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第30話

 まずい!

 避けよう体を引くが遅く、鳩尾に張り手がぶち当たった。


「ゲフ!」


 鳩尾を押さえ、1歩、2歩と後ろに下がる。

 ここからどうするか? それを考える間もなく、最狩命が追撃してきた。

 右腕を取られたかと思うと、取った最狩命は背を向け、自分の右腕をあたしの脇を通して肩にまわし掴み、左手で袖口を掴んだ。そして腰を曲げて勢いよくあたしを投げた。

 

 一本背負い。

 

 空中であたしは後悔した。長袖を着てこなければよかったと。

 そして背中に強い衝撃がくる。


「ッ!」


 ふたたび仰向けに倒れたあたしを、最狩命は勝ち誇った顔で見下ろしていた。


「弱いですわ」


 それを聞いてもあたしはなんとも思わなかった。なぜならあたしは弱くないからだ。

 本調子ではないからとかそういう意味ではなく、こいつは大きな勘違いをしている。


「それで本気ですの? でしたら、わたくしは勘違いをしていましたわ。あなたは圧倒的な強さなど持っていない。これ以上は時間の無駄。……死になさい」


 最狩命は倒れているあたしの横に立ち、右手をすぼめて指先を心臓に向け、突き刺すように下ろしてきた。


 ――!


「グ……クク……」


 指先は心臓の手前で止まった。あたしの左手はその手首を掴んでいる。

 そのまま突き刺そうと力を入れているが、最狩命の手はそこから微動だにしない。


「てめえは一つ勘違いをしている。あたしは弱くない」

「グ……ッ。この状況で言えるセリフでは……ありませんわね」

「この状況だからわかるだろ。あたしはてめえの手首を握りつぶそうと思えばできるんだ。それをやらないのは手加減をしているからだ」


 表情を変えずに言うと、冗談ではないと察したのか、最狩命は不機嫌そうな顔をしながら、左手をすぼめてあたしの顔を突き刺そうとしてきた。

 当然、それも同じように手首を掴んで受け止める。


「なぜ……手加減を! 全力でやればよろしいでしょう!?」


 怒りからか、手首が震えている。


「それじゃてめえを殺しちまう。あたしは道徳的に生きてんだ。嫌いな奴だからって殺すなんてことはできない」

「馬鹿にして! あなたのそういうところがたまらなく気に食わない!」

「いいさ別に。それがあたしの生き方だ」


 両の手首を掴みながらゆっくりと体を起こし、そのまま立ち上がった。


「グ……ッ!」

「てめえ、あたしがなんのトレーニングもしていないって言ったな。それは間違いだ」

「なにを! お父様はちゃんと調べてくださいましたわ」

「ああ、そうだな。てめえの親父が調べた通り、体は鍛えていない。やったのは……手加減のトレーニングだ」

「は!?」


 意味がわからない。最狩命はそういう顔をした。


「あたしはガキの頃から力が恐ろしく強くてな。親や兄弟は力持ちだねってほめてくれたが、他人からは気味悪がられた。触れたものは何でも壊れちまうし、力が強すぎて友達とも遊べない。なんで自分は他と違うのか? 悩んだよ。それを兄貴が察してくれてな。あたしに手加減を教えてくれたんだ。今じゃ生たまごを割らずに持つこともできる。兄貴には感謝しているよ、本当に」


 あの時、兄貴が手加減を教えてくれていなければ、今頃誰かを殺してしまっていたかもしれない。そう考えるとゾッとする。


「だからなんですの! あなたがわたくしのほしいものを持っていることに違いはありませんわ!」

「……てめえにはわからないだろうな。力が強すぎて買ってもらったおもちゃも、ちょっと触れただけで壊しちまうガキの気持ちがよ」


 そう言いながら、手首を掴む手に力を込めた。


「……ッ!」

「殺さないとはいえ、殺されるわけにもいかないんでな。本調子じゃなくて加減の仕方がわからなくなっていたが、もう面倒だ。……少し壊すぜ」


 掴む手にさらに力を加える。


「ぐっあああああ!」


 目の前の女の叫びとともに、掴んでいる両手首を破壊する。もっと正確に言えば、握りつぶした。


「あ……ああ、わ、わたくしの腕が……」


 ボロボロの手首を見ながら、最狩命は後ろへとさがっていく。


「肉体の方には傷がついていないことを祈るよ」


 逃がさず、距離を詰める。それに気付いた最狩命は構えを取ろうとするが、手首が破壊されては満足に構えられない。あたしは躊躇せず、顔面に右拳を見舞った。


「あ……がっ!」


 後方へと吹き飛び、仰向けに地面へと落ちた最狩命は動かなくなった。

 念のために近づいて呼吸を確認する。……死んではいない。ホッとする。誰であれ、殺してしまったら手加減を教えてくれた兄貴に申し訳ない。

 一安心したあたしは立ち上がり、スブルを見据えた。


「フレディはどこだ?」

「ああ、負けたのか」


 倒れている最狩命には目もくれず、スブルずっと本を読んでいる。先程までの勝負にはまるで興味が無いといった感じだ。


「フレンティーユに会いたいんだったね。いいよ。会わせてあげる」


 スブルは両手で本を開いて持ちながら、左手の人差し指を一本前に突き出した。すると巨大な怪物がスブルの前に現れた。


「グォォォォオオオ!!!」


 10メートルはあろうその大きな怪物は、見た目と同じく大きな咆哮を上げた。


「おい、誰がてめえのペットを見たいって言ったよ。あたしはフレディに会わせろって言ったんだぜ」

「会わせているけど」


 と、こちらを見ずにそれだけ言う。

 あたしは360度辺りを確認するが、この場にいるのはあたしとスブルと怪物だけだ。

 このガキ、馬鹿にしやがって。

 怒ったあたしはスブルに詰め寄ろうとするが、それを怪物が阻んだ。


「どけ」


 しかしどかない。


「邪魔だ」


 動かない。

 避けて通ろうとするが、怪物はのっそり動いてそれを阻む。


「ぶん殴るぞ」


 反応は無い。

 しかたないので軽く小突く。当然ダメージはない。触れれば怒って襲い掛かってくると思ったが、それもない。

 なんだこいつは?


「ひどいな。君の友達だろ」


 怪物の後ろから少し馬鹿にしたような声が聞こえた。

 友達? なにを言っているんだ? そう言おうと思ったが、少し嫌な予感がした。

 あたしは怪物をなんとなく見上げる。大きな口にまん丸の目を持つ真っ白な怪物は、悲しそうな顔でこちら見ていた。


「……嘘だろ」


 まさかこいつがフレディだってのか? なんでこんな……。

 その疑問をスブルにぶつけようとする。しかしあたしより先に、スブルの方が口を開いた。


「『なぜ?』君はそう思っただろう。簡単なことさ。神というのはね、強い力の塊なんだ。強い力同士が絶妙なバランスを保っている存在、それが神だ。そのバランスをちょっと崩してやれば、そうなる」

「……てめえ」

「無論、フレンティーユのバランスを崩したのは僕だ。でも普通の神なら崩れたバランスを自分で治せる。フレンティーユが神として劣っていただけさ」


 嘲るように言った。

 怒り、あたしはスブルに近づこうとする。

 しかし怪物……いや、フレディは退こうとしない。


「フレディ、なんでだ!?」


 問いに対し、フレディはただ悲しい顔を向けてくるだけだった。あたしは先日見た夢を思い出した。『頼れない』あれが夢でないのなら、フレディはこの事を言っていたのか。


「あたしがそいつに勝てないって言うのか? フレディ? いつも言っているだろう。あたしより強い奴はいないってさ」


 フレディは首を左右に振る。なにか言いたそうだが、話はできないようだ。

 くそっ、どうすればいいんだ。

 わからずに立ち尽くす。


「このままじゃ埒が明かないね」


 その声がした直後、フレディが両手で頭を抱えて苦しみだした。


「グオワァァァアアア!!!」

「スブル! てめえなにしやがった!」

「そんなことより君は自分の命を心配したほうがいい」


 足元に大きな影が写った。上を見上げると、巨大な拳があたしに襲い掛かってきていた。

 それを後ろに跳んで避ける。


「フレディ! なにやってんだ!?」


 声が聞こえている様子は無い。ただ、あたしに対してでたらめに拳を振るってくるだけだ。


「無駄だよ。君を殺すことだけを考えるようにしたから」


 下種なことをスブルは声のトーン一つ変えず言い放った。


「てめえ!」


 怒り。はらわたが煮えくり返るような感情が、あたしの中で沸き起こった。

 だが、怒りで冷静さを失ってはこの状況を好転させることはできない。

 あたしは一度深呼吸をし、落ち着く。まずはフレディを元に戻さなければ。

 フレディの攻撃を避けつつ、考える。とりあえずフレディは気絶させ、スブルを倒してから元に戻させる。


「ちょっと痛いが我慢しろ」


 跳び上がって顔面に拳を食らわせようとするが、すばやくつかまれる。

 巨体の割りに速い。


「――くっ」


 なんて力だ。抜け出せない。


「それは曲がりなりにも神だ。人である君が勝てるはずが無い。まったく、フレンティーユも愚かだね。僕の言う通りおとなしく君を呼び出していれば、そんな姿になることもなく、自らの手で君を殺すこともなかった」

「……どういうことだ?」

「僕は君を修正する必要があった。その場合、本来なら僕が君を呼び出すんだが、君はフレンティーユと契約が為されていてね。僕では呼び出せなかったんだ。だからフレンティーユに君を呼び出すように言ったんだが、なぜか拒否したんだ。頑なにね。そのせいで僕は最狩命を使って君にここまで来てもらうという面倒なことをしなければならなくなってしまった。その姿はちょっとしたおしおきさ」


 ……そうだったのか。

 フレディを見上げる。

 なにやってんだよ。あたしのことなんて構わず呼べばいいのに。世界を統べる神様が異世界の人間守ってそんな姿になってどうすんだ。……まったく、どうしようもない神様だよ、お前は。


「……けど、あたしにとっては最高のダチだ」


 フレディは一瞬ピクリとし、拘束が若干弱まった。

 その隙に抜け出し、地面へと降り立とうとする。しかし、少しダメージがあるのか、ふらつき尻餅をついてしまう。

 動きが止まっていたフレディはハッとなって、ふたたびあたしを捕らえようとする。

 

 まずい。また捕まる。

 そう思ったが、寸でのところで迫る大きな手は止まった。


 どうしたんだ?

 フレディは大きな目でなにかを一点に見つめている。その方向に目をやると、そこには綺麗な石ころが転がっていた。

 前にフレディからもらった綺麗な石だ。尻餅をついた拍子に背負っている鞄から落ちたのだろう。

 

 あたしはそれを拾い、フレディに見せる。


「覚えてるか? これ。お前からもらったんだぜ。まったくひどい神様だよな。こんな石っころで人を働かせやがってよ」

「ウ……ガ」

「こいつはあたしとお前の友情の証だ。お前からそう言ったんだ。忘れたとは言わせねぇ」


 頭を押さえながら、フレディは後ろへと下がって行く。そして巨体が粘土ようにグニャリとなり、形を成さなくなった。


「ど、どうしたんだ?」

「僕に抗うきか。生意気だね。フレンティーユ」


 粘土はグニャリグニャリと大きくなったり小さくなったりを繰り返している。時折、元の小さなフレディの形になるが、すぐにまた先程までの巨体になろうとする。

 スブルの言った通り、フレディは抗っているんだ。

 しかし、やはりスブルの方が力が上なのか、巨体に戻ろうとしてしまう。


「しっかりしろ! フレディ! お前も同じ神だ! スブルに抗えないはずがない!」

「ガアァァァアアアア!!!」


 必死に元のフレディに戻ろうとしているのが伝わってくる。

 巨体のバケモノに戻ってしまいそうになったその時、


「――フレンティーユ!」


 そう名を呼んだ。と同時に、あたしは持っている綺麗な石を無意識にフレディへと向かって投げていた。

 言葉に反応したのか粘土は動きをピタリと止め、どんどんと小さくなってゆく。

 そして小さな手が、あたしの投げた石を受け取った。


「おかえり」


 あたしはその手の主に、ニカっと笑いかけた。


「……千鳥さん」


 笑いかけるあたしに対しに、やや上を向きながら石を握り締めて涙を流すその手の主。

 やがてこちらを向き


「ごべんなざぁぁぁぁぁい!!!」


 と大声で泣きながら、両手を大きく広げてフレディはあたしに向かって走ってきた。

 それを笑顔で向かえ……ず。


 ゴン!


「痛い! なんでぶつんですか……。ここはやさしく抱きとめてくれるところでしょう?」

「女に抱きつかれて喜ぶ趣味はねーんだよ。だいたいお前が神さまとしてあいつより劣っていなければ、こんなことにはならなかったんじゃないのか?」

「ごめんなさい……」


 しゅんとしてしまう。


「けど、あいつに抗って元に戻れたんだ。ちょっとは成長したじゃん」


 笑って頭を撫でてやる。


「と、当然ですよ。わたしは優秀な神様ですからね。だいたいわたしは千鳥さんを守ってあの姿になったんですよ。もっと褒めてくださいよ」

「ああ、そうだったな。ありがとよ。でも、いらねえ気遣いだ」


 スブルを睨む。


「もうお気づきかもしれませんが、スブルは千鳥さんの世界の神です。なぜわたしが千鳥さんに『千鳥さんには頼れない』と伝え、ここに来ることを拒んだかわかりますね?」


 今までの言動から、そうじゃないかとは思っていた。まったく、あたしの世界の神様があんなやつだったとはな。


「わかった。喧嘩売られた以上、相手が神だろうとなんだろうと買うしかねぇ。わかるな?」

「はぁ……。わかってます。あなたはそういう人ですよね」


 フレディは呆れたように頭を振った。


「まったく、回りくどいことしやがって。てめえからあたしのところへ出向けばよかったんじゃねぇか?」


 今だ椅子に座って本を読んでいるスブルを見据えながら言う。


「大きな声をださないでくれ。イライラするよ」

「ああ?」

「神は死者の魂に干渉出来ても、生者にはほとんど干渉出来ないんです。できるのは魂を呼びつけることぐらいで……」

「余計なことはいわなくていいよ、フレンティーユ。人は知らなくていいことだ」

「人間をこんなところへ呼びつけるあなたに言われたくはありませんね」


 スブルは大きな音を立てながら、開いている本をバンと閉じた。そして不機嫌そうな顔で椅子から降り立った。


「ごちゃごちゃとうるさいな。下等な人と弱い神の分際で」


 ゾクリと背中に冷たいものが走った。見た目はガキだが、神というだけあってこの殺気は伊達ではない。

 

 ――勝てないかもしれない。

 嫌な言葉が頭を過ぎった。そのせいか足も前に出ない。

 クソッ、偉そうなこと言っといてこれかよ。だせえな、ったく。


「ちょっと待ってください」


 横にいるフレディがあたしを見上げながら言った。


「止めるな。これは引けない喧嘩だ」

「いえ、そうではなく、もしかして千鳥さん最近ちょっと弱くなったって感じてません?」


 その一言に、あたしはスブルからフレディへと視線を移した。

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