第23話
正直、もったいぶるほどたいしたことを知っているわけではない。
読んではいないが、おそらく新聞の情報に多少色がついた程度だろう。
それでも男は真剣に、微動だにせず聞いていた。
「……こんなとこだ。たいしたことを知らなくて悪いが、役に立ったかな?」
「ああ、十分だ、ありがとう。だが、なんで君達は事件を――」
あたしは手を前にかざし、男の言葉を遮った。
「お互い事情があるんだ。それは聞かない事にしようぜ」
神様の勘でこの事件にチート転生者が関わっているかもしれないから……とか言ったら頭おかしいと思われそうだし。
「……そうだな。ここは人が多い、しゃべりすぎは禁物か」
男が席を立つ。
「俺はもう行くよ。なにかあったらここに来てくれ」
半分に折った小さな紙をテーブルに置き、男は背を向け、去って行った。
「事件の情報なんてどうするんでしょう? ぶん屋にでも売りつけるんでしょうか? あ、物乞いなんてどうでもいいんですよ! 大変なんです!」
後ろで肩をつかんんでいるフレディが、ふたたびあたしを前後にガクンガクンと揺らす。
「なんだよ? 饅頭でも落っことしたか?」
「神様がお饅頭落としたくらいで騒ぐはずないでしょ! 宿が満室だったんです!」
大差はないような気がする。
「そうかい、じゃあ別の宿探すか」
「そうですね! 急ぎましょう! あっ、お茶もらいますね」
急須に入った茶をそのまま一気飲み。
ほんと行儀が悪いな。
「うわっ! 不味い!」
そのまま吐き出すフレディ。
これお前が頼んだ茶だろ。
……
日が落ち、空が赤くなる。そろそろ夜だ。
あたしは外で空を眺めながら、フレディが宿から出てくるのをを待っていた。
「ここも一杯でした……」
しょんぼりしたフレディが町にある最後の宿からでてきて、ため息を吐く。
「そりゃ残念だったな。あたしはそろそろ帰るぜ」
腹も減ってきたしな。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! わたしは今夜どこで寝ればいいんですか?」
フレディが慌てた様子であたしの腕を引っ張る。
「あそこにある噴水の近くとかどうだ? 喉が渇いたら水が飲めるぞ」
「お、いいですね。お水がいっぱいで喉も潤し放題ですよ……ってバカ! わたしはラクダですか!」
と、ノリツッコミ。
そんだけ元気なら1日くらい野宿しても大丈夫だろ。
「ああ、こまった。神様が野宿だなんて、いい笑いものですよ」
一晩野宿するくらいで大げさな。……まあ、あたしも野宿とか無理な方だから気持ちがわからんでもないが。
……しゃーないな。どこか泊めてくれる家でも探してやるか。
「あら? あなた達は……」
「ん?」
突然うしろから声をかけられ振り返ると、そこには見知った顔の女が立っていた。
……
「いやーどうもすいませんね、泊めてもらっちゃって。あ、お茶もらいますね」
イスに座って足を組み、出された茶をフレディはガブガブ飲む。
少しは遠慮したらどうだろうか? そう思ったが、神様が遠慮というのも変かも知れない。
「すまんねイルマさん。こいつ遠慮がなくて」
無遠慮な神様の頭を押さえながら言う。
「いいんですよ。こちらこそこんな狭い家にお呼びしてしまって……」
謙虚にそう言い、イルマもお茶を飲む。
昼間行った屋敷に比べれば狭いかもしれないが、2階建てで庭もあるし、言う程狭くはない。
「なにをおっしゃいます、屋根があるだけでもありがたいですよ」
ホームレスかお前は。
「ははは……そうですか」
イルマもあたしと同じ事を思ったのか、なんだかかわいそうな目でフレディを見ている。
「お二人はご姉妹……なんですか?」
やや言葉につまりながら、イルマは当然の疑問を口にした。
言葉につまったのは、姉妹にしては似ていないからだろう。
「あー……うん、まあそんな感じ。そっくりだろ?」
「えっ? あ、はい」
…………。
なんだか気まずくなってしまった。
「あら? お客さん?」
玄関を開けて誰かが入ってきた。
様子からすると、イルマの家族だろう。
「あっ、姉さん、おかえりなさい」
姉?
兄貴以外に姉貴がいたのか。
「こちらご姉妹の千鳥さんとフレディさん。今夜、泊まるとこがないそうなので、泊めて差し上げようかと」
「そうだったの。こんにちは、私は姉のネーマです。窮屈なところですが、自分の家だと思ってくつろいでください」
そう言って微笑む、姉のネーマ。
うちの姉貴とは大違いだ。
「どうも。えっと、姉で探偵の千鳥です。こっちは妹で荷物持ちのフレディ」
「えっ? わたしが妹? わたしは千鳥さんよりも長く……ムグ」
口を手で塞いで黙らせる。
「あはは、姉さんってことは一番上の?」
「いえ、兄が一番上で、私が一番下です」
ということはうちと同じか。
兄貴が一番上で、妹が2人。
「探偵さんはなぜこの町に?」
イスに座り、ネーマはなんとなくといった感じに質問してきた。
探偵という設定に無理があるので、探偵絡みの質問はできれば避けたいのだが……。
「あの……お屋敷の殺人事件を調べにいらしたの」
それを聞いたネーマがあたしに訝しげな視線を向ける。
これは少し探偵らしいところを見せておいたほうがいいかもしれない。
「そ、そういえば事件の第一発見者って誰だったんだ? 聞くの忘れてたよ」
これ聞いてもあたしに推理なんてできないから、あんまり意味ないけど。
「えっ? はい、他の使用人が、朝食に起きてこない主様の様子を見に行った時、発見したそうです」
使用人は他にもいるのか。まあ、あれだけでかい屋敷なら当たり前だが。
「主はいつも自分で起きて来るのか?」
「いえ、普段は私が起こしに行くのですが、あの、その日はうっかりしてしまって……」
そうなのか。
しっかりしてそうに見えるが、意外と抜けてるのかな。
「ふーん、事件当日は何人くらい使用人が……」
「……イルマ、私ちょっと買い物に行ってくるから」
ネーマは突然、イスから立ち上がると、扉を開けてそそくさと出て行ってしまった。
「どうしたんでしょう? あっ、お茶のおかわりもらえますか?」
「すいません、気を悪くしないでください。姉さんは、その、主様とは深い関係だったので、この話を聞くのはつらいんだと思います……」
陶器のポットを持ち、フレディのカップに茶を注ぎながら、イルマは少し悲しげに言う。
深い関係? ああ、恋人だったとかそういうことか。
「へー、じゃあ屋敷の主さんとお姉さんは手を繋いで一緒にお散歩するような関係だったんですね」
ピュアか! 大人同士だぞ。そんな子供みたいな恋愛じゃなく、もっとこう、濃厚な何かがあるだろ。
「恋人同士ではあったんですが、手を繋いだことはなかったそうです」
ピュアだった。
「なんか悪いことしちまったな。事件の話はしないほうがいいか」
「いえ、事件の解決は姉さんも望んでいることです。私でわかることならお答えします」
う~ん、まあ、答えてくれるなら、聞けることは一応、聞いておくか。役に立つかは別として。
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「……事件当日は屋敷に使用人が30人くらいいて、正面玄関と裏口には私兵が立っていたのか」
「ええ、そうです。主様が亡くなったので、ほとんどの方は辞めてしまいましたが」
そういえば昼間行った時はあまり使用人がいなかったな。誰も住んでない屋敷の清掃ぐらいじゃそんな人はいらないか。
「じゃあ、不審者が入るような隙はなかったんだな」
「私が知る限りでは、不審な方は見ませんでしたし、見たという話も聞いていません」
部外者の線は低いか。そうなるとますます犯人は医者の可能性が……。
「そうなるとやっぱり犯人はお医者さんですかね」
パカン!
乗せてる手でフレディの頭を引っぱたく。
「すまん、ガキだから頭に思ったことなんでも言っちまうんだ」
「いたた……わたしはガキじゃ……ムグゥ」
あたしはフレディの口にテーブルに置いてあったリンゴみたいな果物を放り込んだ。
「あの、大丈夫です。気にしてませんので」
そう言うイルマの顔は暗い。
「じゃ、じゃあ、次の質問で最後にするよ。事件当日の来客は医者のお兄さんだけだったのか?」
「事件当日の来客はありません。兄は体調を悪くされていた主様のために前日から屋敷に泊まっていたので」
なるほど、これじゃ医者が疑われてもしかたがない。
使用人がやった可能性もあるが、それならなぜ無実の医者が失踪するのか説明がつかんし。
「あっ、お茶のおかわりもらえますか?」
果物を吐き出し、お茶の催促をする。
……もうお前は噴水に行け。
……
「これといった情報は得られませんでしたね」
「ああ」
あの後、あたしとフレディは町に出て、事件当日の朝に不審な人間や出来事を見なかったか聞き込みをした。
結果は思わしくなく、事件当日の朝はいつも通りで、不審な事はなにもなかったそうだ。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
イルマが出迎えに玄関まで来る。
あたしとフレディは俯き、結果を沈黙で伝えた。それを見たイルマはは少し残念そうな顔をした。
なんだかんだで、探偵という設定のあたしに期待をしてくれているのかもしれない。
だが、残念ながらさっぱりわからん。このままではイルマの兄貴が犯人になってしまう。う~ん……どうしたものか。
……ん? 兄貴? そうだ! いいこと思いついたぞ!