第31話
なぜフレディがそれを? なにか知っているのか?
「ああ、まあ、少しな」
実際にはだいぶ弱くなったような気がしていたが、それを口に出したら弱気になりそうなので止めておいた。
「やはりそうですか」
「なんだ? 理由を知ってるのか?」
「ええ。千鳥さんの魂は何度も世界間を移動しているので、消耗してしまったんです。消耗している状態では影響はないんですが、それが修復状態になると魂はほとんどの力を修復に使ってしまうので、体力などが弱ってしまうんですよ」
「今は魂じゃなくて肉体だぞ」
胸のあたりをパンパンと叩く。
「魂の状態は肉体にも影響するんです。今の千鳥さんは魂が修復状態なので、通常の何十万、いえ、何百万分の1の強さになっている可能性があります」
弱いはずだ。どんだけ消耗しているんだあたしの魂は。
「修復にはどのくらいかかるんだ?」
「早くても1年はかかります」
そんなに待つことはできない。やはりこのままやるしかないか。
もしかしたら本調子に戻れるかもと思っていたあたしは、少しがっかりした。
「なにをがっかりしているんですか。わたしは優秀な神様ですよ」
フレディはあたしに向かって両手の平を向けた。
すると、突然あたしの体が青く輝きだした。
「なんだ一体!?」
「わたしが全力で千鳥さんの魂を修復します」
青く輝く自分の体を見下ろす。
すごい。体力が戻ってくるのがわかる。
「……あたしがあいつに勝てると思うのか?」
「千鳥さんは誰よりも強い。絶対に勝てますよ」
そう言ってフレディは口元に笑みを浮かべた。
「ふっ、ようやくわかったか」
あたしの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「君の全力には興味がある。が、待つのは嫌いだ」
スブルが動こうとする。
――その時。
「お、お待ちくださいスブル様。わたくしに……もう一度」
倒れていた最狩命が起き上がり、スブルへと訴える。
「……いいよ。僕は慈悲深いからね。けどそのままじゃ勝てない」
直後、スブルの目が光り、ボロボロだった最狩命の腕が修復されていく。
「わ、わたくしの腕が治りましたわ! これなら!」
「まだ勝てない」
今度は最狩命に向かって右手をかざす。
「な、ナンですノ……。チカラガミナギリマスワァァァ!!!」
最狩命の体がどす黒く変貌した。
「なんだあれ?」
「イビツの力を送り込んだようですね。ああなると面倒ですよ」
――いや、そうでもないだろう。
おそらく先程よりもずっと強い。しかし不思議と面倒とは思わなかった。
フレディもなんだか冗談っぽく言っている。
「カンドリチドリ! シネ!」
人間だった頃よりもずっと速く、こちらへと向かってくる。
「――終わりました」
イビツへと変貌してしまった最狩命があたしの目の前でどす黒い腕を振りかぶったのと同時、修復完了を告げるフレディの声が聞こえた。
あたしは一歩前に出ると、左手の甲でノックをするように最狩命の左頬を叩いた。赤子に触れるように、やさしく。
触れた瞬間、最狩命の姿はその場から消えた。正確に言えば、悲鳴を上げる間もなく、どこかへと吹き飛んでしまった。
「…………あたしこんなに強かったかな?」
自分が強いのは知っている。本調子に戻ればどれだけの力が出るのかももちろん知っている。だからわかる。
前より強くなっていると。
「今まで弱っていた反動で、力が一時的に増大しているみたいですね。千鳥さんの魂は今、ものすごく燃え上がっていますよ」
よくわからんが、今だけさらに強くなったってことか。確かに負ける気がまったくしない。
「……ふう。やっぱり僕が直接修正しなければダメか」
スブルがこちらに右手をかざす。
「やめておけ。今のあたしは今まで人生これからの人生、全て含めて最も……強い」
目の前に光球が現れ……。
「関係ないね。さよなら」
爆発する。――しかし。
「むっ」
「どうした? なにを驚いている?」
無傷のあたしを見て、スブルの顔が若干歪む。
「頭を吹き飛ばしたつもりだったんだけど」
「そうなのか? どれ……」
おどけて首から上をペタペタと触る。
「おかしいな。ちゃんとあるぞ」
ちょっと馬鹿にしたように言う。
スブルにはそれが気に食わなかったようで。
「君をなめすぎていたようだ」
今度は光球が体全体に張り付くように現れた。
「おい、これじゃ服が……」
言い終わる前に爆発した。
「ふふっ、なにか言いかけたようだけど、もういなくなっちゃったね」
「……服がボロボロになっちまうだろって……ああ、クソ。こんなにしたらかーちゃんに怒られる」
言いながら、ボロボロになった服の一部をつまむ。
「ありえない。僕の創造力を超えている」
恐怖。一瞬だが、スブルの顔にはそれが浮かんだ。
「てめえにはおしおきが必要だ。だが、弱い奴をぼこる趣味は無い。そうだな……ゲンコツ一発で許してやるよ」
右手を上げ、ハーっと息をはきかける。
「弱い? 脆弱で卑しい人間が神である僕を弱いと言ったのか? 驕るのもいいかげんにしろ」
椅子に座って余裕顔で本を読んでいた神スブルはもういない。いるのは理解不能な存在に恐怖するなまいきな子供だ。
「事実だ」
一歩踏み出す。
「近づくな」
「ん……?」
胸の辺りになにかを感じる。
「君の心臓に光球をつけた。一歩でも動けば……どうなるかわかるね」
「ふっ」
鼻で笑い、さらに一歩踏み出す。と同時に胸の中で爆発。
「なっ!?」
何事もなかったかのようにさらにもう一歩。スブルの方は一歩後ろにさがる。
「足りねぇな。あたしの心臓を高鳴らすには全然足りねぇ」
胸のあたりをポリポリとかきながら、2歩3歩と進む。
「ち、近づくなと言っているだろう!」
とうとう声が震えだす。もはや恐怖を隠せていない。
右手を振り上げ、スブルは手の平を地面へと叩きつける。すると、あたしの周りに大量の黒いバケモノ共が出現した。
なにかはわからないが、さっきの最狩命に似ている。
「イビツか」
100いや、200はいるか。人と獣が混じったような真っ黒のバケモノがあたしを取り囲んで、今にも襲い掛かって来ようとしている。
「それらは恐ろしく残虐だ。さっきのでおとなしく死んでいた方がよかったって思うくらいにね」
余程こいつらの強さを信用しているのか、いささか余裕が戻る。
「無駄だ。今のあたしには何者も勝てない」
「それを驕りだと言うんだ。……やれ」
踵切ったようにバケモノ達が襲い掛かってくる。
あたしは大きく息を吸い込み……ふーっとバケモノ達に向かって思い切り吹く。
「グ……ガァ!」
最初に飛び掛ってきた奴が粉々になる。続いてその後ろ、その後ろと順番に粉々になってゆき、息を吹き終わる頃にはあたしの視界にバケモノはいなくなった。
それを見た左右後方にいる奴らは、怖気づいたのか襲い掛かってこない。
「逃げてもいいぜ。てめえらなんてどうでもいい」
動かないバケモノ共を無視して、歩を進める。
「なにをしているんだ! やれ!」
所詮はスブルに召還されたバケモノ。逆らうことはできないのか、後ろから襲い掛かってくる。
「……哀れだな」
振り向きざま、右手を大きく横に払う。瞬間、バケモノ共は上半身と下半身に分かれ、全員その場に崩れ落ちた。
「なっ……なっ……」
背中にこの光景を恐怖する視線を感じる。
バケモノ共が微動にしなくなったのを確認したあたしは、ふたたびスブルに向き直った。
「もういいだろう。ゲンコツ一発だ。死にはしねぇよ」
また一歩スブルに近づく。
「やめろ! こっちに来るな!」
大声を上げながら右手を上げ、下に振る。すると上空からゴゴゴという重い音がした。
なんだと思い見上げると、巨大な隕石があたし目掛けて降ってくるのが見えた。
「なんでもありかよ」
肩をすくめる。
「潰れろ! バケモノ!」
「ひどいな、おい」
ハハっと笑い、降ってくる隕石に左手の平を向ける。
「受け止めるつもりか? 無理だね。太陽を破壊するくらいの質量がある」
「そりゃいい。一度太陽と喧嘩してみたいと思ってたんだよ」
左手の平を向けたまま跳び、隕石に触れた。
「軽い。こんなものか」
指に力を入れる。そして間接を曲げ……投げた。
投げられた隕石は飛んできた来た軌道を通って小さくなって行き、やがて見えなくなった。
どこに飛んでいくのかは知らないが、少なくともあたしの家ではないだろう。
跳んでいたあたしはスブルの目の前へとドスンと着地する。
「えっ? ……あっ」
スブルはきょとんとしていた。あまりの出来事に状況が理解できていないようだ。
しかし睨みつけると。
「――ヒッ!」
状況を理解したようで、尻餅をつく。
「ややや、やめろ! ぼぼ、僕は神だぞ! なな、なにをしようとしているのかわかっていい、いるのか!?」
震えるスブルに右拳を見せる。
「ここに拳があるだろ? これをお前の頭に叩き込む。神? 知ったことか」
「君の存在は間違いだ。間違いの君を修正する。それは正しいことなんだ。神である僕が――」
「黙れ」
低く、唸るように呟く。スブルはビクッとし、押し黙った。
「正しいだの間違ってるだのなんてのはどうだっていい。あたしはあたしのダチをバケモノに変えて操ったてめえが気にいらねぇ。だから一発殴る。それだけだ」
拳をスブルに向け、振り下ろす。
「ヒィー助けてー! ……なんてね」
振り下ろされた拳がスブルの頭の直前で止まる。そこからどんなに力を入れても動かない。
「クッ……なにをした?」
「なにもしてないさ。言ったろ? 僕は神だ。しかも君の世界の神。創造主である僕を傷つけることはできない。そういう風に出来ているのさ。君達人間は」
口元に手を当て、クククッとスブルは笑う。
「なかなかおもしろかったよ。僕の演技に騙されて驕り高ぶる君の姿を見るのはさ」
「こうなるのは最初からわかってたってことか」
「まあね。だけど君の強さは予想以上だったよ。やはり修正が必要だ。それを確信した」
眼前に一振りの剣が出現する。ゲームの世界にでてきそうな煌びやかで美しい剣だ。刀身は細く、斬るというより刺す剣という剣だろうか。
この剣であたしを始末しよう。スブルはそう考えているのだろう。
「あたしは頑丈だぜ。そんな細っこい剣じゃあ……」
「関係ない」
剣の先があたしの太もも部分に向き、ザクリと刺さった。
「――ッ!」
痛い。貫通している。太ももから膝を伝って血が滴り落ち、白い地面を赤く染めた。
「これは神器だ。物理的な頑丈さなんて関係ない」
「……なるほど。いい勉強になったよ」
勉強になったはいいが、さてどうする。
もう一度腕を振り上げてスブルにゲンコツを食らわそうとするが、やはり寸前で止まってしまう。
「無駄だよ。学習したまえ」
剣が太ももから抜かれる。
「グッ!」
「少し遊んであげようか。次は……腕がいい」
剣の先があたしの右腕に向いた。
「ちっ!」
距離を取るため、後ろに跳ぶ。
「遅いね」
右腕に痛みが走った。見ると肩にブッスリと剣が刺さっていた。
――速い。なんてものじゃない。ほとんど見えなかった。
「すごいね。手首を狙ったんだけど、少し避けられちゃったよ」
楽しそうに笑う。
「辛そうな顔だね。せっかく遊んであげているんだから、もっと楽しそうにしなよ」
ズリっと肩から剣が抜かれ、血が伝う。
漫画やなんかで登場人物が肩や足を刺し貫かれても戦い続けるなんてのはよくあるが、こんなに痛くてよく平気で動けるものだと感心する。
あたしは痛くてもうあまり動きたくないが、
「次こそは手首を刺すよ。ふふ、楽しいね」
そういうわけにもいかないようだ。
「人を痛ぶって喜ぶなんて、趣味の悪い神様だな」
「僕も好きでやっているわけじゃないんだ。でも神に逆らう悪い人間はおしおきしないとね」
ニヤニヤと笑いながら、楽しそうに言う。そして剣が三度剣がこちらを向く。
まずい。出血で体力が減っている。一度くらいなら避けられるかもしれないが、こっちの攻撃が当たらない以上、一度くらい避けても結果は同じだ。
どうする……。
「千鳥さん」
後ろを振り返ると俯き加減のフレディがいた。
「どうした? あたしが華麗に勝利するところ近くで見たくなったか?」
「……もうあきらめましょう。勝てませんよ」
目を合わさず言う。
あたしは笑った。
「いや、勝てるね」
「どうしてそう思うんですか?」
「信心深い方じゃないが、あたしの信じてる神様が絶対に勝てるって言ったんだ。それを信じるぜ」
「今勝てないって言いましたよ?」
「神に二言は無しだぜ」
フレディは
「そうですか」
と言って完全に下を向く。
「どうした?」
「あなたは強いですね。肉体も心も本当に強い。そして……」
背中をバン! と叩かれた。そして顔を上げ、あたしの目を見て言った。
「誰よりも友達思い。わたしも大切な友人の千鳥さんを信じていますよ」
そう言って片目を瞑り、グッと親指を立てる。
「フッ……。ったく、あたしを騙しやがって」
「弱気になってたらゲンコツしてあげようと思ったんですよ」
「10年はえーよ」
口角を上げ、ニッと笑う。
まったく、人間を騙すなんて悪い神様だ。まあ、ちょい悪くらいがあたしのダチには調度いい。
「じゃあ、そろそろ勝ちましょうか、千鳥さん」
「そうしたいんだがな」
勝てる。とは言ったが、正直どう勝ったらいいかわからない。あの剣を避けてスブルに近づくことはできるだろう。しかし、それだけだ。スブルがあたしの世界の神である以上、ゲンコツを与えることはできない。
「深く考える必要はないですよ。ただ近づいてゲンコツをすればいいだけです」
「は? 見てたろ。あたしはあいつを傷つけることができない」
「神を信じなさい」
自分の拳とフレディを交互に見る。そして決断した。
「神とダチを信じるよ」
「正しい選択です」
フレディが拳を向けてくる。あたしも拳を向け、お互いの右拳を突き合わせた。
「お別れのあいさつは済んだかな。待つのが嫌いな僕を待たせるとは、これはもっとおしおきが必要だね」
「おしおきされるのはあなたですよ、スブル。千鳥さんのゲンコツを食らって泣いちゃいなさい」
「君も酷だ。人間が創造神には危害を加えられないこと、神器の存在。知っていながらその人間が僕に勝てると? 君はやはり愚かな神だよ」
「フン! 数秒後には自分の頭の悪さを嘆くことになりますよ」
鼻を鳴らし、それからフレディは神様とは思えないくらい、いやらしく、ニィっと笑った。