第三話 拠点
「それにしても」
周囲に広がる死に塗れた環境を見回して思う。
こんな何もないだだっ広い平地のど真ん中で、シェルターを作りたい場所を選べと言われてもな。
周囲が開けているということは、それだけ警戒しやすいという事だ。
だが、それだけ遠距離から視認しやすく、さらに長距離攻撃に晒されやすいという意味でもある。
では、向こうに見える廃墟の影にするというのはどうだろうか?
確かに影に隠れるようにすれば一方からの攻撃は壁が耐えてくれるかもしれないが、唯一のランドマークなので、別な意味で目を引きやすい。
おまけに、攻撃を受けた場合にボロボロの壁が崩落して折角のシェルターとやらが損傷を受けるかもしれない。
まあ要するに、何事も一長一短というわけだが、さてどうしたものか。
「考えてもしょうがない、ここにしよう」
俺は自分が降り立った場所を我が家とすることにした。
この辺りは見える範囲ではどこまで行っても何も無いので、せめて目立ちづらい場所にしたいと考えたのだ。
それに、ここならば少なくとも頭上は気にしないで済む。
敵対的な存在に航空戦力がないと仮定すれば、だが。
『Objective Complete:報酬を獲得』
考えただけで反応してくれるシステムだけあり、場所を決めただけで反応してくれたようだ。
もはや見慣れてきた表示が視界に現れ、オーガナイザーの上に何かが現れたことを感じる。
頼むから、何でも分解してしまいそうな搬入口の中には現れないでほしいな。
「さてさて、建材とやらはなんだろうな」
唐突に釘や木材が飛び出してきても困る。
まあ、ステータスのざっくり具合からして、建材一式がとりあえず出てきそうな気はするが。
データチップを挿入すると、ずらずらと新規で作成可能になったらしい一覧が表示されていく。
発電機、燃料タンク、床材、壁材、高張力多分子天幕、野戦用空気清浄機、環境安全測定器、高発泡接着剤などなど。
なんとなくだが、シェルターが作れそうな感じは伝わってくる。
何よりも空気清浄機がありがたい。
今の俺は、空気清浄フィルターとやらを作れても、それを交換できる環境がない。
水も食料もまったく目処が立たないが、とにかく呼吸するための空気が無ければ直ぐに死ぬ事はわかる。
まあちょっと楽観的にすぎる気もするが、段階を踏んでいくとすればまずは安全な空気がある場所の確保だろう。
「とりあえずは床材なのかな?」
シェルターを建設したことはないが、まあ犬小屋だろうが巨大建築物だろうが建設をするのであれば下から組み上げていくのが基本だろう。
「エラー、オーガナイザーのアップグレードが必要です」
試しに床材を選んでみると、冷酷な音声が現実を伝えてきた。
そんな気はしたんだ。
小型オーガナイザーは手に持てるレベルのものであれば何でも出てきそうな作りをしているが、逆に言うとそれ以上のものは物理的に出てきそうにないサイズだ。
そうなると次の目標はアップグレードキット的な何かなわけだな。
『Objective00008:小型オーガナイザーアップグレードキットを探せ
報酬:データチップ@オーガナイザー中型拡張キット 』
ほらやっぱりな、思った通りだよ。
さて、アップグレードキットはどこに落ちているのかな?
フィルターの有効期間はまだ20時間弱はある。
疲れきって動けなくなるまであと最低でも15時間ぐらいは頑張るとして、作業時間は多めに確保したい。
それにしても、実物を拾えるらしいのに報酬はそのデータチップというのはどういうことなのだろうか。
作れるようになるということ自体は別に悪いわけではないと考えて、探しものを始めよう。
あれこれやっているうちに生存可能時間が19時間を切ろうとしているからな。
ああ、その前に、家の建設予定地に今まで見つけた機材を集めておこう。
もう確信しているが、ステータスは明らかに現実に作用している。
記憶が正しければ俺はそれほど力がある方ではなかった。
だが、作業を始めた今、何キロあるのか考えたくもない機械の塊を安々と持ち上げている。
おまけに、さほどふらつくこともなく歩けている。
既に周囲の環境はうんざりするほど変わっているが、俺自身も、随分と変わってしまったんだな。
「さて、捜索を続けるぞ」
気合を入れるためにも言葉に出す。
落ち込んでいられる時間は少ないんだ。
今でも薄暗いと表現できるレベルの光量だが、ここが地球である以上、今よりも明るくなることもあるかもしれないが、確実に暗くなる時が来る。
街灯どころか街の明かりも、空の具合からして星明かりも期待できない以上、全くの闇に包まれるはずだ。
そうなる前に外気と切り離され、フィルターを交換できる場所だけでも確保できなければ、そこでお話はおしまいとなる。
力があって困ることはないのだし、とにかく今は頑張る時だろう。
改めてアナライザーを周囲に向ける。
スキルのおかげなのか、慣れてきたからなのか、様々なものが落ちているにもかかわらず、明らかに関係がない感じのものは無視できている。
ただの瓦礫や見た目からして壊れている機械は無視し、アップグレードキットという言葉から想定されるようなものを探す。
砕けた金属片は無視、何かの装置の残骸も無視、明らかに武器らしいものも今は置いておこう。
様々なものが落ちているとはいえ、それらしいものに絞っていくと捜索は楽だった。
どれがそうなのか、ではなく、どこにあるのかだけを考えてアナライザーを向けていくと、驚くべきことに10分もかからずに発見することができた。
『Objective Complete:報酬を獲得』
『Objective00009:小型オーガナイザーを中型にアップグレードせよ
報酬:オーガナイザー専用高密度多分子結晶 10kg×10個』
表示と同時に視界の端にチップが落ちるので回収する。
アップグレードキットは、なんというかアップグレードキットといいたくなる外見をしていた。
鮮やかなオレンジ色の表面に白抜きでUPKitと書かれ、底面に対して斜め上に向けて矢印が書かれている。
裏面を見てみると、小型オーガナイザー以外にはどのような理由があっても絶対に使用しないでくださいといった趣旨の警告文があった。
言われなくてもそれ以外に使用するつもりなど無い。
さて、思ったより早く終わったとしても残された時間は少ない。
アップグレード作業を早く完了させよう。
作業自体はすぐに完了した。
小型オーガナイザーの投入口にアップグレードキットを投入すると、音声で装置から離れるようにと警告が発せられる。
従わない理由はないので素直に離れると、なんと言ったら良いのか、装置の表面が波打つようにしてうねり、まるで植物の成長を早送りで見たかのように巨大化していく。
巨大とは言っても、全高3m程度であるが。
『Objective Complete:報酬を獲得』
今回は随分と重そうな名前の報酬だけあり、表示と同時に俺の周囲にドサドサと音を立てて報酬が落下する。
まあ、10kgぐらいならばなんとかなるだろう。
それよりも、報酬の名前に心が踊る。
高密度多分子結晶とやらは、まず間違いなくオーガナイザーが言う必要部材とやらだろう。
建材の生産は思ったよりも辛くない作業になるかもしれないな。
『Objective00010:シェルター用建材を生産せよ
報酬:オーガナイザー専用高密度多分子結晶 10kg×20個』
次の目標を見る限り、とにかくひたすらに建設タイムのようだ。
もちろん異論はない。
そういうわけで、俺は帰るべき我が家を建てることにした。
ステータスのおかげか多少大きな瓦礫でも動かせるため、それらを高密度多分子結晶と共に次々とオーガナイザーへと放り込み、建材を作る。
幸いなことに地面は長年の風化のせいか平らなため、風の影響らしい波打ちを踏みつけつつ床材を敷き詰め、それぞれの境目へ接着剤を塗りつける。
そうして確保できた床の端に次々と壁材を立てていく。
実に地味な作業だが、やりがいはある。
なにしろ、少なくとも明日は迎えられそうになってきたのだ。
『Objective Complete:報酬を獲得』
さあ、予想通りのレベルアップだ。
例によってスキルポイントは1つだけ、ステータスのためのポイントもいつもどおり10個もらえた。
今の作業内容からして、今しばらくは体力や器用さに振っておくべきだろう。
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レベル4 → 5
職業 :無職
体力 :10 → 13
知力 :10 → 10
器用 :6 → 13
速度 :6 → 6
魅力 :6 → 6
運 :6 → 6
スキル:初級探索術、初級射撃術、初級知識、初級生産術
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今回は生産術とやらを選択してみた。
これはオーガナイザーでの生産に必要な物資量を減らしてくれるというありがたいスキルらしい。
機械がオートでやってくれるのに個人のスキルがどう作用するのかは全くわからないがな。
『Objective00011:シェルターを構築しろ
報酬:非常食3日分(飲料水付き)』
現れたばかりの報酬を再びオーガナイザーへ放り込み、建設作業を続ける。
次の目標はシェルターの構築で、報酬は待ちに待った食料だ。
味に期待するつもりはないが、少なくとも腹を満たすことができるというのは心が踊る。
「ええと、壁の下部パーツは地面に刺さるように押し込め?」
建材と一緒に出てきた説明書を読みつつ作業を続ける。
重汚染地帯向けというだけあり、このシェルターはまともな基礎工事なしでも建てることができ、さらにプラモデル感覚で組み立てができるらしい。
それでも不器用な俺には大変な作業だが。
「上部壁パーツに屋根を差し込む、と」
作業は続く。
作成可能な建材の中に足場がある理由は謎だったが、こうして屋根を乗せているとその理由がよく分かる。
説明書で次は足場を組めと出てきた時には思わず呻き声が漏れたが、これがなければどうしようもなかった。
それから約四時間。
屋根を完成させ、主寝室と機械室を密閉し、エアシャワーのある玄関を組み立てる。
個人用シェルターといいながら、立派な一戸建てだな。
機械室というのは贅沢にすぎる響きだが、ここには空気清浄機を始めとする空調装置が収められている。
前任者の死因から考察するに、ここは呼吸可能なレベルの空気はないと考えるべきだ。
そうであれば、この機械室という部屋はとても重要なのだろう。
ここだけご丁寧に壁が二重構造となっており、外側には防弾板まで取り付けられるように板を差し込むレールが設けられている。
おまけに、可能ならばヘスコ防壁的な箱を使って二重の防壁にしろとまで指示されていた。
このシェルターを設計した人は、おそらく核砲弾や化学兵器が機関砲弾に混じって飛び交うような激戦地をイメージしていたのだろう。
こちらとしては、むしろそのような過剰設計のおかげで面倒だが助かる。
イザという時に流れ弾一発で窒息死というのは笑えないからな。
ああそうか、居住区についてもそれは言えるな。
時間ができたら拡張するなり二重壁にするなりしておこう。
「ダクトの密閉はこれでいいのかな?
玄関はこれで完成だから、シェルターは完成と言っていいと思うのだが」
『Objective Complete:報酬を獲得』
俺のボヤキに応えるように、シェルターの完成を客観的に伝える表示が現れる。
何をどれだけ加えれば良いのかがわからない俺にとってはとてもありがたい。
それはさておき、これで念願の食料を手に入れたぞ。
『Objective00012:シェルターに発電機を併設しろ
報酬:バイオ燃料1ガロン』
発電機は、そういえば設置していなかったな。
たしかにこれだけの設備を動かしたいのであれば発電機は必要だろう。
幸いなことに、壊れた発電機を探しに行く必要はない。
中型にアップグレードされたオーガナイザーが製造できるからな。
ご丁寧なことにシェルターの機械室の外には送電用のソケットまである。
そのため、設置場所に悩む余裕もなく発電機の設置は完了できた。
『Objective Complete:報酬を獲得』
ジェリ缶のようなものが傍らに落下する。
この中に入っているのがバイオ燃料とやらなのだろう。
試しに缶を振ってみると、液体が入っていることがわかる。
『Objective00013:シェルターの内部を洗浄しろ
報酬:バイオ燃料1ガロン』
次は内部の洗浄か。
たしかに、呼吸不可能な外気をそのまま閉じ込めた上に汚染物質と思われる何かが床に散らばっているシェルターなど冗談でしか無いからな。
発電機に燃料を流し込み、一つしか無いボタンを押しこむ。
すぐさま機械が動き出す音が聞こえ、動作状態を知らせるためであろうランプが緑に光る。
今までにもいくつか装置を動かしてきたが、発電機が動き出すというのは気持ちが良いものだな。
色々とやってはきたが、今の瞬間をもって全てが始まったと思えてくる。
「ええと、それで、室内に入って緊急用浄化ボタンを押せ?」
再び説明書に目線を落とす。
玄関、またの名をエアロックには、室内を緊急浄化するためのボタンがあるらしい。
とりあえず表扉を開けてみよう。
扉の横にあるタッチパネルに触れて、初期設定のパスワードを入力すると表扉は開いた。
<<緊急、緊急、室内に汚染が確認されました。ただちに緊急洗浄を行ってください>>
表扉を抜けるとそこは真っ赤だった。
ごく短距離しか飛ばないらしい無線で警報が入ってくる。
赤色灯が灯り、警報音が鳴り響いている。
これが就寝中であれば大変なのだろうが、今は防護服に身を包んでいるのでそこまでの恐怖心はない。
「緊急用浄化ボタンを押して、退避すればいいんだよな」
説明書によると、緊急浄化は人体に有害らしい。
汚染警報が発生した場合は、速やかに防護服を着て緊急浄化を実行し、出来る限り早く屋外に退避しろとあるのだから、それはもう有害なのだろう。
エアロック内のボタンを押し込み、すぐさま表扉から脱出する。
自分でも感心するぐらいの素早さで飛び出すと、空調装置から大量の白煙が凄まじい勢いで吐き出されていくのが見える。
あれのエアフィルターは交換が不要なタイプらしいが、あんな勢いで酷使しても大丈夫なのだろうか。
思わず唖然として眺めてしまうが、白煙は徐々にその勢いを減じていく。
「組み立て時の浄化はおよそ十五分で完了?この説明書にはなんでも書いてあるんだな」
最近独り言が多くなってきた気がするがまあいい。
とにかく、俺が眺めている間に空調装置からの煙は見えなくなり、やがては勝手に閉じた表扉越しにも聞こえていた警報音が途絶える。
パスワードを入力すると、先ほどと同じように表扉は開いた。
今度は騒がしくない。
『Objective Complete:報酬を獲得』
やれやれ、うんざりするほど時間がかかったが、これでようやく家が完成したようだな。
早速入ってみよう。
表扉を閉じ、緊急用のものとは別のボタンを押す。
どうやら間違えて押さないように、警報が鳴っていない時には危険なボタンは収容されているらしくて助かるな。
猛烈な風圧の空気が全周から押し寄せ、さらに紫外線の照射が行われる。
それを一セットとして、三回同じ事が行われた後で、ようやく内扉が開かれた。
「おお、素晴らしい」
視界の先には家があった。
剥き出しの壁、剥き出しの屋根、そして剥き出しの床。
他には何もない。
電灯と、自分が入ってきた内扉、機械室へ続く別の扉ぐらいのものだ。
だが、ここは少なくとも知る範囲では最も安全な場所に違いない。
何しろ、防護服を脱いでも死なないのだ。
「これで防護服を脱いでも、ううむ、なんか臭いな」
いつもの視界に現れる表示では危険がないそうなので、それを信じて頭部部分を取り外す。
恐る恐る息をしてみるが、室内の空気で有害な感じは受けなかった。
ただ、工場の内部のような、廃墟の奥底のような、なんとも言えない臭いがする。
いや、センサーでは危険はないというのだから我慢しよう。
「それで、お次は何だ」
休憩したい気持ちもあるが、ここは頑張りどころだと思いたい。
家はできた、空気の心配もないし、僅かばかりながら食料も手に入れた。
だが、まだまだだ。
武器がない、食料を継続的に手に入れる方法もない、飲み水もない、
そもそもになるが、環境を浄化するという目的については何一つ進展していない。
『Objective00014:シェルター内にバイオ菜園を構築しろ
報酬:バイオ菜園専用高カロリー植物の種子(不美味)、バイオ燃料生成用植物の種子』
そうそう、こういうのが手に入らないと話が進まないよな。
菜園ということは、残念ながら環境浄化には気休め程度も役に立たないだろう。
だが、俺の食卓を味気ない保存食以外で彩れるというのは正直うれしい。
不美味とわざわざ明記してくれるのはありがたくないが、まあ、味よりも今は栄養素を摂取出来るだけよしとしておこう。
それに、燃料が製造できるようになるというのもありがたいしな。
「さてさて、楽しい農作業だな」
防護服を着なおすと、シェルターから表へ出る。
中型オーガナイザーは近くまでは運んであるが、中には入れていない。
盗まれたり破壊される恐れはもちろんあるんだが、表に転がっている残骸たちを原材料として使用する以上、中に入れるわけにはいかないのだ。
まあ、もっとシェルターを拡張する時間が取れるようになったら作業専用のスペースを作ってもいいがな。
「シャベルがほしいな、無理ならスコップでも良い」
手当たり次第に転がっている残骸をオーガナイザーへ放り込んでいくが、できればこの無駄にある砂を有効活用したい。
密度の関係からか砂よりもコンクリート片の方が作業効率の関係から良いのだが、逆に言えばそういう便利なものは後にとっておきたい。
「そういう悩みも最初の頃から思えば贅沢なもんだな」
独り言を続けつつバイオ菜園構築キットとバイオ燃料生成器キットを作成する。
後者はまだ指定されていないが、あって困るものではないし、いい加減一つ言われて一つやるという効率の悪い作業にも飽きてきた。
ああ、浄水器もどうせ作れと言われるのだろうし、今作ってしまおう。
出てきた三個のキットは、まあまあ大きい。
外箱に説明書らしい紙が貼り付けられているので読んでみると、これらの機材は屋内への設置が望ましいらしい。
バイオ菜園と燃料生成器については原材料投入口とトイレやゴミ箱を接続することで、排泄物や残飯なども使用可能だからだとか。
そういえば、トイレを作っていなかったが、これで問題は解決したな。
浄水器については、言われるまでもない。
何故わざわざ安全な水を生成して、それを汚染された場所に晒さなければならないのだ。
「しかしこれは、もう少し拡張しないとダメだな」
他の二つはさておき、バイオ菜園は少なくとも一立方メートルに全てを収めた一品とまではいかないだろう。
仮にも菜園なのだから、ある程度の場所は必要だ。
後回しにしておこうと思っていたが、作業場的な何かは作っておこう。