第18話
…………。
うう~ん……ん?
気がつくとあたしは椅子に座ってポテトをくわえていた。
テーブルを挟んだ向かいでは麻美がほっぺたにケチャップをつけながら、うれしそうにハンバーガーを頬張っている。
その隣で、真理香がストローをくわえながら無表情で飲み物を飲んでいた。
「ん? どしたのニトリン?」
ポテトをくわえながら静止しているあたしに、口の周りをケチャップだらけにした麻美が話しかけてきた。
あたしは口の中のポテトを咀嚼し飲み込み、やや困惑気味に質問する。
「え? あー……映画は?」
口をむぐむぐ動かしながら?顔の麻美。
映画はとっくに終わっている。状況を見ればわかることだが、つい聞いてしまった。
麻美はしばらく沈黙していたが、突然、わかったように
「あ~」
と言い、左手の平を右手でポンと叩いた。
「なんか微妙な映画だったねー。あたし最後の方寝ちゃってたよー」
映画の感想を聞かれたと勘違いしたのか、麻美はさっきまで観ていた海賊映画の批評を始めた。
「あたしは結構おもしろいと思ったけど」
ストローから口を離し、真理香も映画の感想を語る。
「ニトリンはどうだった?」
ハンバーガーを片手に持ちながら、麻美はあたしに映画の感想を求めてきた。
当然、寝ていたので感想なんてない。
「あんた映画の後半あたりから『きゃー怖い!』とか『あの人死んじゃったの? 大丈夫かな? 大丈夫かな?』とか言っててかなりうるさかったけど、悪いもんでも食べたの?」
…………。
フレディの野郎。
不安は的中した。フレディが送ったという代わりの魂は、ずいぶん好き勝手にあたしの体で遊んでくれたようだ。
「……他になにか変なことしなかったか?」
恐る恐る聞く。
聞きたいような聞きたくないような……。
2人は頭の上に?マークを出しながら、顔を見合わせていたが、あたしが真剣に聞いているのだと気付くと、ここに来るまでのことを丁寧に語り始めた。
・
・
・
穴があったら入りたい……。
2人が言うには、映画館を出た後も様子がおかしく、何もないところで突然転んで泣き出し、泣き止んだかと思ったら野良猫を追っかけてどこかに行き、30分ほど探し回ってようやく見つけると、迷子になって心細くなっていたのか、幼子のように大泣きをしていて、2人が近づくと安心したのか泣き止み、今度は腹が減ったと言って近くのマッ○にフラフラと入って行って現在に至るとか。
あたしは両手で顔を隠して無心になっていた。
今なら寺で座禅を組んで坊主にほめられる自身がある。
「ごめん……。悪いけどどこかでスコップを買ってきてくれないか? 穴が掘りたいんだ」
顔を隠しながら、若干震えた声で言う。
恥ずかしい。消えてしまいたい。いっそ火葬された方がましだった。
「穴? 勝手に穴なんて掘ったら怒られちゃうよ」
と麻美が普通につっこみをいれてくる。
ならどうしたらいいんだ。
「あんたやっぱり呪われてるんじゃない?」
ポテトを食いながら真理香が冗談っぽくそんなことを言う。
呪われてる……あながち間違いとも言えないか。
「ああ、まあ、白いワンピースを着た金髪のちょっとアホなガキ女に呪われてるかもな」
両手を顔から離し、伏し目がちにしゃべる。
そんなあたしを2人は目を丸くしながら見ていた。
これは余計な事を言ったかもしれない。
「あー……ずいぶん具体的だけど、千鳥、あんた霊感とかあんの?」
真理香がちょっと真剣な顔で聞いてくる。
完全に幽霊沙汰だと思われてしまった。
どう収拾つけようかな、これ。
「やだもーマリリン、幽霊なんているわけないじゃん。ニトリンの冗談だよ」
笑いながら麻美がナイスアシスト。
心の中でグッジョブを送る。
「ハハハッ、うん冗談冗談。最近いろいろあって疲れててさ、情緒不安定なんだよ。迷惑かけてごめんな」
情緒不安定かどうかは別として、いろいろあるというのは本当だ。
眠るたんびにわけわかんないところに連れて行かれて喧嘩をしている。
まあ、疲れてるってのは嘘だけど。
「別にいいけどさ。てか、あんたでも情緒不安定になったりするんだね。親が死んでも平気な顔してるくらいずぶといと思ってた」
こいつはあたしをどうゆう風に見ているんだ。さすがに親が死んだら泣くわ。
そんなことを考えながら、手前にある飲み物のストローに口をつける。
なんだこれ、コーラじゃなくてシェイクじゃねーか。
「あ、ニトリン、そのハンバーガー食べないなら、あたし食べていい?」
麻美はよだれを垂らしながら、あたしの目の前にある手付かずのハンバーガーを指差した。
まだ食うのかこいつは。テーブルの上には、たぶん麻美が食べたと思われる丸まったハンバーガーの包みだけが5、6個あった。
「あーいいよ。あたしちょっとコーラ買って来るわ」
麻美にハンバーガーを譲り、席を立つ。
腹は減っていないが少し喉が渇いた。シェイクは嫌いじゃないけど喉が潤わない。
「えへへーいただきまーす……あれ?」
ん? なんだ?
あたしは麻美の「あれ?」という一言が気になり、なんとなく振り返った。
「わーなんだろう。綺麗な石ー」
宝石というほど綺麗でもない、ただの綺麗な石を、麻美は興味津々で見つめていた。
フレディにもらったあの石、テーブルの上に置いてあったのか。
「それはえっと……うちの家宝だよ」
真理香が吹き出した。
「いやいや、あんたなんで家宝持ち歩いてるんだよ」
滅多に笑わない真理香が腹を抱えながら言う。
至極真っ当なつっこみだ。あたしが真理香でも同じつっこみをいれるし、もちろん吹きだす。
「いいだろ別に」
石を麻美から受け取り、ポケットにしまう。
そういえばメール送るとか言ってたけど、本当にくんのかな。
――と思ったら、調度良く着信。フレディだ。本当に来たよ。
メールの内容はいたってシンプル。
写真送りますというタイトルと画像だけ。
「どんな不思議な力使ってんだか」
スマホの画面にはさっき撮った写真の画像が映っていた。
それを見てなんとなく笑みがこぼれてしまう。
「なになに、なにがおもしろいの?
麻美が席から立ち上がり、ニョキっとあたしのスマホを覗き込んできた。
「わっ、なにこの子かわいー。ニトリンの知り合い?」
かわいい? そんなもの映ってたか?
もしかしてフレディ? 麻美にはこいつがかわいく見えるのか。
「ああ、えっと、親戚の子だよ。この前ちょっと遊んでやったんだ」
ちょっと無理があるかな。フレディ金髪だし。
「へー千鳥って外人の親戚いるんだ。てか、この写真のあんたの服、だっさ」
続いてスマホを覗き込んできた真理香が、またも吹きだす。
「うるせーな。動きやすいんだよ」
そう言ってスマホをしまい、あたしはコーラを買いにカウンターへ向かった。
やっぱだせーよなぁ、あの服。今度行ったら別のに替えてもらおう。
「あ、ニトリンちょっと待って。ほい、108円」
……?
なんだ108円って?
あたしが訝しげな顔をすると、麻美は首を傾げた。
「あれ? ニトリンおサイフ落としたんでしょ?」
…………。
代わりの魂は絶対に送るな。
これだけは固く約束させようと心に誓い、あたしは麻美はから108円を受け取った。