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第28話

 校門から中に入り、広くて長い道を歩いてようやく校舎に辿り着いた。遠目から見てわかっていたが、近くで見るとより一層でかく見え、気分が悪くなるほど煌びやかだ。

 

 それはいいとして、こっからどこへ行けばいいんだろう? 生徒会長なら生徒会室? いや、この時間だとまだ授業中かもしれない。あたしはとりあえず校舎に入ることにした。

 

 靴を脱いで中に入ると廊下に赤い絨毯が敷いてあるのが見え、その上を進む。やはり授業中なのか、廊下には誰もいない。闇雲に歩いてもしかたがないので、どこかに地図がないか探してみるが見当たらず、途方に暮れているとやがてベルが鳴って教室から生徒達が出てきた。

 

 調度いい。最狩命がどこにいるか聞いてみよう。

 さてどいつに聞くか……あの眼鏡でいいか。


「ちょっといいか? 最狩命に会いに来たんだが、どこにいるかわかるか?」

「えっ? ……あなた誰? 命様になんの用なの?」


 眼鏡は訝しげな視線であたしを見てきた。どこの学校の人間か? なぜここにいるのか? という視線ではなく、汚いものがなんでこんなところに? というような嫌な視線だ。さっきの警備員もそうだが、どうにもここは胸糞悪い奴ばかりで不愉快だ。だいたいなんだ命様って? 雇われの警備員はまだしも、この眼鏡は同じ生徒だろ。


「あたしはあいつの……友達だよ。とにかく居場所を教えてくれればいい。わからなければ、生徒会室か教室の場所を教えてくれ」

「命様があなたみたいな人をご友人に持たれるとは思えないわ。とっとと出て行かなければ警備を呼ぶわよ」


 眼鏡握りつぶしてやろうかこのクソ眼鏡女。

 しかしあたしは怒りをグッと堪え、再度丁寧に尋ねた。


「警備員の許可をもらって入った。最狩命に聞いてもらえばわかる」

「嘘ね。警備員は騙せたとしても、わたしは騙されないわ。命様は清廉潔白な清いお方よ。社会の泥をすすって生きてそうな下賎な人間とお付き合いがあるはずないわ」


 会って5分も経っていないのに、よくもまあここまで人のことを悪く言えたものだ。怒りを通り越して感心する。

 しかしこのままでは埒が明かないな。

 

 どうしようかと考えていると、騒ぎを聞いた他の女生徒達がやや離れたところからこちらを見てヒソヒソとなにやら話し始めた。


「なに? どうしたの?」

「あら? おサルさんかしら?」」

「あれ不良でしょ?」

「嫌だわ。どこから入ったの?」

「誰か追い出してよ。同じ空気を吸いたくないわ」

「命様の美貌はああいう汚い動物も寄せ付けてしまうのね」


 これだから女は嫌だ。人の顔見てヒソヒソヒソヒソと実に陰湿で腹が立つ。言いたい事があるなら目の前にきてはっきりと言えばいい。そういった意味を込めてあたしが女共を鋭く睨みつけると、びびって押し黙った。しかししばらくするとまたヒソヒソと話し始めた。もうほっとこう。


「早く出て行くべきね。ここはあなたがいる場所じゃないわ」


 あたしだってこんな場所に1秒だっていたくはない。用が済んだら光より速く出て行く。

 しかし、この眼鏡女に聞いてたらいつまで経っても用を済ませてここを出て行けない。誰か他に多少でもましな人間はいないか。そう思って見回すが、どいつもこいつも似たような感じで頼りになりそうもない。

 そこにスーツを着た、生徒ではない女が現れた。


「あなた、どこの学校の生徒? まだ学校は終わってないんじゃないの?」


 この女はおそらく教師だろう。というかまた女か。ここに来てから女しか見ていない。いい加減気分が悪くなってきた。もしかしてこの学校は生徒はもちろん、教師もそれ以外の人間もみんな女なんだろうか? なんだか変な学校だな。


「学校はえっと……そう、創立記念日なんすよ。それで、大事な用があって最狩命に……」

「帰りなさい。命様はあなたに会わないし、会う必要もないわ」


 教師でさえこれか。

 なんなんだ一体、どいつもこいつも命様命様って。ただの生徒会長だろ。うちの学校の教師なんて、生徒会長の名前を聞いても知らんって言うぞ。……いや、それはだめか。

 とにかく、ここにいてもしかたがない。とりあえず帰るふりをして、自力で最狩命を探そう。

 

 そうしようと決めたとき、女の群れがバッと開いて廊下の左右に整列した。何事かと思ってみていると、廊下の奥から女が歩いてきた。生理的に受け付けないあの嫌な感じ……最狩命だ。


「みなさんどうされました?」

「いえ、校舎内に不審な人物がいたもので、すぐに追い出します」

「不審な人物? ああ、その方はわたくしの『友人』ですわ」


 偉そうに腕を組み、最狩命があたしを見据えて言った。


「命様のご友人! これは大変な失礼を!」

 

 教師はあたしに対して深々と頭を下げた。生徒に様付けしたり軽々と頭を下げたり、こいつには教師としてのプライドがないのだろうか? ……いや、それをさせているのがあの女か。


「さあみなさん、次の授業が始まりますわよ。教室にお戻りになって」


 そう言うと生徒達は最狩命に深く礼をし、全員教室へと戻る。


「さ、あなたも」

「は、はい!」


 頭を上げ、女教師もそそくさと教室へと入って行く。

 そして廊下にはあたしと最狩命だけが残された。


「てめーのご友人になったつもりはねーが」

「わたくしもあなたとお友達になったつもりはありませんわ」


 ――睨み合い、不穏な空気が流れる。

 っと、あたしはこいつと喧嘩しに来たんじゃなかった。


「あたしはてめーと遊ぶために来たんじゃねぇ。聞きたいことがある」

「なにを聞きたいかはだいたい予想できますわ。……ここじゃなんですので、こちらへどうぞ」


 きびすを返し、最狩命は歩いていく。教室の方から何人かが聞き耳を立てている気配がする。こいつもそれに気付いたんだろう。


「授業受けなくていいのか?」

「聞きたいことというのがそれでしたら、お答えしますが」


 振り返らず、最狩命はそう言った。

 ま、どうでもいいけど。

 

 しばらく後ろについて歩くと、最狩命はエレベーターの前で止まった。私立の学校ではそれほどめずらしくないのかもしれないが、公立高校に通っているあたしにとっては校舎内にエレベーターがあるというのはどうにも違和感がある。もしうちの学校にあったら、不良がたまりそうだ。

 エレベーターが1階に下りてきて、扉が開くと同時に乗り込む。最狩命が最上階である7階を押し、扉が閉まりエレベーターが動きだす。扉の反対側はガラス張りになっており、外を見ることができる。ここは教師も生徒もむかつく奴ばかりだが、設備だけは良いみたいだ。


「……先日のことですが、わたくし負けたつもりはありませんわ」

「そうかい。あたしは勝ったつもりだがね」

「油断しましたの」

「じゃあ次も油断するんだな。そうすりゃ負けたことにはならない」

「クッ……」


 最狩命はあたしを一度だけ睨むと、ふたたび扉の方に向き直った。

 やがて最上階に着き、エレベーターを降りる。そのまま歩き、でかい観音開きの扉の前で止まる。

 生徒会室? いや、やたら豪華な扉だし校長室か?

 よく見ると扉の上に部屋の名が書いてある。


『生徒会長室』


 まさか生徒会長専用の部屋とは。

 扉を開き、中に入る。中は想像以上に豪華で、大企業の社長室を思わせるようなつくりだ。生徒会長とはいえ、ただの生徒に与えられるには大げさすぎる部屋だろう。

 あたしは部屋の真ん中にあるでかいソファにドカッと座り、最狩命は一番奥にある社長が座るような椅子に座った。


「ずいぶんとお偉いさんなんだな、命様よ」


 部屋を見渡しながら言う。


「あなたはわたくしが何者かをご存知ではないようですわね」

「そんなことはない。むかつく金持ち女だろ」

「最狩グループをご存知かしら? わたくしのお父様はそのグループの会長で、この学園は最狩グループが経営しているものですわ。最狩グループの関連企業は世界中にありまして、各国の経済に多大な影響を……」

「わかったよお嬢様。つまりむかつく金持ち女なんだろ」

「……あなたと話す時間はとても無駄ですわ。用があるならすぐに済ませてもらえるかしら」

「気が合うな。あたしもそうしたいと思ってたんだ」


 くだらないおしゃべりは止めにし本題に入る。


「最初に聞いておきたいんだが、嘘はつかないよな?」

「例えばわたくしが嘘をつく人間だとして、その質問に対して『はい』と答えたら、あなたはそれを信用しますの? 無意味な質問ですわ」


 机の上で両手を組み、こちらを見ながら無表情でそう答えた。


「……まあ、そうだな。余計な事を聞いた。じゃあこっからが本当の質問だ。てめーは異世界の言葉を知っていた。つまりそれは異世界に行ったことがあるってことでいいんだな?」

「そうなりますわね」

「なら、どうやって行った?」

「眠りについている時、神に呼ばれ、魂だけが異世界に行き肉体化をする。あなたもそうではなくて?」


 返ってきた言葉に落胆する。

 予想はしていたが、こいつもあたしと同じだったか。


「あたしも同じだ。もしかしたらてめーがこっちから行く方法を知っているんじゃないかと思ったんだが、考えが甘かったようだ」


 もうここに用はない。

 立ち上がり、扉に向かって歩く。


「――神フレンティーユに会う方法なら知っていますわ」


 歩みを止め、振り返る。


「よくわからないな。こっちから異世界に行く方法はしらないんじゃないのか?」

「それは知りませんわ。わたくしが知っているのは神が住む世界に行く方法」


 まさか死ねとか言って飛び掛ってくるんじゃないだろうな。

 あたしは一応、身構えた。


「メイリーシュエシャンという連山をご存知かしら?」

「メイリー……なんだって?」


 レンザンって山か? なんで突然山の話を?


「メイリーシュエシャン。漢字で書くとこうですわね」


 手元にあるメモ帳かなにかに字を書き、こちらに見せた。


『梅里雪山』


「中国雲南省にある連山ですわ」

「その山がなんだってんだ?」

「梅里雪山は神々の山と呼ばれておりまして、神がおっしゃるにはその山の頂上で、ある言葉を言うと神の世界への扉が開かれる……そうですわ」


 うさんくさいにもほどがある。カルト宗教の勧誘でもこんなこと言わないだろう。だが、他に方法もない。


「ある言葉って?」

「××××××××××。これの意味を理解できるのは神のみで、人は理解できないそうですわ」


 フレディがしゃべっていた異世界の言葉じゃない。しかし一度だけ聞いた事がある。確かあれは最初にフレディに呼ばれて異世界に行った時、ディストなんとかを送るとか言ってた場所だ。言葉のはずなのに、言葉と認識できなかった、不思議ななにかだったと覚えている。


「わかった。礼を言いたいんだが、その前に、なぜあたしにそれを教えてくれた?」


 こいつはあたしを殺すつもりでいた。今もそうかもしれない。なのになぜこうも親切に教えてくれたのか。


「全ては神の意向。お礼はいりませんわ」


 真面目な顔に真剣な目。この女が1流演者でもない限り、言葉に嘘はないだろう。

 神の意向……。フレディはあたしが神の世界に来るのを望んでるって言うのか。ならなぜいつものように呼ばない。


「その……お前が言う神っていうのはフレディ……いや、フレンティーユのことなのか?」

「お忘れかもしれませんが、わたくしはあなたの敵ですわ。塩は十分にお送りしました。レシピはご自分でお考えになったらいかがかしら?」

「はっ、それもそうだな。一応礼は言っとくぜ、じゃあな」


 あたしは観音開きの扉を左右同時に両手で豪快に開け、廊下にでた。


「せいぜいあがきなさい。全ては偉大な神――」


 扉がしまる直前、最狩命がなにか言っていたが、聞き終わる前に閉じてしまった。なにを言っていたのか気になるが、あの女は敵だ。必要以上にはかかわらないようにしよう。

 そう思い、あたしは足早に聖バーバラ学園を後にした。



 ……



 家に帰り、部屋のベッドに寝転がって考える。考えるのはもちろん梅里雪山に登る計画だ。ちょっとネットで調べてみたが、この山、ハイキングで登るような生易しいもんじゃなく、へたすりゃ死ぬようなガチ登山の山だった。登るのがあたしじゃなかったら、ここで諦めているところだろう。

 場所は中国か。泳いで行けない事もないが、パスポートを持ってるから飛行機で行こう。調度明日から3連休だし、朝一で出発だ。

 そう決めると、あたしは目を閉じた……。



 ……



 夢を見た。真っ白い何もない空間に、あたしは一人で佇んでいる。少し遠くに誰かがいた。姿は見えないが、なぜかそこに誰かがいると思った。それは語らず、ただじっとあたしを見ている。

 悲しそうな表情。それはそんな表情をしているような気がした。あたしにはそれが何者かわからない。わからないが、可能性が頭に浮かんだ。

 

 ――フレディか?

 声が出ない。近づこうとしても、近づけない。まるでこちらに来てはいけないと警告をしているかのように。


『千鳥さん……』


 声が聞こえた。いや、それがそう言っているような気がしただけのような気もする。


『あなたには大変お世話になりました。わたしの世界を救ってくれて本当に感謝しています。それに、とても楽しかったです。一緒に行動してて、なんだか頼りになる妹ができたみたいで」


 妹? なに言ってんだ。あたしの方がアホな妹を持ったような気分だったよ。

 そう言ったつもりだが、やはり声は出ない。


『でも、これ以上は頼りにできません。さようなら千鳥さん。あなたと出会えて本当によかったです。わたしや異世界のことは忘れ、平和な人生を歩んでください』


 表情を少しだけ笑顔へと変え、それはそこからいなくなった。

 と、同時に目が覚め、体を起こす。窓から外をを見ると、夜明け前なのかまだ少し暗かった。


「夢……か」


 たぶん、夢だと思う。

 

 あたしはベッドからでて、机の椅子に座って少し考える。

 さっきの夢、フレディにしてはしっかりしすぎているな。あたしが知っているフレディはアホで欲深くて身勝手で、自分の不祥事をもみ消すために金であたしを異世界から呼びつけるようなどうしようもない神様だ。つまりあたしの中に『しっかりしているフレディ』は存在しない。なのにしっかりしたフレディが夢にでてくるのは変だ。ということは夢じゃない? 

 …………考えてもわからん。これから行って会えばわかるだろ。

 

 考えるのをやめ、あたしは着替えをして持っていくものを確認した。

 パスポートに地図とスマホと……よし、これで全部だ。

 部屋を出る前になんとなく鏡で自分の格好を見る。恐ろしく軽装だ。これから6000メートルくらいの山に登るなんていったら、冗談だと思われるだろう。

 これじゃちょっと寒いかな。

 どれだけ寒くても大丈夫なくらい頑丈ではあるが、念のためタンスから長袖の上着を出し、それを着てから家を出た。

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