第二話 着任
どんよりと曇った空、見てわかるほど汚染された空気、明らかに有毒な土、毒々しい水。
そして、見渡すかぎりのゴミ、残骸、瓦礫。
動くものどころか、生命の欠片も感じられない。
「とても素敵な職場だな」
思わず飛び出した独り言は、全身を覆う防護服のおかげで知らない響きをしていた。
それはさておき、状況は絶望的に見える。
環境が悪いとは聞いていたが、まさかいきなりどうしようもない荒れ地に放り出されるとは思っていなかった。
こういう場合、まずはチュートリアル的なミッションを何回かこなしつつ、複数の美人と遭遇して楽しい異世界生活を送れるのではなかったのか。
「おっと?」
突然警告音が耳に入る。
顔面を覆うアクリルか何かで作られたフェイスプレートに表示が灯る。
恐らくだが、何らかの特殊な塗料か素材で投影を最適な形で視認できるようにしているのだろう。
そんなことよりも内容だ。
『空気残量残り23時間59分30秒、速やかに最寄りのシェルターへ移動してください』
余生は短くなりそうだとは思っていたが、想像以上に短くなりそうだな。
視界は完全に荒廃した大地で埋め尽くされている。
所々に廃墟らしい瓦礫の集まりもあるが、とにかく何もない。
森も見えないし、木立もない。
それどころか、見渡す限り雑草らしいものもない。
粉塵なのか汚染物質なのかはわからないが、霧のように何かが空気中を舞っており、遠くは視認できない。
見えるのは瓦礫、土、汚水、死骸らしい何か、枯れ草らしきものだけだ。
思わず空を見上げるが、そこにあるのは茶色く汚れた雲、空中を舞う得体のしれない粉塵に降り注ぐ日光らしいものだけだ。
ここが特別汚染地域的な感じで隔離されているのでなければ、人類は少なくとも文明という意味では滅んだんだろうな。
『Objective00001:修理道具を見つけろ
報酬:アナライザー』
滅入る一方の気力に身を任せていると、さらに何かの表示が灯る。
Objectiveとは、確か目標とか目的っていう意味だったかな。
修理道具を見つけると、アナライザーとやらを貰えるそうだ。
分析器とか、そういう意味と受け取っていいのかな?
もう少し真面目に英語を勉強しておけばよかった。
「しかし修理道具と言われてもな、まさかアレじゃないだろうな」
思わずボヤキが漏れても問題はないだろう。
目の前に、これ見よがしに置かれた工具箱と倒れている防護服姿の人。
ご丁寧にも箱は開かれ、工具らしいものが見えている。
「いきなり飛びかかってきたりしないでくれよ」
どう警戒したら良いかはわからないが、とにかく倒れている相手に注意しつつ歩み寄り、工具箱へと手を伸ばす。
取っ手に手を触れた瞬間、視界内の表示が変更される。
『Objective Complete:報酬を獲得』
『Level UP! 1→2』
口の端に笑みが浮かんでいることを自覚する。
表示が変わると同時に、工具箱の中に電動ドリルのような変わった機械が現れる。
手に持ってみると、銃のような形をしており、手前に小ぶりなモニターが付いていた。
「アナライザーと見せかけてレーザーガンじゃないだろうな」
そんな事を呟きつつ、手頃な瓦礫に狙いを合わせて引き金を引く。
不可視らしいレーザーのようなものが放たれたのだろうが、それはともかくモニターに表示が現れた。
『コンクリートの瓦礫、資産価値なし』
まあ、そうだろうな。
見たところでも、好意的に見繕ってボロボロのコンクリートの残骸でしかない。
さて、それはそうとして、隣の人は何者だろうか?
照準を合わせてトリガーを引くと、俺の疑問に対する回答が表示された。
『前任者、日本人、生存日数1日、死因:窒息死』
大雑把ではあるが、必要な情報が揃っている。
うつ伏せに倒れているおかげで顔は見えないが、このまま見ないほうが双方のためだろう。
もう亡くなっている以上はどうしようもないから良いとして、俺はどうすればいいのだろうか。
おっと、その前にレベルアップだったな。
RPG的な成長システムがどうとか言っていたが、そもそもどうすればいいんだ?
「うーむ、ステータス!」
過去に読んだ作品を参考に叫んでみると、何も起こらなかった。
周りに誰も居ないことはわかっているが、それでもちょっと恥ずかしい。
「ステータスを表示、いでよステータス!ステータスチェック!!」
色々と変えてみるが、効果がない。
頼むよ、こんなどうでもいいことで時間をかけさせないでくれ。
疲れたように内心で呟き、(ステータスを表示してくれ)と内心で念じてみる。
視界の表示が変わった。
そこに現れたのは、箇条書きのように簡素に表現された俺のステータスらしい何かだった。
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レベル2
職業 :無職
体力 :2
知力 :3
器用 :2
速度 :1
魅力 :1
運 :5
スキル:なし
残りポイントは 10 です。
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なるほど、できれば俺の脳内に謎の装置が埋め込まれていないことを祈りたいが、とにかく念じればいいわけか。
それはそれとして、基準がわからないが、現在のステータスはこの世界の一般人からすれば多分弱いんだろうな。
他の人のものを見てみないとわからないが、いくらなんでも10ポイントもらえるのに最大で5段階ということはないだろうし。
スキルという表示があるが、これはあの女神様が言っていたものだろう。
水や食料を生み出せる能力があればいいのだが。
ありがたいことに残りポイントとやらを割り振って数値は上げられるようだし、早速取り掛かっておこう。
全振りは浪漫だが、一人しかいない以上、器用貧乏のほうがマシかな。
イザという時に例えば速度が足りずに泣きを見る可能性もあるが、体力バカにしたとして、器用や知力が足りないので道具も銃火器も使用できないというのも笑えない。
どうせ影響を受けるのも責任を取るのも俺だけだ、好きにやらせてもらおう。
「さて、それでスキルは何があるのかな?」
呟きつつ、スキルについてを念じる。
表示が変わる。
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現在のスキル:なし
取得可能スキル:
初級射撃術
初級近接戦闘術
初級応急処置
初級生産術
初級修理術
初級探索術
初級知識
初級鑑定術
初級交渉術
残りスキルポイントは 1 です。
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初級ナンタラという表示がずらずらと並ぶ。
まあ要するに、遠距離系か近距離系か、もしくは生産か修理か、知覚系は探索でまとめて、知識は鑑定結果とかに関わってくるのかな?
交渉はまあ、その名の通りだろう。
ざっくりし過ぎな感じはあるが、1億を超えるスキルの中から自由にビルド可能とか言われても困るし、逆にありがたいと思っておこうか。
それで作った新しいレベル2の俺がこれだ。
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レベル2
職業 :無職
体力 :5
知力 :3
器用 :5
速度 :5
魅力 :1
運 :5
スキル:初級探索術
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魅力について思うところもあるが、まずは今を生き残ることが重要だ。
戦闘関連のスキルが正直に言えば欲しかったが、先ほどのObjectiveの内容からして、最初のうちはモノ探しがメインになる気がする。
次にレベルが上ったら考えてみよう。
そんなことを思っていると、視界に新たな表示が現れた。
『Objective00002:破損した小型オーガナイザーを発見しろ
報酬:ナノボット修理剤』
随分とSF的な目標と報酬だが、それがいい。
電子工学で天才的な才能を持っているわけでもない俺にとって、このSF的な世界での報酬としては心強い。
工具箱の中には一般的な工具の他にグリスを差すための工具のような形をした何か、どこからどう見ても銃弾としか呼べない物も入っていた。
心強いが、こんなものが必要な世界ということだと思うと、憂鬱になりそうになる。
「あとで埋葬させてもらいますね。
とりあえず、こいつらは俺が使わせてもらいます」
手を合わせた後、無言の先輩から物資を剥ぎ取る。
防護服は脱がせ方がわからないのでそのままとして、手ぶらの俺にとって工具箱は有り難い。
腰のポーチに入っていた基板らしい何か、薬莢のようなもの、よくわからない注射器らしいもの、明らかにダクトテープらしいものなどをもらっておく。
「それにしても、オーガナイザーとやらはどんな形をしているんだ。
おまけに、探せと言われてもな」
周囲を見回すが、建物らしいものは見当たらない。
残骸や瓦礫は多数あるが、何か価値がありそうに見えるものはない。
というか、そもそもの話で俺はそんな便利そうな名前の装置など見たこともない。
ここは一つ、手に入れたばかりの便利そうな機械を使ってみよう。
銃のように構え、周囲の残骸に向けて適当に照射していく。
コンクリートの残骸、鉄くず、風化した人骨、電気部品の残骸、再利用不能な武器。
どうでも良い物ばかりが発見される。
「武器が落ちているということは、戦場、いや、古戦場なのかな?
その割に兵器の残骸がないから違うか」
西暦4547年とやらがどれだけ物騒なのかは知らないが、人骨が転がっている以上は何かがあった場所のはずだ。
そんな場所に、オーガナイザーとかいう建設的な名前の道具が落ちているとは思えないが。
「それにしてもなにもないじゃないか。
これじゃあ成果を出せずに死ぬという最高に不名誉な終わりは確定だな」
ブツブツと呟きつつも周囲を走査していく。
破損したデータチップ、空の非常食パック、対戦車ロケットの発射チューブ(使用済み)、破損した小型オーガナイザー、拳銃用弾倉(9mm)、コンクリートの残骸。
ろくな物がないな。
「いやいやいや」
思わず自分にツッコミを入れつつ、小型オーガナイザーとやらに歩み寄る。
持ち運べるように取っ手がついた、なんというか上に搬入口のついた釜のような物がある。
破裂したのか、銃撃でも食らったのか、側面に破孔が生じている。
あっさりと見つかった感はあるが、これがスキルの恩恵かどうかはよくわからないな。
『Objective Complete:報酬を獲得』
視界に点った表示に、口元が緩む。
これでナノボット修理剤とかいう頼れる感じのアイテムが手に入る。
それを使って目の前の機会を修理しろということだろう。
物音がしたので横を見ると、先程までは明らかに無かったカートリッジが落ちている。
おいおい、報酬はもう少しわかりやすい形で与えてほしいものだ。
『Objective00003:破損した小型オーガナイザーを修理しろ
報酬:データチップ@個人用重汚染地域向け空気濾過フィルター』
まあ、わざわざ破損した装置を探させて、その報酬が修理剤なのだからこの目標は当然だな。
ここに来て、次は壊れていない装置を探せと言われたらやってられない。
「これをこれにインするわけか?」
カートリッジにはキャップと、飛び出したブランジャーロッドが付いている。
まあ、名前からして便利な超科学的な物が入っているのだろう。
キャップを外して小型オーガナイザーの穴に差し込み、中身を注入する。
「さて、これでいいのかな?」
とりあえず全部を注入し、少し離れて様子を見る。
頼むから爆発したりはしないでくれよ。
この防護服の集音機能は余程優秀らしく、目の前の機械の中からシュワシュワと音がしているらしい事がわかるが、見た目の変化は特にない。
やり方が間違っていたので無効ですとか言われたら泣くぞ。
「それにしても、本当になにもないなここは」
改めて周囲を見回す。
動くもの一つない死の世界。
絵に描いたような最終戦争後の姿だ。
空気の問題すら解決できていない今、明日のことを心配してもしょうがないが、それでも今後が不安になる。
今晩はどこで寝れば良いのだろうか。
確かに俺は、ダンボールと新聞紙があれば熟睡できる程度の能力はある。
必要があれば、極めて短い睡眠時間で数日を過ごすこともできる。
しかしながらそれは、しっかりと眠れる時があるからこそ可能な事だ。
毎日、ずっとというのは耐えられない。
それ以前に、今のままならば明日の朝には窒息死しているわけだが。
「設計データがありません。データチップを挿入してください」
突然傍らからかけられた声に、叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
慌てて視線を向けると、小型オーガナイザーがあった。
先程までは消灯していた画面が灯り、NO DATAという表示がある。
なるほど、機械的には治ったが、データが消えてしまっているわけか。
何も製造できない製造装置に存在意義はあるのだろうか。
『Objective Complete:報酬を獲得』
『Level UP! 2→3』
そんな俺の内心のボヤキに応えるように、視界に新たな表示が灯る。
そういえば、次の報酬はまさしくそのデータチップだったな。
間違いなく小さいものだろうし、見落とさないようにしなければ。
周囲の動き、気配、物音に集中していると、いつの間にか小型オーガナイザーの上にSDカードのようなものが置かれている。
報酬が出現する際の法則がよくわからないな。
まあ、嫌がらせのようにわからない場所に出されても困るが。
「さて、これはまあ、ここだろうな」
この世界にきてから急激に独り言が増えた気がする。
それはさておき、それっぽいスロットにSDカード的なものを差し込む。
画面の表示が変わり、読込中、インプット完了と変化した。
製造物を選択させる画面に変わったのは喜ばしいことだが、その種類は非常に多岐にわたるらしく、おまけに今選択できるのは一つしかないようだ。
「使用限界の個人用重汚染地帯向け空気濾過フィルター?」
使用限界のものを作らせてどうしたいのだろうか?
あれか?嫌がらせか?
だとすれば、俺に対する精神的ダメージは絶大だ。
「まあいい、レベルアップだ」
再びステータス画面を呼び出す。
思ったより二回目は早かった。
前回は一つクリアしたらレベルアップだった。
今回は二つをクリアしてそれだ。
適当な予想だが、次は3つのObjectiveをクリアすればレベルが上がるのかな?
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レベル2 → 3
職業 :無職
体力 :5 → 6
知力 :3 → 6
器用 :5 → 6
速度 :5 → 5
魅力 :1 → 5
運 :5 → 6
スキル:初級探索術、初級射撃術
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ざっくりと平均的な感じで上げてみた。
あえて運に振ったのは、効果を見てみたいのでやってみたというところである。
1ポイントだけ増やして大きな効果はないだろうがな。
スキルについては射撃を優先したかった。
最初に手に入れた道具箱に銃弾が入っていたからというのもあるが、SF的な世界ならば遠距離攻撃手段のほうが発達しているはずだ。
それに、格闘技の天才になれたとしても防護服が破れれば死亡確定の俺としては、最期の瞬間まで白兵戦は避けたい。
『Objective00004:破損したフィルター洗浄機を発見しろ
報酬:データチップ@ ナノボット修理剤』
次の目的はなんとなく予想はついていた。
意味もなく使用不可能な濾過フィルターを製造可能にさせるはずがないからな。
そして、目標物の位置もなんとなく読めている。
最低でも徒歩ですぐに行ける距離、確実に地表に露出している状態、アナライザーで識別可能な位置に置かれているはずだ。
おそらくだが、今の状況はいわゆるチュートリアル的なものなのだろう。
そうでなければここまで不自然に必要な物が次々と発見できるはずがない。
そんなことを思っているうちに、次の目標物があっさりと見つかる。
無骨な金属製の箱。
その正面に引き出しが二つあり、片方には搬入、もう片方には搬出とある。
まあ、分かりやすいことはいい事だ。
『Objective Complete:報酬を獲得』
視界の端に何かが地面に落下したのが見えた。
念の為にアナライザーで調べたが、ナノボット修理剤のデータチップで合っているようだ。
さりげなく、非常にありがたい報酬だよな。
さっそくオーガナイザーまで戻り、新たなデータチップを挿入する。
『Objective00005:フィルター洗浄機を修理しろ
報酬:使用限界の個人用重汚染地域向け空気濾過使用限界のフィルター3日分』
次の目標はフィルター洗浄機の修理か。
まあ、全部ナノボット修理剤様にお任せすればいいんだろうさ。
さて、製造だ。
どうやればいいんだ?
「必要部材5kgか、無指定の素材を20kg入れろ?」
オーガナイザーの画面に表示されていた内容を思わず朗読してしまう。
必要部材とやらがよくわからないが、無指定の素材という響きには魅力を感じるな。
試しに、近くに転がっていたコンクリートの破片を放り込んでみる。
案の定というか、幸いなことにというか、画面の表示はあと19.150kgの無指定の素材を入れろという表示に変わってくれた。
そこから先はもう、いちいち描写する必要はないだろう。
俺は目を輝かせつつ、そこらに転がっている瓦礫を放り込み続けた。
『Objective Complete:報酬を獲得』
『Objective00006:フィルター洗浄機を修理しろ
報酬:使用限界の個人用重汚染地域向け空気濾過使用限界のフィルター3日分』
『Objective Complete:報酬を獲得』
『Level UP! 3→4』
この流れに特筆する点はなかった。
流れ作業という表現が相応しいスムーズさで、機器の修理から報酬の獲得、そしてレベルアップまでが一直線だった。
レベルアップについての予想は合っていたな。
次は四個の目標を達成しなければならないというのは面倒だが。
それはともかく、レベルアップ処理だ。
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レベル3 → 4
職業 :無職
体力 :6 → 10
知力 :6 → 10
器用 :6 → 6
速度 :5 → 6
魅力 :5 → 6
運 :6 → 6
スキル:初級探索術、初級射撃術、初級知識
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とりあえず死にづらく、そして手に入れたものを有効活用できそうな感じでポイントを割り振ってみる。
まあ、前にも言ったとおり防護服が破ければ、頑丈だろうとなんだろうと意味が無いんだがな。
『Objective00007:シェルター建設のための場所を選定しろ
報酬:データチップ@個人用重汚染地域向け緊急シェルター建材』
内心で呟いたところで、新たな目標が表示された。
次の報酬はシェルターの建材か。
建材?
つまり、どれくらいの規模かはわからないが、俺は自分の拠点を作れるというわけか?
それは、夢が広がるな。