第20話
目を開けるとみたこともない天井が見えた。ベッドも自分の部屋にあるベッドではない。いつもは外なのに、めずらしく室内のようだ。
あたしは上半身を起こし、例によって周囲の状況を確認した。
「ん?」
ベッドの横で誰かがイスに座って、新聞のようなものを読んでいる。
その誰かはあたしに気付くと新聞をたたみ、少し遠くにあるテーブルに短い腕を伸ばして置こうとするが届かず、イスから転げ落ちた。
「いたたた……。あ、どうも」
左手で腰を押さえ、右手を上げてあいさつをする神様。
誰もがなんとなく思っているであろう神様=偉大で立派という考えは、間違っているということに最近気付いた。
いや、目の前で照れ笑いしているこいつが特別なんだろうか。
「相変わらず偉大な神様っぷりだな。フレディ」
皮肉を言う。
「わたしはフレンティーユだと何度言えば……確かに威光は相変わらず振りまいてますけど」
相変わらず皮肉は通じないようだ。
あたしはベッドからでて、近くのイスに座った。
ここはどこだ? 部屋にはベッドが1つとイスが2つ、あとは小さなテーブルがあるだけ。
「それで、今回はなんだ?」
時間には限りがある。ちゃっちゃと済ませよう。
フレディはイスに戻ると、説明を始めた。
「今回はですね、この町で起こった殺人事件にチート転生者が関わってる可能性がありまして、まあ、とりあえず事件の経緯から説明しますね」
殺人事件って、なんか頭脳労働っぽいなぁ。
頭使うのとか苦手なんだけど……。
「ちょっと待ってくださいね」
そう言いながら、なにをしようとしているのかフレディは部屋にある小さなテーブルを自分のイスの前に持ってきて、その上にある新聞を開いた。
「んっうん、こんにちは、ゴッドニュースのお時間です」
なんか始まった。
「先日早朝、カンティス国フーイルにある館で男性の遺体が発見されました。男性は腹部と胸に刺し傷があり、事件当日に被害者と会っていた現在行方不明の医師がなんらかの事情を知っていると見て、行方を追っています」
小芝居を終え、一息つくフレディ。
普通に説明しろよ。
「聞いた限りじゃ、どこにチート転生者が関わってるのかわからんな」
行方不明の医者が能力を使って殺したとかか?
「あくまで可能性ですからね。本当に関わっているかはわかりません」
その辺もう少し調べてから呼んでほしいなぁ。まあいいけど。
「じゃあ、あたしはその行方不明の医者ってのを探して捕まえればいいのか?」
それくらいしかあたしにできることはなさそうだ。
サルの時もそうだが、人探しとかそういう地味で面倒な仕事は別の誰かに頼んでほしい。
まあ、その別の誰かがいないからあたしを呼ぶんだろうけど。
「それをお願いする前に、ちょっとこの事件、不審な点がありましてね。少し調べようと思うんですよ」
調べる? まさかあたしに名推理を期待してるわけじゃないだろうな?
自慢じゃないが、そういうのは苦手だ。雑誌に推理漫画とか載ってると飛ばすしな。
「調べるのはいいけど、あたしは頭脳労働じゃ力になれないぞ。で、不審な点って?」
そこは気になるので一応、聞いておく。
聞いておいて損することはなにもないだろうし。
「その辺はごはんを食べながらゆっくり説明しますよ」
立ち上がり、フレディは扉へと向かってゆく。
「あたし腹減ってないぞ」
「わたしがお腹減ったんです」
あたしは
「あ、そ」
と言い、腹ペコ神様の後をついていった。
……
どうやらここは宿屋だったようだ。
今までいた部屋は2階にあり、そこから階段で下りて、あたし達は1階の食堂にきた。
フレディはピザみたいな食べ物を頼み、あたしは水を飲む。
「パク、ムシャ、ふぉれで、ふひんなへんといふのふぁでふね」
口に物を入れてしゃべってるからなにを言ってるかわからない。
あたしは黙って、フレディの前に置いてある水の入ったコップを指差した。
「ング、ング、ヒック、あー」
おっさんかこいつは。
「それですね、わたしなりにこの事件を少し調べたんですよ、でーこの行方不明のお医者さんはどうやら被害者の親友だったらしく、心臓に病気がある被害者の様子を毎朝見に来ていたそうです」
そこまで言って、一度食べ物を口に含む。
うまそうに食うフレディを見ていたらあたしも少し腹が減ってきた。
「不審なのはですね、被害者は寝ている間に殺されたそうなんですが、なぜお腹と胸を刺されているのかってところなんですよ。おかしいと思いません? 胸だけ刺せばいいのになんでお腹もって」
フレディの食べているピザみたいな食べ物を一切れいただこうとすると、手をピシャリと叩かれた。
いいじゃないか一切れくらい。
あたしはてきとうな方向を指差し
「あ!」
と言って、フレディがそっちを向いている隙に一切れいただいた。
「あっ、もう!」
眉を吊り上げ、頬をプクっと膨らませる。
奪った一切れはあたしの口へと放り込まれ、取り返されることはなくなった。
「ふぇ、どうふんだよふぉれふぁら?」
フレディが無言であたしのコップを指差す。
「ング、ング、うん、で、どうすんだよこれから? ホームズ探偵事務所にでも行くか?」
「探偵ですか? んー……悪くはないですね」
冗談で言ったんだけどな。
「とりあえず事件のあった館に向かいましょう。パク、ムシャ、ひゃあ、れっふほー」
あたしはコップを指差そうと思ったが、その前にフレディはスタスタと店員に金を払いに行ってしまった。
向こうで金を出しながら店員にふがふがなんか言っている。まったく、行儀の悪い神様だ。
……
宿屋から出ると、広い円形の広場に出た。
中心には大きな噴水があり、その回りには屋台のようなものがある。
人の数も多く、なかなか発展した町のようだ。
「館はどっちにあるんだ?」
ここから見た限りでは、館というほど大きな建物は見当たらない。
「えーと……あっ、こっちです」
フレディが向かう方向にあたしも付いて行く。
しかし少し歩いて立ち止まる。ここが館?
「すいません、お魚の丸焼き1個ください」
屋台だ。
まだ食うのかこいつは。
「千鳥さんも食べますか?」
首を横に振る。
現代っ子のあたしには棒に刺さった魚の丸焼きの食い方なんてわからない。
骨とか吐き出しながら食うのかな。
屋台には金魚すくいみたいな平べったい水槽があり、その中で泳いでいる魚をおっさんが捕まえて棒に刺す。
――と、そこでこの焼き魚の屋台が奇妙なことに気づく。来た時からなんとなく違和感は感じていたが、今わかった。
この屋台には魚を焼く道具がない。
あるのは平べったい水槽と、小さな机の上に乗っている分厚い本、それと魚を刺す棒と細い穴の開いた石があるだけだ。
これで一体どうやって魚を焼こうというのか?
おっさんは魚の刺さった棒を穴の開いた石に刺すと、右手で分厚い本を開いて魚に左手をかざした。
そしておっさんが本を見ながら一言呟くと、かざした左手が小さな火炎放射器のように火を噴き、あっと言う間に魚をこんがり焼いてしまう。
フレディは金を払い、そのこんがり焼けた魚を受け取った。
「なんだあれ? 大道芸人か?」
どう見ても普通のおっさんだが。
「えっ? ああ、おじさんが出した火ですか。あれはエラーアビリティです」
「えらーあびりてぃ?」
なんだそりゃ? この世界じゃ手から火を出すことをそう言うのか?
そういえば前に火の玉を飛ばしてきた奴がいたような……。
「エラーアビリティとはですね……お、あそこに雑貨屋さんがありますね。見てもらった方がわかりやすいと思うので、ちょっと入りましょうか」
そう言ってフレディはそこそこ大きな店へと入っていく。
手から火を出すのと雑貨屋になんの関係があるんだろうか?
それはついて行けばわかると思い、あたしもフレディに続いて店内へと入っていった。