第24話
「あっ! いっけね、落し物したかも。ちょっと探してくるわ」
あたしはフレディを抱えて、そのまま家の外に出た。
「なにを落としたんですか? お饅頭?」
「饅頭なんかわざわざ探しに行くか! スマホ貸せ」
フレディはキョトンとした顔でワンピースのポケットをまさぐって、スマホを取り出し、あたしに渡す。
「なにをするんですか?」
「事件について見た物や聞いた事をメモして、メールであたしにスマホに送るんだよ」
覚えているうちに書いとかないと忘れちまうしな。
「事件の詳細をメモしておくのはわかるんですが、千鳥さんのスマホにメールで送ってどうするんですか? 向こうで考えてもこっちで考えても一緒だと思いますよ」
「わかってるよ。だから考えるのはあたしじゃねぇ」
言いながらポチポチと文字を打ち込んでいく。
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「こんなもんかな。じゃこれをメールで……」
「あっ、今日の会話とかをスマホで録音しといたんですが、それも送りますか?」
録音してたのか。ボケっとしているようで、やることはやっているんだな。
あたしは少しだけフレディを見直した。
「送信完了。じゃあ、あたしは帰るぜ。イルマにはてきとーに言っといてくれ」
スマホを返し、帰る準備……は特にないので、なんとなく目をつぶった。
「わかりました。朝になったらまたメール送りますね。それじゃ……」
「あっ、ちょっと待った」
目を開ける。大事なことを忘れていた。
「今度来るときはこのださい服変えてくんね?」
こう見えてもあたしはおしゃれな方だ。家で着るならまだしも、外でこんなださい服は着たくない。
「ダメです」
…………えっ。
フレディは無表情で有無も言わさないという感じに、あたしの要求を一蹴した。
「えっ? いや、でもほんとださいし、ちょっとくらい……」
「ダメです」
取り付く島もない。
「わかったよ。じゃあせめて胸のところだけなんとかしてくれ、きつくってしかたがない」
「おや、そうでしたか。わかりました、そこは直しておきましょう」
無表情から一転、ニッコリと笑顔になる。
なんだよもう。
……
元の世界に戻ったので、起き上がってさっそく自分のスマホでメールを確認する。
「お、ちゃんと届いてるな。録音した音声は……大丈夫だ」
問題はこれをなんて言って兄貴に聞くかだ。
異世界で殺人事件があって……なんて聞いたら、まだまだ子供だなとか言われて笑われそうだし。
う~ん……とりあえず朝飯食うか。
あたしはスマホを持って1階へと下りて行く。
居間では姉貴が本を読んでいた。兄貴はいない。
「兄貴は?」
「ジョギング行った」
さすが兄貴。健康志向だ。
ん? そういえば姉貴があたしより早く起きるってめずらしいな。
へたすりゃ夕方まで寝てる時もあるのに。
「どっか出掛けんのか? ずいぶん早いじゃん」
「万鷹に起こされたんだよ。ジョギング行こうってな」
本のページをめくりながら、イラついた感じで言う。
「ったく、朝から40キロも走るって馬鹿かよ。半分走ってアホらしくなって帰ってきたわ」
行ったのかよ。
そういや姉貴は昔っから兄貴のやることには付き合わされてたな。
「ただいまー。お、千鳥、おはよう」
兄貴が帰ってきた。
実にさわやかな笑顔だ。これをおかずにご飯が食える。
なにを言っているんだあたしは。
「おかえり、兄貴。えーっと……ちょっと兄貴に聞きたいことっていうか、えっと……」
なんて聞くかまだ考えてないんだった。
頭をポリポリとかきながら、目線が右へ左へと泳ぐ。
ふと、姉貴が読んでいる文庫本の表紙が目に入った。
推理小説。これだ!
「今、推理小説を書いてるんだけど、試しにあたしが考えた殺人事件を兄貴に推理してもらおうかなって」
「ぷっ!」
兄貴が反応する前に、姉貴が吹き出した。
「あんたが推理小説って、おもしろすぎるんだけどそのジョーク。推理小説よりコント番組の脚本でも書いたら?」
うるせーなったく。お前には言ってねーよ。
「推理か、おもしろそうだな」
楽しそうにニッコリ笑う兄貴。兄貴が楽しそうだとあたしも楽しい。
「あたしにも聞かせろよ。笑ってやるから」
不愉快に口角をつり上げて笑う姉貴。死ね。
……
「千鳥さーん起きてくださーい。神様ですよー起きてくださーい」
うるさい声に目を開けるとフレディの顔が目の前にあった。
「ちけーよ」
起き上がりながら顔を押しのける。
「どこだここは?」
「イルマさんの家ですよ」
ああ、そういやフレディはイルマの家に泊まったんだったな。
「で、どうです? 事件のことはなにかわかりましたか?」
「まあな。8割くらいはわかったと思う。だけどまだ足りない」
兄貴の推理はきっと正しい。
しかし、確認が必要だ。面倒だがしかたない。
「出掛けるぞ、フレディ。ん? どうした?」
フレディはなにか考え込むよう顔をしている。
「いえね、昨晩イルマさんに聞いたんですけど、お兄さんや知り合いに不思議な能力を持っている人はいないそうなんです。今更なんですが、この件にチート転生者さんは関わってないんじゃないかと……」
「だとしても、ここまで関わっちまったんだ。最後まで関わろうぜ」
ここでやめたらあまりに中途半端だ。
途中でやめるのは消化不良で気分が悪い。
「それに能力を隠している可能性だってあるだろ。まあ、イルマの兄貴に限っては妹に隠し事をするようには思えないが」
「そんなにお兄さんの事知らないでしょ?」
「あのな、フレディ。妹に尊敬される兄貴ってのは妹に隠し事をしないんだよ」
「あ、そうですか……」
なぜかフレディは呆れたように頭を左右に振る。
あたし、呆れるようなこと言ったかな?
……
屋敷まで来ると、門のところに警吏のおっさんが立っていた。
「お、来たな名探偵」
おっさんは笑顔で手を振っている。
「よう、おっさん。さっそくで悪いけど、主の遺体ってどこにある?」
「遺体? 葬儀までは領主様の屋敷にあるぞ」
「悪いけど、案内してくれ。確かめたい事があるんだ」
「そりゃかまわないが、時間がたっているから少し臭うぞ」
それを聞いてフレディは嫌そうな声をだす。
あたしは
「問題ない」
と頷き、歩き出したおっさんの後をついて行った。
……
領主の屋敷に着き、遺体のある地下へと案内される。
当然かもしれないが、薄暗くて不気味だ。
「勝手に入って大丈夫なのか?」
死んだ屋敷の主は領主の弟だ。
許可なく遺体を見たり触ったりしたら怒られないだろうか?
「大丈夫大丈夫。ガハハ」
豪快に笑うおっさんの後をついて行くと扉が見えた。
「ここだ。開けるぞ」
おっさんがゆっくりと扉を開け、中に入る。
頬を汗が伝う。覚悟はして来たが、死体を生で見るのは初めてだ。
どうしても緊張してしまう。
おっさんに続いて中に入ると、横たわったなにかが見えた。あれが主の遺体だろう。
横には明かりを持った謎の人物が立っている。
「ん? 誰か来たのか?」
明かりがこちらを向く。
「えっ?!」
思わず声が出た。
その人物の顔は、横たわっている遺体と同じなのだ。
「これは領主様。私です。ジュウナです」
おっさんが跪く。
「お、おっさん、これは……」
「(ボソボソ)説明していなかったな。殺された屋敷の主と領主様は双子の兄弟なんだ」
なるほど、そういうことか。
「あー跪かんでもよい。なにをしているんだこんなところで? その者たちは?」
「この者たちは他国より参った、探偵です。事件解決のためにご遺体を見たいと……」
立ち上がり、おっさんが説明する。
「ふむ、そういうことか。しかし、犯人は逃げた医者と聞いたが?」
「ええ。ですが、証拠らしい証拠もありませんので、捜査を続けています。それよりも、領主様はなぜこんなところにお一人で?」
「うん? ああ、弟の顔をもうすぐ見れなくなると思ったら、つい足がな。生きている間はそれほど見たくもなかったが、不思議なものだ」
薄暗くてよく見えないが、領主は悲しそうな顔をしたような気がする。
「遺体を見ても?」
「かまわんよ」
領主の了解を得て遺体を見る。
聞いていた通り、遺体の腹と胸には刺し傷があった。
どちらの傷も縦に一刺しで入っている。
「うわー……痛そうですねー」
鼻をつまみながらフレディが覗き込む。
「おっさん、そのナイフを貸してくれるか?」
あたしはおっさんの腰を指差した。
「ああ、いいぞ。……ほら」
ナイフを受け取り、それをそのままフレディに渡す。
「えっ? なんですか?」
「そのナイフでこのあたりを割いてくれ」
遺体の胸の部分を指差す。
「い、嫌ですよ! そんなの!」
「さすがにそれはちょっとまずいんじゃないか、お嬢ちゃん?」
おっさんがちらりと領主を見る。
「かまわん。それはもはや死体だ。切ってわかる事があるならそうせい」
そう言いながら、領主は持っているランタンを遺体に近づけてきた。
なかなか話のわかる領主様だ。
「ほら、お許しがでたぞ。早く」
フレディを急かす。
「嫌ですって! なんでわたしが……千鳥さんが自分でやればいいでしょう」
「(ボソボソ)あたしだって嫌だよ。フレディは神様なんだから死体なんてどうってことないだろ?」
「(ボソボソ)偏見ですよそんなの」
二人でボソボソとやっていると、後ろから肩を叩かれた。
「俺がやるよ。そんな小さい子にやらせたらかわいそうだ」
おっさんはフレディからナイフを受け取り、あたしが指差した場所をゆっくりと割いていった。
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「これは……一体どういうことだ?」
「こんなことがあるのか……」
おっさんと領主が驚きの表情で割いた胸の部分を見ている。
やっぱり兄貴の言った通りだ。これで医者が犯人の可能性は低くなった。
しかし、問題は誰が犯人かだ? 得た情報だけでは犯人を特定できない。
「あれ? なんか変ですね?」
「うん? どうした?」
「この人、左手はパーなのに、なんで右手はグーになってるんでしょう?」
言われて、遺体の両手を確認する。
確かに左手は開いていて、右手は閉じていた。
「その手はどうしても開かなくてな。さほどたいした事でもないので放って置いたのだ」
死後硬直というやつだろうか?
「ちょっといいっすか?」
あたしは遺体の手を掴み、ゆっくりと力を入れて開いた。
「おお、お主ずいぶんと力が強いな。わしの力では開かなかったものをこんなにもあっさりと」
驚く領主。
力が強いのは確かだが、死後硬直は時間がたつと解けると聞いた事がある。
なのでそれほど力は入れていない。
「ん? なにかあるな」
それを取り出して自分の手の平に乗せ、皆に見せる。
「それは……」
その場にいるあたし以外の全員が、それの名を口にした。