第25話
領主の屋敷からイルマの家に戻ってくると、なぜか家の前に兵士が立っている。
「なにかあったんでしょうか?」
立っている兵士になにがあったのか聞こうとしたその時、家の中からイルマが兵士に連れられて出てきた。
「どうしたんだ? なにがあった?」
あたしとフレディはイルマに駆け寄った。
「私にもわかりません……。突然、兵隊がやってきて私の部屋から血のついた短剣を見つけたんです。もう、なにがなんだか……」
イルマは泣きながら俯く。
そこに警吏のおっさんが慌てた顔でやってきた。
「ハァハァ……おい! どういうことだ!」
おっさんがイルマの隣にいる兵士に詰め寄る。
「先程、イルマ・ダクタ氏がマスタルグ・ジールア氏を殺害した凶器を自宅に隠しているというの密告がありまして、捜索したところ、こちらの凶器が発見されました」
兵士の差し出した赤く薄汚れた短剣をおっさんが受け取る。
「マスタルグ・ジールアって?」
「屋敷の主さんですよ」
そういえば名前を聞いていなかった。
「密告をしてきた人物は誰だ?」
「密告は封書で行われたので、誰かは……。我々も凶器を見つけるまでは半信半疑だったのですが」
兵士はその封書もおっさんに渡した。
「おっさん、その短剣見せてくれないか?」
「ああ」
おっさんから短剣を受け取り、よく観察してみる。
遠目から見た通り、短剣は赤く汚れていた。
「フレディ、これどう思う?」
「これは……血ではありますが、人のものではないですね。イビツの血、つまりエラーブラッドです」
「それを証明することってできるか?」
「無理ですね。血が固まっていて変換もできませんし、変換できなければ人間の血とそう違いはありません」
ふむ……。
これが犯行に使われたものではないと証明するにはどうすればいいか?
もう一度短剣をよく見てみる。……ん?
あたしは記憶の中から、昨日屋敷で見たものや兄貴に聞いたことを思い出した。
「うん、なんとかなるか」
――その時、買い物カゴを持った、イルマの姉ネーマが驚きの表情で姿を現した。
「ジュウナさん、何事ですか? なぜイルマが……」
「いや、ネーマさんこれは……」
「おっさん、事件解決だ。関係者連れて屋敷に来てくれ」
「は?」
それだけ言い残し、あたしは屋敷へと向かった。
……
屋敷についてしばらくすると、警吏のおっさん、イルマ、ネーマ、他の使用人、兵士がやってきた。
「事件解決と聞いたが、犯人は誰だね?」
領主だ。
まさか領主まで来るとは思わなかった。
これはミスると縛り首にでもされるかも。
「まあ、焦らずに。順を追って説明しますよ」
まったくなんであたしが探偵の真似事なんかをするはめに。
目の前にいる犯人をぶん殴ればいいだけなような気もしてきた。
「千鳥さん、大丈夫なんですか?」
「知らん。なるようになるだろ」
全員があたしの言葉を待つ。
緊張するなぁ……。
「まず主……いや、マスタルグ氏がここ、部屋の扉の前で死んでいたのはみなさんもご存知だろう」
なんだこのしゃべり方。なに気取りだよ。
自分で自分につっこむ。普通にしゃべろう。
「ん、うん……ここで死んでいたのは犯人が死体を隠そうとしてここまで引きずったからだとおっさんは言ったが、それは違う」
「…………」
全員黙って聞いている。
小娘の推理をおとなしく聞いてくれるなんていい人たちだな、まったく。
「マスタルグ氏はここまで自分で這ってきたんだ。ベッドの横から10メートルくらいをな」
「でも、主様は心臓を刺されたのでしょう? 一体どうやって……?」
「それはおっさんから説明してくれるか?」
警吏のおっさんが軽く頷く。
「俺と領主様とお嬢ちゃん達でマスタルグ氏の遺体を調べたんだ。それで、信じられないかもしれないが……マスタルグ氏の心臓は左ではなく、右にあった」
その場がざわつく。
「わしも確認したから間違いない。しかし、兄弟のわしも知らぬことだった」
「……次に、殺されたとされる場所を見てくれ」
あたしはベッド脇まで移動し、そこを指差した。
「氏はここで殺され仰向けに倒れ、自力でうつ伏せになり扉まで這った。助けを呼ぼうとでもしたんだろう」
「ん? なぜ仰向けってわかるんだ?」
「血で汚れた絨毯を見ればわかる」
特に血で汚れている一点を指差す。
「腹と胸を刺されて、うつ伏せに倒れていたのなら、特に汚れた部分が2箇所なければ変だろう」
「いや待て、胸と腹を刺されて仰向けに倒れたなら、傷口が絨毯に触れないから、そういう汚れ方はしないんじゃないか?」
警吏のおっさんは血で丸く汚れた部分を見て言った。
「そうだな。普通はそうだ。だが、ここをよく見てくれ」
全員が血で丸く汚れた部分に集まってきて熟視する。
「……傷?」
領主が一番早く気付いた。
「そうだ。この傷は殺された時についたものだ。傷や汚れにうるさい氏が自分の部屋のベッドの真横にある傷を放って置くとは考えにくいからな」
「なるほど、仰向けに倒れているマスタルグ氏を短剣で深く突き刺し、貫いて絨毯を傷つけたというわけか」
おっさんの言葉に頷く。
「そこでこの短剣を見てもらいたい」
あたしはイルマの部屋で見つかった血で汚れた短剣をみんなに見せた。
「領主様、ちょっといいですかな。腕を上げてもらっても」
「うん? こうか?」
領主の脇に短剣を合わせる。
「氏と領主様は双子だ。体格もまったく同じの巨漢。普通ならこの短剣は人間を貫くことができるが、見ての通りこの短剣は領主様の体を貫くには足りない。そしてもう一つ」
イルマに手招きし、短剣を渡す。
「もし領主様を刺すとしたらどうやって刺す?」
「そんな、領主様を刺すだなんて……」
「振りでいいんだよ。いいだろ、領主様?」
「かまわん」
横暴なタイプの領主じゃなくてよかった。
「じゃ、じゃあ……」
イルマが短剣を領主に刺す振りをする。
短剣は領主の腹……よりやや下の部分で止まった。
「氏は腹を刺されて仰向けに倒れた。もしイルマが氏を刺したとしたら、この部分に傷がないとおかしい。だが、実際はここより上に傷があった。これはイルマより背が高い人物が刺した可能性が高い」
「ということはやはりイルマの兄ケインズが犯人か」
「いや、さっきも言った通り、氏の心臓は右にあった。医者であるケインズがそれを知らないはずがない。なあ、そうだろケインズさん?」
あたしは誰もいない扉に声をかけた。
しばらくすると、ためらうような足取りでフードを被った男が姿を現した。
「……兄さん?」
イルマの問いかけにフードを脱ぐ男。
そこにはイルマの兄、ケインズがいた。
「イルマ……お前に嫌疑がかけられていると聞いて……すまない。お前には余計な苦労をかけてしまった」
「兄さん、そんな……」
「一体どういうことなんだ? 犯人でないなら、なぜケインズは行方をくらませた」
おっさんの疑問は最もだ。
「おそらく、遺体を最初に発見したのはイルマだ。遺体を発見して焦ったイルマは、屋敷に泊まっていた兄に相談した。このままではイルマが疑われる。そう考えたケインズは、イルマに今朝は氏を起こしに来なかったことにさせ、部屋に落ちていた短剣を拾って、行方をくらませた。そうすることで、疑いはイルマではなくケインズに向かう。どうかな?」
「はい……その通りです」
イルマが俯き、答える。
マジかよ。兄貴の推理通りだ。もしかしてどっかで見てるんじゃないか?
「で、では、犯人は一体誰なんですか?」
使用人の一人が言う。
犯人はわかっている。しかし、本当に大丈夫だろうか?
と言うのも、犯人の特定は兄貴の推理ではなく、あたしの推理だ。
昨日帰った時点では、情報が少なすぎて犯人を特定できなかった。
「犯人は……ネーマ、あんただ」
先程からずっと黙っているイルマの姉、ネーマを指差した。
「……えっ? ちょっと待ってください。姉さんが? 姉さんは主様の恋人だったんですよ。ありえません」
「ああ、ネーマがなんて信じられない」
2人の兄妹がネーマを庇う。
使用人や兵士も驚いている。
表情を変えないのは領主と警吏のおっさんとフレディだけ。
この3人は遺体を調べた時から、犯人の予想はついていたのだろう。
「遺体を調べたとき、氏はこれを右手に握っていたんだ」
あたしは遺体の右手から取り出した星型のネックレスをみんなに見せた。
「氏はこれを握って死んでいた。つまり、氏はこれを渡す相手に殺されたと考えられる。これがどういうものかは全員わかるな?」
皆が同時に頷く。
この世界では結婚したい相手にこの星型のネックレスを渡すらしい。いわゆる婚約指輪みたいなものだ。
あたしもついさっき知った。その事実を知った瞬間、犯人はネーマだと予想した。……だが、これだけでは根拠に乏しい。
「確かに私はマスタルグさんとお付き合いをしていました。ですが、それはあくまでお付き合い。マスタルグさんは私ではなく別の方と結婚したくなり、それを渡そうとした。そうは考えられませんか? もう一つの可能性として、刺された後にタンスからそれを取り出して、死ぬ前に最後の力で誰かに渡そうとしたとも考えられますよね」
たんたんとネーマは自分が犯人ではない可能性を語る。
恋人の死をこんなにもたんたんと語る時点でだいぶ怪しい。
2つの可能性の内、一つは無理がある。もうひとつは……さてどうするか。
「刺された後にタンスから取り出すのは無理だ。それはそこのタンスを見ればわかる」
タンスは一番上の引き出しだけが開いており、その引き出しの中にネックレスが入っていたと思われる箱があった。タンスには血痕もなく、刺された後に触れたとは考えにくい。
「……じゃあもう一つの可能性は? 他の女性と結婚したくなった可能性。そう……例えばイルマとか」
ネーマはイルマを見た。
その目は姉が妹を見る目ではなく、女が憎い女を見る目だった。