくとも、無駄は出ても不足はないはずだと思う。

 これだけ置いてしまうと入り口を変更する際には大変な労力が必要となるだろうが、搬入口は別に作ってあるし、拡張もそちらに広げていけば良いだけの話だ。

 もっと言えば、二階を作るか、可能かどうかわからないが地下方向に広げるという手もある。

 利便性を考慮して安全性を落とせるような世界でもないしな。


「うん、カンペキだ」


 満足した。

 実に満足した。


「帰るか」


 エアロックへと進み、外扉から中へと入る。

 扉を閉め、除染作業を開始。

 この面倒な手順を何とかしたいのだが、外気の浄化なんていつ終わるか想像もできない大事業だからな。

 慣れるしかあるまい。


「とりあえず、あの人が起きているかを確認して、まだだったら作れそうなものを全部作るか」


 少なくとも午前6時の段階で、彼女は全く目を覚まそうとしていなかった。

 外傷自体はそこまで酷いものではなかったはずだが、外気に触れた事と、医療用ナノマシンによる治療がそれだけ体に負担をかけたのだろう。

 それにしても、ナノボット修理剤と医療用ナノマシンでは何故名前が異なるのだろうか。

 本当にどうでもいいことだが、気になる。

 未来でも商標は存在しただろうし、そこらへんの関係かもしれないな。

 下らない事を考えつつ除染を完了して中に入ると、何者かが飛びかかってきた。


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