第27話
一体、今まで何人のチート転生者を倒してきただろうか?
「神と……貴様はなんだ?」
目の前にいる仰々しい派手な格好をした奴は何人目だ?
「うるせえ」
ゴン!
「あう……」
ドサ。
近づいてぶん殴ったら一発で気絶してしまった。
なんだこいつ弱い。
「あらー……イビツ王ガイゼル・バイゼル・ボンシュベールを一撃ですか」
フレディがガイゼルなんちゃらとかいう、偉そうな名前のおっさんをしゃがんで見ている。
「名前の割にはずいぶん弱いな。途中で寄った雑貨屋店長のおっさんのほうが強いんじゃないか?」
「いやいや、イビツ王ガイゼル・バイゼル・ボンシュベールは元雑貨屋チェーンのオーナーですよ。雇われ店長より弱いはずありませんよ」
どういう強さの基準なんだ。
そもそもなんで雑貨屋がイビツ王ガイゼル・バイゼル・ボンシュベールなんてものになったのか……はどうでもいいか、別に。
白目をむいて、のびているおっさんの額に触れ、フレディが能力と記憶回収する作業を始める。
あたしはその間に考え事をしていた。
今までこうして何人ものチート転生者を倒してきた。
たぶん、100や200じゃないだろう。
金もだいぶ貯まった。
もう飽きたし、ここらで辞めたい。
しかし、途中で投げ出すのも……。
「……はい、終了です。千鳥さん、今までありがとうございました」
「は? えっ? 今までありがとうって……?
「あれ? 言ってませんでしたっけ? チート転生者は彼で最後です。お疲れ様でした」
ニコっと笑い、フレディは丁寧にお辞儀をした。
まさか今回で終わりとはな。なんというか、ベストなタイミングだ。
「そうか。じゃあ、会うのはこれで最後か」
「かもしれませんね。本来、神と人間がこうして会うのはいけないことですから」
フレディは少し悲しそうに目を伏せた。
確かに、今のこの状況は異常だ。普通じゃない。
「元気でな。しっかり神様やるんだぞ」
「あい……。グスッ……千鳥さんもお元気で」
「泣くなよ。最後くらい神様らしくしろ」
そう言ってあたしは笑顔をつくる。
泣くなんて柄じゃないし……。
フレディは後ろを向いてスカートの裾で涙をゴシゴシと拭き、こちらに向き直った。
「神鳥千鳥さん。異世界より来訪し、わたしの世界を救ってくれたことを感謝します。……こんな感じでしょうか?」
あたしに聞くなよ。
最後までパッとしない神様だな。
「ああ、まあ、がんばれ。いつか死んだらまた会おうぜ」
「ええ、ぜひ」
冗談で言ったんだが、まあいいか。
「じゃあな、フレディ」
フレディの頭を撫でながら、別れのあいさつをする。
「さようなら、千鳥さん。本当にありがとうございました」
そのままあたしの意識は遠くなり、次に目を開けると見慣れた天井があった。
……
あれから半年くらいたった。
異世界に行かなくなったあたしは、毎日を平和に過ごし……いや、退屈に過ごしていた。
朝起きて学校に行って、つまんねー授業受けて、帰りはダチとてきとーに遊ぶ。
姉貴が最近また勉強をするようになって喧嘩をしなくなったからか、報復とかであたしに喧嘩を売ってくる馬鹿もいなくなった。
あたしから売ることもないし、いい機会だから喧嘩を卒業しようと思っている。
異世界で多くのバケモノ共をぶっ倒してきたあたしにとっては、この世界の生き物は弱すぎて相手にならないしな。
……しかし、なんだか心にぽっかり穴が開いちまった感じだ。
ほぼ毎日、眠るたんびにどこかに連れて行かれて喧嘩をさせれられていたあの日々。
意外と充実してたんだなぁ。
ファーストフード店の便所で手を洗いながら、あたしはそんなことを考えていた。
便所をでて席に戻ると、麻美と真理香がガラの悪い男3人くらいに絡まれていた。
「なぁーいいじゃんよー。ちょーっと遊ぶだけだからさ」
「嫌だって言ってるでしょ。向こうに行ってよ」
「つれないなー」
真理香は男達に怯むことなく、強気に拒否している。
麻美はというと、真理香の後ろで震えていた。
ったく、めんどくせぇなぁ。
「ちょっといいか?」
「あん?」
リーダーっぽい男に後ろから声をかける。
「そいつらあたしの連れなんだ。この後、予定があるから、勘弁してくれないか?」
そう言ってあたしは男に万札を握らせる。
「え? これ……いいのか?」
「ああ。だから悪いけど、向こうに行ってくれないか」
「……予定があるんじゃしょうがねぇな。おい、行こうぜ」
リーダーっぽい男は、他の2人を連れて去って行った。
「大丈夫か?」
「うん……。あ、お金」
イスに座り、麻美が思い出した様にサイフを取り出す。
「いいよ別に。あたしのおごりだ」
あたしもイスに座り、コーラを飲む。
「あんた変わったね。ちょっと前なら腕を捻り上げてたのに」
真理香が意外そうな顔であたしを見る。
「そんな事したら騒ぎになって店に迷惑がかかるだろ。あたしも大人になったんだよ」
2人はふーんと言って、それ以上はなにも聞いてこなかった。
店を出て、3人で街をぶらぶらと歩く。
「あっ! あの人イケメンだね」
麻美がチャラそうな男を見てそう言う。
「そうか? あたしはあーいうチャラい男は好かないね」
「じゃああっちの人は?」
今度はサラリーマン風の真面目そうなスーツ男を見る。
「なんだかつまんなそうな男だな」
「ニトリンって、どんな男の人が好きなの?」
「そうだなぁ……頭が良くてイケメンで、海外留学してて妹思いで……」
「それあんたの兄貴でしょ」
と、真理香につっこまれる。
言われてみれば、兄貴に当てはまるような気がしないでもない。
「あぁーニトリンのお兄さんかっこいいもんねー。わたし写真見ながらごはん3杯はいけるよ」
なに言ってるんだこいつは。
……10杯はいけるだろ。
そんな話をしながら歩いていると、突然あたし達の横に高そうな車が止まった。
なんだろうかと見ていると、後部ドアを開けて女が出てきた。
「ごきげんよう。神鳥千鳥さん」
ニコリと笑ってあたしの名前をフルネームで言う長い髪のその女。
歳は同じくらいだろうか。見たことない制服だか、どこの学校の奴だ?
てか、なんであたしの名前を知ってるんだ?
「はじめまして。わたくし、聖バーバラ学園で生徒会長をしております、最狩命と申します」
長いスカートの裾をつまみ、最狩命と名乗った女は丁寧にあいさつをしてきた。
「ニトリンの知り合い? そんなわけないか」
「知らな……ってなんだそんなわけないって」
「あんた、聖バーバラ学園って言ったら、超がつくほどのお嬢様学校だよ。一般庶民のあたし達とは接点ないでしょ」
実際、接点はないのでなんにも言えない。
しかし、じゃあなんでこいつはあたしを知っているんだ?
「神鳥千鳥さん。少しわたくしに付き合っていただけないかしら?」
女は笑顔を崩さずに言う。
「悪いけど、知らない人にはついてくなって、教育されてんだ」
「そうですか。では、こう言ってはいかがでしょう。×××××××××××」
「!?」
「なんて言ったの?」
麻美と真理香は女がなんと言ったのかわからないようだ。
あたしもわからない。だが、この言葉には聞き覚えがある。
「悪い。あたし、ちょっと行ってくるわ。あとでメールする」
「えっ?」
なぜ突然、行くことにしたのか?
麻美と真理香はそう言いたそうな顔をしていたが、あたしはそれを聞かずに、さっさと車に乗ってしまった。
説明できるようなものでもないし、知る必要もないことだ。
続いて女が乗り、運転手に指示をすると、車はどこかへ向かって走り出した。
……
――車内。
あたしは窓から外を見ながら考えていた。
なぜこの女があの言葉を知っているのか?
あれはフレディがしゃべっていた異世界の言語だ。
この世界の人間が知れるものじゃない。
「千鳥さん……とお呼びしてもよろしいかしら?」
女が笑顔であたしに話しかけてきた。
「だめだね」
「では千鳥さん」
むかつく女だ。
「あなたは、なにか武術をやっておられるのですか?」
「いいや」
「では、体を鍛えられている?」
「体を鍛えたり武術を習うってのは、弱い奴がやることだ。あたしは強いから必要ない。これで質問タイムはお終いだ。わかったら黙ってろ。あたしはてめーとくだらねーおしゃべりするためにここにいるんじゃねーんだよ」
女はクスリと笑って、それ以降は話しかけてこなかった。
やがて車が止まり、女が先に降りてあたしも続いて降りる。
そこはドーム球場の前だった。
「野球には興味ないんだが」
「ご安心ください。わたくしもあなたとベースボールを楽しむつもりはありませんので」
「そりゃよかった。安心したよ」
ドーム球場に向かって歩き出した女の後を、あたしは黙ってついて行く。
野球をやっていないシーズンだからか、人はあまりいない。
一体、なんの目的でこいつはあたしをここまで連れてきたんだろうか?
話すだけなら車の中で十分なはずだ。
しばらく無言で歩き続け、あたし達はドームの中心までやってきた。
「この辺でいいかしら」
そう言うと女……最狩命はあたしの方へと向き直った。
顔は今までどうりの笑顔だ。しかし、目だけは強烈な敵意を表していた。
なるほど。わざわざこんな広いところに連れてきたのはそういうことか。
「本日は貸切ですので、多少騒いでも誰も来ませんわ。例えどなたかがこの場で死なれても……」
「誰も死なねーからそんな例えは必要ない。あたしは今晩もいつも通り晩飯を食うし、てめーは分厚いステーキとキャビアでも食ってるだろうさ」
張り詰めた空気が流れる。
「……てめーがなんであの世界の言葉を知っているんだ?」
「それをお教えするために、わざわざここまでお連れしたとお思いですか?」
「そうであった方が楽でいいんだがな」
「世の中、あなたが考えているほど甘くはありませんわよ。ですが、なんと言ったかだけは教えて差し上げましょう。――あなたを殺すと言ったんです」
言うと同時に、最狩命はものすごい早さであたしとの距離を詰め、襟首と腕を掴んで投げた。
柔道か。
あたしは襟首を掴んでいる最狩命の手首を握り、軽く力を入れた。
「……ッ!」
「離した方がいい。手首がおしゃかになるぞ」
あたしの握力は尋常じゃない。
例えこいつの腕が鉄の塊だったとしても、粉々にできる。
冗談では無いと悟ったのか、最狩命は襟首と腕から手を離し、後ろに下がった。
「やめておけ。時間の無駄だ」
ふたたび構えをとる最狩命。
しかし今度は柔道じゃない。
あれは……ムエタイか。
「今度はどうかしら」
最狩命はニヤリと笑い、あたしに近づく。
「同じことだ」
そこから動かず、動きを見守る。
しばらく遊んでやれば気が済むか。
目の前まできた最狩命は、足を上げてあたしの頭にハイキックを入れてきた。
なんだこんなもの。
当たる寸前まではそう思っていた。
「グ……ッ」
――なぜあたしが膝をつく?
何が起こったんだ。
朦朧とする意識の中、首を動かし見上げると、そこには勝ち誇った顔をした最狩命がいた。
「な……ん」
ふらつきながら立ち上がる。
そこに追撃とばかりに、あたしの頭に肘が迫った。
それを後ろに飛んでギリギリでかわす。
「どういたしました? 足元がおぼつかないご様子ですが?」
「うる……せえ」
どうなってやがる。
いつからあたしはこんなに弱くなっちまったんだ?
それともあいつが強いのか?
いや、それほど強いとも思えない。
少なくとも、あたしが異世界で戦ってきたバケモノ達より強いなんてことはないだろう。
「さて、そろそろとどめを刺して差し上げようかしら」
構え直し、最狩命があたしに向かってくる。
考えるのは後だ。
「最後に言い残すことは?」
「そうだな……孫に囲まれていい人生だったって……言いたいね」
そう言ってあたしがニヤっと笑うと、それと同時あたしの左こめかみめがけて、ハイキックが飛んできた。
さっきよりも鋭く、威力がある。
あたしは避けず、飛んでくる右足首を左手で掴んだ。
「なっ!?」
「……なにか言い残すことはあるか?」
「なに――おぉおおおお!!?」
答えは聞かず、あたしは右足首を掴んだ左手を大きく振り上げ、そのままぶん回した。
当然、最狩命は身動きができず、おそらく目を回していることだろう。
ぞんぶんにぶん回した後、最後に地面へと背中を叩きつけた。
「がは!?」
「まだやるか?」
足首を掴んでいる手首に力を込める。
「こ、降参ですわ……」
またぶん回されたら堪らないと思ったのか、最狩命はあっさり降参した。
「じゃ、あたしの知りたい情報をもらおうか」
「その前に足を離してくださらないかしら?」
「そうしてほしかったら、とっととしゃべれ」
逃げられたら面倒なので、足首は離さない。
「ふう……。わたくしはある世界の神にあなたを殺すよう、命令されたの」
ある世界? まさか……。
「その世界の神にとって、あなたはそうとう邪魔存在らしいですわね」
神……。
あたしが知っている神と言ったら、フレディしかいない。
そんなバカな。ありえない。
あのフレディがあたしを……。
「そろそろ手を離してくださるかしら? もう話すことはありませんわ」
「あ、ああ」
呆然としながら、あたしは手を離す。
「……次は、負けませんわ」
ふらつきながら立ち上がった最狩命はそう言い残し、あたしの前から去って行った。
一人残されたあたしはその場に立ち尽くし、考えをめぐらせていた。
なんでフレディがあたしを?
フレディと呼び続けた事を怒っているとか?
それとも神様らしく扱わなかったことか?
そもそもさっき言った事は本当なんだろうか?
もしかしたら嘘なんじゃないか?
今からでも追いかけて締め上げるか?
しかし、締め上げてもまた嘘をつくかもしれない。
……色々考えてみたが、結局納得できる答えは出ず、あたしはドーム球場を後にした。
……
夜になり、ベッドで横になりながらあたしはまだ考えていた。
やはりフレディがあたしの命を狙うなんて考えられない。
「あいつはどうしようもない神様だけど、ダチの命を狙うようなゲスじゃねぇ」
フレディからもらった綺麗な石を見つめる。
この半年間、何度かメールを送ったが反応はない。
一体何が起こっているんだ。
あたしから向こうの世界へは行けないし、行けないんじゃ調べることもできない。
調べることもできないんじゃ、何が起こっているのか考えるだけ無駄になる。
最狩命を締め上げるか? あいつなら向こうに行く方法も知っているかもしれない。
だが、あの女のことだ。素直に教えてはくれないだろう。
しかし、どんなに考えても他に方法は思いつかず、あたしはしぶしぶ最狩命にふたたび会うことにした。
……
――次の日。
あたしは学校を早退して聖バーバラ学園へと赴いた。
聖バーバラ学園……一体どんな学校なんだろうか。
真理香がお嬢様学校とか言っていたから、女子高というのはわかっているのだが。
正直、あたしは女子高というのが苦手だ。どうも女しかいない場所というのは気分が悪い。レズとかいそうだし。
電車に乗って30分。降りた駅から10分ほど歩き、ようやく目的地に着いた。
「はー……これが学校ねぇ」
まるで金持ちの豪邸のようだ。
どでかい校門から伸びている幅の広い綺麗な道。
その途中にある豪華な噴水。
奥の方にちらりと見える煌びやかな建物。
おそらくあれが校舎だろう。
勉強するだけの場所に、こんなにも金をかける必要があるのか?
あたしには理解できない世界だ。
そんなどうでも言い事を考えるのはやめ、あたしは中へと入ろうとする。
「ちょっと、君。勝手に入っちゃダメだよ」
校門のところに立っていた女の警備員に止められた。
警備員まで女なのかここは。
「最狩命……さんに用があってね。できれば取り次いでもらいたい」
「命様に? ダメダメ。命様があなたのような人にお会いするはずがない」
その警備員はあたしの風体を見てそう言った。
なにが命様だ。腹の立つ警備員だな。
「あたしは友達だ。追い返すと後悔することになるぞ。一応、確認した方がいい」
「友達? う、う~ん……」
警備員があの女の交友関係までも知っていることはないだろう。
あの女と友達だなんて、嘘でも言いたくなかったが、穏便に入るためにはしかたがない。
「少し待ちなさい」
女の警備員が校門の中へと入って行く。
確認させてあの女が入れるなと言ったら、壁でもよじ登って入るしかなくなる。
見つかったらまずいが、しかたがない。
しばらくすると警備員が戻ってきた。
「失礼しました。命様がお会いになるそうなので、どうぞお入りください」
警備員は深々と礼をする。
さっきまでとはまるで態度が違う。
最狩命は生徒会長とはいえ、ただの学生だ。
その友達というだけで、こうも態度が一転するものだろうか?
まあ、穏便に入れるならなんでもいい。
あたしは頭を下げている警備員に礼を言い、中へと入った。