第4話
女は相変わらず、空を見て笑っている。
「だれだ、その……ディスなんとかってヤツ?」
「破壊の惨殺魔ディスト・ハスブランドです! まさか転生特典であの女を復活させるなんて……」
顔面蒼白のフレディ。
そんなにやばい奴なんだろうか?
「誰だか知らねーが、あたしより喧嘩が強いヤツなんていねぇよ。安心しな」
「あの女は100人以上を惨殺して火あぶりにされた殺人鬼です。おまけに剣の達人。もう喧嘩でどうこうできるレベルじゃありません……」
フレディががっくりとうなだれる。
その間もディストとかいう女は虚ろな目でケラケラと笑っていた。
「破壊……破壊……破壊!」
ディストは背負っている真っ黒なでかい剣を手に持ち、勢いよくなぎ払う。
――すると剣から黒い斬撃が飛び出し、あたし達の後ろにある中庭の入り口を破壊した。
「あはははははは!!」
ディストはでたらめに剣を振り、斬撃で城を半壊させる。
あたしはフレディを小脇に抱えて、安全な所へと場所を移した。
騒ぎを聞いた城の兵士が大勢、中庭へとやってくる。
それを見たディストは剣を振るのをやめて、ヘラヘラ笑いながら立ち尽くす。
「し、城を破壊したのは貴様か!」
兵士が震え声でディストに言う。
ディストはその兵士の言葉を聞き、笑うのをやめた。
「破壊……破壊はわたしの言葉ぁ……お前が口にするなぁ!」
そう言ってディストが剣を振ると、横1列にに並んでいた兵士5人くらいの上半身と下半身が真っ二つに分かれた。
「う、うわぁぁぁ!」
近くの兵士が恐怖で叫ぶ。
それを見た隊長っぽいヤツが、ディストを殺すよう兵士に命令した。
隊長の命令で大勢の槍を持った兵士がディストに突撃する。
「あははははは! 破壊! 破壊! 破壊!」
まさに惨劇。
おそらく20人くらいはいたと思われる兵士達がディストによって肉塊にされ、花で埋め尽くされていた中庭は血の海となった。
「血のにおい……良い……良い! あはははは!」
両手を広げて笑うディスト。
なるほど。完全にいかれてやがる。
「はは……すごい……最強の女だ。おい! 女! 僕の奴隷になれ!」
「んぁ……なんでぇ……わたしがお前の奴隷になるんだぁ」
ディストは振り向かず、ブリッジでもするように体を後ろに曲げて豚を見た。
「僕の目を見ろ!」
「……ああ……そうだ……わたしはお前の奴隷……そうだぁ」
ゆっくりと体を起こし、ディストは豚に近づき跪く。
「ご主人さまぁ……わたしはなにをすればいいですかぁ?」
「あそこにいる2人を殺せ」
豚はあたしとフレディを指差した。
ディストはあたし達を見てニヤリと笑う。
「仰せの……ままにぃ」
ゆらりと立ち上がり、ディストはこちらに向かって歩いてくる。
あたしはフレディを下ろして、こっちへと来るディストに向かう。
「だ、だめですよ! 千鳥さんは元の世界に戻ってください! お金でしたらちゃんとお支払いしますので……」
「おいおい、なんであたしが雑魚相手に逃げなきゃなんねぇんだよ」
振り返り、肩をすくめてため息を吐く。
なぜこんなにフレディが焦っているのか、あたしにはわからん。
「ざ、雑魚って。見たでしょう! あの女は普通じゃないんです!」
必死の形相で、フレディはこちらに向かって歩いてくるディストを指差す。
指を指されたディストは、なにがおもしろいのか、ニヤっと笑った。気味の悪い女だ。
「ああ、確かに普通じゃねーな。なんだか知らねーがニヤニヤ、ニヤニヤ笑いやがって、気持ちが悪いったらありゃしねぇ。あの顔、少し歪めてきてやる」
他にもフレディはなにか言いたそうだったが、あたしは聞かずに、歩いてくるディストへと向かった。
「よう、いかれ女。ずいぶん簡単に奴隷になっちまったなぁ」
てか粗野で野蛮な女は『チャーム』の対象外なはずなのになんでこいつはかかってんだ?
このいかれ女よりあたしの方が野蛮だってのか。
あたしはその事実に少し腹が立った。
「腹が立ったからてめえのプライドもへし折ってやる。――デコピンでぶっ倒す」
「な、なに言ってるんですか!」
フレディがすかさず飛んでくる。
調度いいので、あたしはフレディの頭に触れ、もう一度言う。
「てめえをデコピンで倒してやるよ。気持ちの悪い、いかれ女さんよ」
「そうなの……おもしろい。あはは……死んじゃえ」
ニヤニヤ笑いながら、ディストが剣でなぎ払おうとする。城を半壊させたあの斬撃だ。
――しかし。
「……うっうう!」
あたしは瞬時に距離を詰め、剣を振る前にディストの腕を掴んだ。
ディストはそれでも剣を振ろうとするが、微動だにしない。
「おっと、あんまりとろいんで掴んじまったよ。わりぃわりぃ」
ディストの腕を解放し、あたしはうしろに下がってフレディの頭に右手を乗せる。、
先程までのニヤニヤがなくなり、ディストは怒りの表情でこちらを睨む。
「ほらどうした? お得意のニヤニヤがなくなってるぜ。破壊の惨殺魔さんよ」
「は、破壊はぁ! わたしの言葉ぁ!」
両手で大剣を振り上げ、上段からあたしに斬りかかる。
あたしは余裕で、その振り下ろされる大剣を左手で取った。
「ぐうぅぅ……なんでぇ……なんでなんでなんで!」
ディストがあたしの前でみっともなく叫ぶ。
おそらくこいつは、今までどんなヤツでも軽々と殺してきたんだろう。
だから今の状況が理解できない。
自分が苦戦をしているというこの状況が。
「簡単だ。てめえがあたしより弱いからだ――よ!」
剣を取っている左手の指に力を込め、大剣の刀身を真っ二つ折った。
折れた剣の破片は地面へと落ちていく。
「あ、あああああ……あぁぁぁー!!」
ディストは驚きの表情でふたたび叫び、這いつくばって地面に落ちた剣を拾い始めた。
「さて……終わりにしようか」
その場にしゃがみ、あたしはデコピンの形をした左手をディストに向ける。
ディストは剣の破片を拾うのに夢中で気付いていない。
「おい! こっち向け!」
ディストが一瞬あたしの方を向いた瞬間、喧嘩は終わった。
……
「シルナスさんよ、ちょいこっち来てくれるか?」
あたしがやさしくそう言うと、諦めたのか豚はとぼとぼとこっちに向かって歩いてきた。
すでにディストはあたしのデコピンで気絶し、白目をむいている。
「こ、ここここ殺さないでください……」
両手を合わせてひざまずき、祈るように命乞いをする豚。
誰が殺すか。あたしは普通の女子高生だ。人殺しなんてするわけないだろ。
「殺さないから頭出せ」
「な、なんで……?」
豚は不安そうな顔であたしを見た。
「いいから早くしろ」
「は、はい……」
ゴン!
豚は気絶した。
「これで終わりか?」
気絶した豚を見ながら、フレディに尋ねる。
「ちょっと待ってください……」
フレディが豚の頭に触れる。
すると豚が光り、その光がフレディに吸い込まれていった。
「ふう……」
一仕事終えたように、フレディは息を吐いた。。
「なにしたんだ?」
「前世の記憶と能力を回収したんです。これでもう彼は能力を使えません」
なるほど。能力が消えて正真正銘の豚になってしまったわけだな。
まあ、こいつは王子だし、能力が消えてもそれなりに女遊びはできそうだけど。
「あいつはどうなるんだ?」
気絶したディストを見る。
「――に送ります」
ん? なんて言ったんだ?
よく聞こえなかった。というより、言葉だったかさっきの?
「え? なに?」
「ああ、すいません。人間の世界にある言語では表現できないものなんです。1番近い表現は、ん~……あの世……ですかね」
じゃあ、あの世と言えばいいじゃないか。
と、思ったがそう言わなかったのはたぶん、1番近いと言ったあの世という表現も遠いからなんだろう。
気になるが、気にしてはいけない。そんなような気がするので、この件についてはこれ以上は聞かないことにした。
「よろしければこの能力差し上げますよ」
「いらねぇよ。女が寄ってくる能力なんて吐き気がする。それより10万円はちゃんともらえるんだろうな?」
能力なんかいらん。重要なのは金だ。
「大丈夫ですよ。千鳥さんを元の世界に戻したらちゃんとお支払いします」
あたしは少し不安だった。
勢いで頼みを聞いてしまったが、異世界の神様がどうやってあたしに10万円を払うんだと。
まさか銀行振込み? 口座番号教えてないけど大丈夫かな。
一応、聞いとこう。
「本当にありがとうございました。それじゃあ元の世界に戻しますね」
「えっ? あっ、ちょ、まだ聞きたいことが……」
言い終わる前にあたしの意識は遠くなり、闇へと落ちていった……。
……
「……千鳥。千鳥ったら。そろそろ起きなよ」
誰かがあたしの名前を呼んでいる。
なんだ? どうなったんだ?
「ニトリーン。もう放課後だよー。マッ○いこー」
……放課後? マッ○?
目を開き、突っ伏した机から体を起こす。
「うぅ~ん……よく寝た」
体を反らし、伸びをする。
教室の窓からちらりと外を見ると、もう夕方だった。
「そりゃそうでしょうよ。あんた朝からずっと寝てんだもん」
「お昼いこーって言っても、全然起きなかったよー」
ずっと寝ていた?
それじゃあ全部夢だったのか? それにしちゃーずいぶん現実感のある夢だったなぁ。
あたしは窓から机に視線を移す。
「ん? なんだこれ?」
そこには1通の茶封筒が置かれていた。
「なになに、ニトリン。ラブレター?」
「果たし状でしょ」
茶封筒でラブレター送るヤツなんていないだろ。
なら果たし状か?
あたしはその封筒の中身を確認した。
「え?」
中には1万円札が十枚。
しかもピン札だ。
「まじか……」
夢じゃなかった。
その証拠に封筒にはフレディの似顔絵付きお礼状も入っていた。
「フレディのヤツ、ニコニコ現金払いかよ」
クスリと笑うあたし。
眠りを邪魔された時はぶん殴ってやろうとおもったが、これでもう会えないと思うと少し寂しい気もする。
「フレディ? ニトリン、外人さんからカツアゲしたの?」
「うわ、サイテー」
「ちげーよ。ちゃんとした仕事の報酬だ。てかカツアゲなんてしたことねーよ」
まったく失礼な奴らだ。まあいい、今は金があって機嫌が良いしな。
「よっし、マッ○行こーぜ。金あるし、おごってやるよ」
それを聞いた麻美が「わーい」と普通に喜ぶ。真理香は「モ○がいい」とずうずうしいことをぬかす。
10万円持ってるあたしからすれば、マッ○であろうとモ○であろうと大差はないが、ここは間をとってロッ○リアに行くことにした。
……
「ふぁ~……」
深夜0時。
ベッドに寝転がりながらスマホでゲームをやるあたし。
眠いけど、もうちょっとやりたい。
もうちょっと、もうちょっとと続けるうちに眠気が増していき、もうダメだとそのまま眠りに落ちた……。