第21話
店内には雑貨屋というだけあって、いろいろな物がある。
見たこともない物がたくさんあるが、鞄やナイフなどあたしの世界の雑貨屋にも置いてありそうなものも売っている。
奥に進むと本も置いてあった。
どんな本があるのか見てみると、なぜかどの本も分厚く、同じ背表紙だ。
その中から一冊手にとってみた。開こうとハードカバーの表紙を親指と人差し指で掴む。やたら分厚い表紙。その中心には野球ボールが入りそうな謎の丸い窪みがある。
中は真っ白でなにも書いていない。
なんだこれ? ノート? にしちゃあずいぶんと仰々しいな。
本を戻すと、それと同時にフレディが魚をかじりながら戻ってきた。
肩には先程まではなかった鞄がかけられている。
「えへへ、いい鞄があったんで買っちゃいました」
エラーアビリティとやらの説明はどこいったんだ。
て言うか、店内で飲食をするな、みっともない。
「じゃあ、エラーアビリティの説明をするんでついてきてください。おじさーん! ちょっと裏使いますよー!」
でかい声でこの世界の言葉を言い、フレディは店のさらに奥へと入っていった。
……
奥に行くと庭にでた。
庭といっても、草木や花壇があるわけではなく、大きな岩や変てこな機械がある、なんとも奇妙な庭だ。
フレディは鞄から、先程店内で見かけた分厚い本と赤黒い液体が入った野球ボールくらいの玉をだし、庭の端にある細長いテーブルの上に乗せた。
「ここは雑貨屋さんなら大抵はある、エラーアビリティを試せる場所です。ではまずこの液体の入った玉から説明しますね」
テーブルの上から玉を取り、フレディはあたしに見せた。
「これはこの世界の雑貨屋さんにならだいたいは売っているエラーブラッドの入った玉です。エラーブラッドとはこの世界のエラー的な存在であるイビツと言われる生き物の血液で……ムシャモグ」
そこで魚をかじる。
骨はどうしてるんだ? まさか骨ごと食べてるのか?
エラーなんちゃらよりそっちが気になった。
「ちょっとした刺激を与えることによって、火、風、水、雷、土などの自然的な力に変換できます。イビツに関しては長くなるのでとりあえずは割愛します。まあ、テレビゲームのモンスターみたいなものとでも思ってください」
そこまで言って、また魚をかじる。
骨が喉に刺さったりしないのだろうか?
てか内臓とかまで食べてるのか? あたしは魚の内臓無理だなぁ。
「で、ちょっとした刺激を与えるにはあれを使います」
フレディはテーブルの一番端を指差す。その方向に視線をやると、庭に入った時から妙な存在感を放っていた変てこな機械があった。
その機械はヘルメットみたいな形をしており、真ん中が丸く窪んでいる。その手前にはパソコンのキーボードのようなものがあるが、用途は不明。
「これにガチャっとエラーブラッドの入った玉をセットし、こいつでピ、ポ、パと……はい変換終了」
キーボードみたいのを片手で軽快に操作し、あっという間に変換を終えた。
「そして次に登場するのが、はいこれ、アビリティブックです。これの表紙の窪みに変換が終わった玉をスポっとセットします」
スポっとかどうかは知らないが、赤黒い液体の入った玉は表紙の窪みにセットされ……消えてしまった。
「わあ! 消えちゃった! ……なんて冗談です。びっくりしました? アビリティブックに玉の内容が記憶されたのでこれでいいんです。本を開くと1ページ目に文字がありますね。これがさっき変換した玉の中身で、エラーアビリティです」
思い出した様にまた魚をかじる。
骨まで食ってることのほうがびっくりだよ。
「本を開いて右手に持って……あ、お魚持っててください。左手をあの岩にかざします」
渡された食べかけの魚を見ると、やっぱり骨まで食べていた。
もう尻尾ぐらいしか残ってないが、まだ食べるのか?
あ、えっと、フレディは10メートルくらい離れたところにある大きな岩に向かって左手をかざす。
そして一言呟くと、フレディの左手から火の玉が飛び出し、岩に当たって消えた。
「これがエラーアビリティです。変換のしかた次第で同じ火でも噴射したり曲げたりマッチのような小さい火にもできます。ただ、これはイビツという良くないモノの力。使いすぎると……ま、この辺は次回でいいですかね」
フレディは本を鞄にしまうと、あたしから魚を受け取って尻尾まで食べて完食した。
「どうです? わかりました? わからないところがあれば質問してください」
「あー……骨、喉に刺さんないの?」
……
雑貨屋から出て、本来の目的地へと向かう。
だいぶ寄り道をしてしまった。よく考えたらエラーアビリティなんてどうでもよかったような気がする。
あたしはあんなの使わないし、敵に使われてもたぶん大丈夫だし。
「昔はアビリティ屋さんなんて専門店があったんですけどね、最近はチェーン展開してる雑貨屋さんがアビリティブックやエラーブラッドを扱うようになって、ほとんど潰れちゃいました。時代の流れってやつですねぇ」
前を歩きながら聞いてもいないことをしゃべっている。
見た目は子供だが、なんだか年寄りみたいだ。
「まあ、長々とエラーアビリティについて説明しましたが、神様としては人間がイビツの力を使うのはあまり好ましくは……おっと、着きましたよ」
べらべらとしゃべりながら歩いていたフレディがでかい門の前で止まる。
なるほど、これは館だ。門の向こうには、どんだけ悪いことしたらこんな家に住めるんだってくらいの大きな屋敷が建っていた。
「どうやって入るんだ? 税務署から来たとでも言うか?」
門を飛び越えろと言われれば飛び越えられるが、それだと見つかったとき面倒な事になりそうだ。
そもそも事件を調べに来たのに、こっそりとじゃ調べられるものも調べられない。
「ふふん、そこで探偵ですよ」
人差し指を立て、鼻を鳴らすフレディ。
探偵に知り合いでもいるんだろうか?
「わたしが名探偵のふりをしますから、千鳥さんは助手のふりをしてください」
それはナイスアイデア……ってアホか。つまみ出されるわ。
どこの世界にガキの名探偵なんているんだよ。漫画じゃねーんだぞ。
そう思い、ため息をつく。
「自分の見た目を考えてみろ。どう見ても初めてのおつかいだぞ」
肩からかけている鞄を指差す。
「失礼な! わたしは神様ですよ! 使いに出すことはあっても、出されることはありませんよ!」
そこはどうでもいい。見た目の話だ。
プンスカ怒るフレディに対して、あたしは肩をすくめる。
――と、その時。
「あの……なにか御用でしょうか?」
門を開けて中から使用人らしき女が出てきた。
あたし達が門の前で騒いでいるから気になったんだろう。
「あ、これはどうも、わたし名探偵のフレンツと言います。こっち助手のバード君。この屋敷で事件があったって聞きましてね、よろしければ調べさせてもらえませんか?」
フレディがあたしを指差し、こっちの世界の言葉でなにやら言っている。
まさか探偵とか言ってるんじゃないだろうな。
「はぁ?」
女が訝しげにあたし達を交互に見る。
言いやがったなこいつ。あたしはフレディの頭をつかんだ。
「このガキが言ったのは冗談。あたしが探偵の千鳥、こいつはえーと……荷物持ちのフレディだ」
この嘘もかなり苦しいが、多少はマシなはず。
なにか言いたそうなフレディの口は、なにか言う前に手で塞いだ。
なんか前にも似たようなことした気がする。
女はまだ訝しげな顔をしている。当然か。
ふと、あたしはある事が気になった。
「あんたこの屋敷の使用人か? 屋敷の主は死んだって聞いたが……」
屋敷の主がいなくなったのに、なぜ使用人がまだいるのか?
細かい事情は知らないが、なんとなくそのことに違和感を感じた。
「亡くなった主様は領主様の弟君でして、領主様より屋敷の清掃などを申し付けられております」
なるほど、つまり入るには領主の許可がいるってわけか。ここは一度出直して、なんとか領主の許可を――。
「やあイルマさん、こんにちは」
門の前に小太りのおっさんがやってきた。
様子から察するに、使用人の知り合いみたいだが。
「こんにちはジュウナさん。あの……なにか新しいことはわかりましたか?」
「いや、残念ながら……。おや? この方達は?」
おっさんがあたしとフレディに気付いた。
「はい、探偵さん……だそうです」
使用人の女はあたし達に疑いの目を向けながそう言う。
もはやこの疑いが確信に変わるのも時間の問題。早々に立ち去るか。
「探偵! そりゃあいい、ぜひ協力してくれ!」
うれしそうに詰め寄ってくるおっさん。
本気で言ってるのか?
「申し遅れた、俺はこの屋敷で起きた殺人事件を担当しているジュウナ・ジネマだ」
警察か? いや、この世界に警察なんてあるんだろうか?
あたしはフレディの頭をポンと叩いた。
「(ボソボソ)領主さんに雇われてる警吏さんですね。まあ、いわゆる警察官です」
うーん警官か。なんとなく苦手なんだよなぁ。
いや、世話なった事があるわけじゃないが。
「ああ、どうも、あたしは探偵の千鳥、こっち荷物持ちのフレディ」
「せめて助手がいいで……」
ふたたび口を手で塞ぐ。
「さっそく現場を見てもらいたい、ついて来てくれ」
門を開けておっさんが中に入ろうとする。
「ジュウナさん、でも……」
使用人の女が心配そうにおっさんに声をかける。
「大丈夫、責任は俺が取るから」
そう言っておっさんはあたし達を屋敷に招き入れる。
入れるのはありがたいが、いいんだろうか? 領主に怒られても知らんぞあたしは。
あとドヤ顔でこっちを見てくるフレディがうざい。
とにかく、屋敷の中に入れる事になったのはいいが、探偵なんて言ってしまってこの先大丈夫だろうか?
どっちかかしこければ問題ないんだが、あたしはもちろんかしこくないし、フレディはこんなだ。
すぐにバレて追い出されるのが落ちだろう。
ルンルンしながらおっさんについて行くフレディに対して、あたしはやや気持ちを重くしながらついて行った。