第5話
ベッドで眠っていたはずのあたしは、なぜか地べたで仰向けに倒れていた。
「は? えっ? なに?」
バッと起き上がり、あたりを見回す。
どこだここは?
地面には草が生え、木が生い茂り、鳥の声のようなものも聞こえる。
なぜ自分がこんなところに?
あたしは腕を組んで考えた。
普通なら「これは夢だ!」と思うだろう。が、あたしはこの状況に夢以外の心当たりがあった。
「おい! フレディ! いるんだろ!」
大声を出すと、木と木の間からふくれっつらの金髪のガキ女がヒョコっと顔だけを出す。
「つーん。わたしはフレンティーユでーす。フレディさんなんて知りませーん」
プイっと顔を背けるフレディ。
相変わらず神様らしさはかけらもない。
「はいはいわかりましたよフレンティーユ様。それで、これはどういったことでございましょうか?」
両手を軽く上げて、てきとーにへりくだる。
なんの間違いでここに呼ばれたかは知らないが、あたしは早く帰って寝たい。
そのために名前を正しく呼んでくれっていうのなら、いくらでも呼んでやろう。
名前が正しく呼ばれて機嫌を直したのか、フレディはニッコリ笑って木の間からのっそりと出てきた。
「はい。今回はですね、この森で人が消えるらしいので、調査に来ました」
うん。あたしが聞きたいのはそういうことじゃないね。
「違う違う。なぜあたしがここに呼ばれたかを聞いているんだ。間違いならすぐに帰してくれ」
「えっ? 間違いではありませんよ。今回もチート転生者を倒してもらうために呼んだんです」
フレディはしれっとそう言った。
それはもう倒したんじゃないか? そう言おうと思ったが、よくよく思い出してみると、あの時フレディは「チート転生者達」と言っていたような気がしてきた。
「もしかしてたくさんいるのか? そのチート転生者って?」
「はい。いっぱい」
なるほど。状況は理解した。
あたしはまたチート転生者を倒すために呼ばれたんだ。
しかもフレディが言うには、まだたくさんいるらしい。
「つまり今後も眠るたびに呼ばれて、熟睡はできないってことか?」
「それは大丈夫です。こっちにきてるのは魂だけですから、肉体はグッスリお休みしてますよ」
なんかすごいこと言われたような気がするが、本当に大丈夫なんだろうか?
魂だけって……向こうのあたし、今どうなってんだ。
……まあ、前回は無事帰れたんだし、大丈夫かな。うん。
そう思うことにした。
……
少し前までふかふかの暖かいベッドで寝ていたのに、今は暗くて寒い森の中を歩いている。
なんでこんなところを歩いているかっていうと、ここで人が消えるから調査するらしい。
よく知らないが、そういうのも神様の仕事なんだろうか。
……ん? いや、ちょっと待て。おかしいぞこれは。
「おい、ちょっと待った」
あたしは前を歩くフレディを呼び止めた。
「どうしたんですか?」
振り返り、あたしを見るフレディ。
突然、呼び止められてびっくりしたのか、キョトンとしている。
「なんであたしが人探しで呼ばれるんだ? あたしの仕事はチート転生者を倒すことだろ?」
そう。あたしの仕事は喧嘩することだ。
人探しなんてのは警官だか探偵にでも依頼してくれ。
あたしの疑問にフレディは思い出した用に、左の手のひらを右手でポンと叩いた。
「あ、ちょっと説明不足でしたね。えっと、簡単に言ってしまうと、わたし、チート転生者さんがどこにいるか知らないんです」
んん? なにを言っているんだ?
知らないってことはないだろう。転生させた神様本人なんだし。
「は? え~っと……なんでだ?」
「なんでと言われるこまってしまうんですが……。う~ん……そうですねぇ。部下のミスと言いますか……」
部下? なんだ部下って?
まあ、神様だし、部下ぐらいいても不思議じゃないけど。
「チート転生者の管理をしていた部下が、チート転生させた人達の名簿を無くしてしまいまして……。なんというか、申し訳ない話です」
一般企業かよ。
どうも神様ってのはあたしが想像しているものと違うみたいだ。
「で、わからないから悪さするチート転生者は放っておこうってわけにもいかないので、怪しいところを全部あたろうと。そういうことです」
なるほど。わかった。
つまり神様はクズ共に能力をばらまき、その部下は能力を持った奴の名簿を無くし、世界には危険な能力を持ったクズが放し飼いと……。
そこでもう一つ疑問が浮かぶ。
「部下がいるんなら、そいつらにも手伝わせろよ」
どれくらいいるのかは知らないが、部下がいるならわざわざ別世界のあたしに頼る必要はないと思うが。
「大きな声じゃ言えないんですけど、できれば部下っていうか、この世界の人には知られたくないんですよ。不祥事ですし……」
フレディは恥ずかしそうに目を背けた。
なんともみっともない話だが、事情は理解した。
あたしは正義の味方でもなんでもないので、金がもらえるなら不祥事のもみ消しでも喜んで協力しよう。
しかし、そのためには確認しておかなければならないことがある。
「チート転生者が見つからなくても、呼んだ以上は金をもらえるんだろうな?」
「う~ん……その辺は前向きに検討と言いますか、善処といいますか……」
なんだかダメな政治家みたいだ。
「はっきりしろ。金くれるならやる。ないなら帰る」
「わ、わかりましたよ。お支払いします。そのかわり、今しゃべったことは秘密ですからね」
誰にしゃべるって言うんだよ。
とにかく支払いを約束させ、あたしは安心してフレディに協力できるようになった。
……
人が消えた手掛りを探し始めて3時間ほどたったと思う。
しかし、なにも見つからない。
ちょっと前にフレディが声を上げたから、なにか見つけたのかと思ったが、綺麗な石ころを拾ってはしゃいでいるだけだった。
「クマにでも食われちまったんじゃねーの」
諦めともとれる言葉を口にした。
いいかげん疲れてきた。体力的にではなく精神的に。
だいたい、こんな広い森の中を2人で探索するってのが無理あんだよ。
「この世界にクマはいませんよ。まあ、似ている生き物ならいますけど」
じゃあそいつに食われたんだろ。
あたしはもう完全に諦め、その場にゴロンと寝転がった。
「もー、ちゃんと探してくださいよー」
フレディがふくれてあたしの服を引っ張る。
石ころ拾ってはしゃいでいた奴には言われたくない。
「わかったわかった。休んだらまた探すからさ。ちょっと休憩にしようぜ」
「しょうがないですねぇ」
そう言ってフレディは近くの木に寄りかかって座り、目を瞑って休み始めた。
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「なんかいいにおいがします」
休み始めて20分くらい。フレディが鼻を鳴らしながら立ち上がった。
確かにどこからか食べ物のにおいがしてくる。
「こっちからです」
立ち上がって、フレディがトコトコとにおいのしてくる方に歩いていく。
あたしも立ち上がり、フレディについて行った。
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しばらく歩くと、小さな小屋が見えてきた。
食べ物のにおいはここからしてくるみたいだ。
しかし、なぜこんな森の中に小屋が?
猟師か木こりでも住んでいるのだろうか?
そう考えれば変ではないが、あたしはなんとなくこの小屋に嫌なものを感じた。
少し周りを調べてみるか。
あたしがそうしようと動こうとした時――。
「ごめんくださーい」
フレディが扉をドンドンと叩いた。
「って、おい!」
「えっ? なんですか?」
ポカンとした顔であたしを見るフレディ。
もう少し考えて行動してほしい。
この軽率な神様をちょっと叱ってやろうと思ったが、その前に小屋の扉から声が聞こえた。
「はい? どちら様ですか?」
その声は想像していた無骨な猟師や木こりとは違う、おとなしそうな女の声だった。