第17話
港に戻り、船を降りるとおっさん達と海賊……いや、保護団体の奴らが口論を始めた。
船に乗ってる時もなにやらぴりぴりしていたが、ここにきて爆発したようだ。
「てめえら! 俺達の船壊した責任は取ってもらうからな!」
「サメトカゲを獲るあなた達が悪いんじゃないですか! 私達は希少動物を保護しているだけです!」
おっさん達の数はおよそ20人ほど、保護団体は海に放り込まれてびしょ濡れで寒そうにしている奴らと、船の上で腰を抜かしてた奴らを合わせてこっちも20人くらい。人数はだいたい同じだ。
元保護団体の代表である、いまだ頭にワカメ乗っけてる奴は、この件に関して責任を感じているのか仲裁に入ろうとしているが、まったく相手にされてない。
「しかたないですねぇ。どれ、ここはやさしい神様が仲裁してあげますか」
フレディは肩をすくめながら、おっさん達と保護団体がエキサイトしている場所へとトコトコと歩いていった。
「あーちょっとちょっと、聞いてください。あのですね、さっきからサメトカゲが減ってるとか希少動物とか言ってますけどね、全然減ってませんからね、サメトカゲ。むしろ増えてるくらいですよ」
「今、大人の話をしているの! 子供は向こう行ってなさい!」
「なんですって! 親切に教えてあげてるってのに、なんですかその態度は!」
フレディに触れていないので、当然言葉はわからないが、なんかフレディがまた保護団体のおばちゃんと、もめ始めたようだ。
前回みたいに口論からではなく、もう完全に殴り合ってる。おっさん達と保護団体も口論を止めて喧嘩をとめようとしているが、一向にやめない。
やがてフレディがボディブロウからアッパーのコンボを決め、保護団体のおばちゃんをノックアウト。
勝利したフレディは、瞼を腫らしながら両手を高々と上げ、誇らしげにこちらへと凱旋してくる。
なにしに行ったんだこいつ。
戻ってきたフレディの頭に手を置くと、ワカメ頭がサメトカゲが減っているというのは、自分がついた嘘だと説明しているのが聞こえてきた。
……ワカメ頭が仲裁に入るきっかけぐらいにはなったか。
……
結局、サメトカゲが減っているというのが嘘とわかった保護団体は活動の理由がなくなり解散。
ワカメ頭はおばちゃんと一緒に土下座して、彼らに謝罪した。
船を壊したことや、その他の迷惑行為などの責任は全部自分が取ると言い、おっさん達にもふたたび謝罪をした。
「もういいよ。なんていうか……俺達もお前の気持ちがわからんでもないからさ」
そう言って、おっさん達は自分のハゲ頭をポリポリとかいた。
「まあ、船は直せばいい。迷惑かけたら許してもらうまで謝り、償えばいい。だがな、死んじまった人間は帰って来ないんだぜ」
そう言われたワカメ頭は、なにを言っているのかわからないという様子でおっさん達を見ている。
「え? あの、さすがに人殺しまではしてませんよ。海賊をしていたのは港から近いところですし、船から降ろした人達はみんな救命ボートに乗って港に戻って来ているはずです」
確かに殺しまではやる気がなかったようだ。
武器を持っているのに、襲い掛かってくる様子はなかったし、海賊船に救命ボートのようなものを積んでいたような気もする。
「ん? そういやそうだったな。というか、死んだのってだれだっけ?」
おっさん達が全員、腕を組んで首を捻る。
と、その時、杖をついたヨボヨボのじいさんが港に現れ、後ろからおっさん達の頭を右から左へと持っている杖で順に殴っていった。
「いてぇ! なにすんだこのクソジジイ!」
「そりゃこっちのセリフじゃバカモンが! ワシの船を勝手に使いおって!」
じいさんは顔を真っ赤にしながらあたし達が今まで乗っていたボロ船を杖で指す。
?な顔のおっさん達。そして一瞬の沈黙の後、おっさんの一人が叫ぶ。
「う、うわあぁぁぁ!! ゴン爺の幽霊だぁぁぁ!!」
その叫びをきっかけに、おっさん達は全員、散り散りにどこかへと逃げて行ってしまった。
幽霊扱いされたじいさんはしばらくポカンとしていたが、しだいにぶるぶると体を震わし、持っている杖の柄の部分を握り砕いた。
「誰が幽霊じゃゴラァァァ!!!」
突然、ヨボヨボだったじいさんがゴリラのようにでかくなり、ものすごいスピードでおっさん達を追いかけて行った。
それを見ておばちゃんとフレディがゲラゲラ笑い、ワカメ頭はなんだか苦笑いしている。
「アッハハ、まったく、ゴン爺は元気だねぇ」
本来ならあんたも追いかけられる側だと思うが。
「ゴン爺にも謝らないとな……」
ワカメ頭がじいさんの走って行った方角を見つめる。
「あーいいよいいよ。あのじいさん、ボケてるからどうせ明日には忘れてるよ。それより、あんたいつまで頭に海藻なんか乗っけてんだい」
おばちゃんが息子の頭に乗っかっているワカメを片手で掴んで引っ張った。
そんなに強く引っ張ったら髪の毛も一緒に抜けてしま……んん?
あたしの目にはありえない光景が映っていた。
フッサァ。
そこには綺麗な長い金髪。
かつて寂しかった頭頂部は、今や活気に満ち溢れており、さながら早朝の魚市場だ。
「えっ? なに? どうしたの?」
驚く一同とは対照的に、本人はなにが起こったのかわからない様子で困惑している。
おばちゃんは驚きの表情を変えないまま、片手に持ったワカメを自分の頭に乗せた。
同じく表情を変えないまま、あたしとフレディはおばちゃんの行動を見守った。
・
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10分程たち、おばちゃんがワカメを取る。
フッサァ。
筋骨隆々のおばちゃんの頭に、肩にかかるくらいの長さをした美しいブロンドの巻き髪が現れた。その姿はまさに映画コナンザグレートのシュワルツェネッガーのようである。
あたしは驚きの表情のまま、フレディの頭をポンポンと叩いた。
「あーそういえば被ると髪の毛が生えてくる海藻があるとか、だいぶ前に部下が飲み会の時に言ってましたねぇ。飲みの席の冗談かとその時は笑ったんですが、まさか本当だったとは驚きです」
神様って公務員かなんかなのか?
まあそれはいいとして、神様なんだからこの世界にあるものはちゃんと把握しとけよ。
しかし、頭に巻くだけで髪の毛が生えてくるワカメとはすごい。これは売れば大儲けできる。
そんなことを考えながら、なんとなくおばちゃん達を見ると。
「これはすごいよタッカーシ!」
「うん、大儲けでるきるね、かーちゃん!」
2人ともあたしと同じ事を考えていた。
このワカメがあたしの世界にあるものだったら、この儲け話に一枚噛ませてもらいたいところだが、あいにくこの世界の金なんていくらあってもあたしには無意味だ。
ここは暖かく、のちの大金持ちを見守ろう。そう思ったが……。
「うは! 確かに大儲けですよ! これは一枚噛ませてもらいたいですねぇ」
そう言ってゲスに笑うフレディ。
おい神様。
「もちろんだよ。あんた達には迷惑をかけたからね」
気前のいいおばちゃんだ。
というか、あたしまでゲスだと思われてないだろうな。
「かーちゃん、この海藻がどこに生えてるのか調べよう」
「そうだね。よし、善は急げ、さっそく行こうかね。おっと……あんた達はどうするんだい?」
行こうとしたおばちゃんが振り返る。
「帰るよ。遅くなるとかーちゃんに怒られるからな」
「そうかい。それじゃあまたおいで。今度来た時はおいしいサメトカゲをごちそうするよ。分け前も忘れないから安心しな」
手を振り、おばちゃんとその息子は行ってしまった。
……と思ったが、ふたたびおばちゃんだけ戻ってきて、身を屈め、フレディの顔をまじまじと見た。
「あんた……どっかであったことあったっけかね? なーんか初めて会った気がしないんだよねぇ」
おばちゃんは難しい顔をしながらフレディの顔を見続ける。
「そうですか? まあ、こんなにかわいい女の子はそうそういませんし、どこかで会ったことがあるのかもしれませんね」
てきとーに誤魔化すフレディ。正体を明かす気はないようだ。
当然、おばちゃんはフレディのてきとーな誤魔化しに納得できない顔をしていたが、結局「思い出せないし、まあいいや」と言って去って行った。
やがておばちゃんは見えなくなる。そこであたしは一つ思い出した。
「能力の回収はいいのか?」
「はい、特典はもう使えませんし、最能も悪用できるようなものでもありませんので回収の必要はないと判断しました。それに今回は元々、能力回収が目的じゃありませんしね……あっ!」
突然、フレディが思い出したように声を上げた。
「サメトカゲ食べてないですよ! どうしましょう!」
フレディは頭を抱えてうずくまった。
あたしは別に食いたくないので、どうでもいい。
そんなことより早く帰りた……あっ!
「フレディ! 向こうは今何時だ!」
「えっ? ちょっと待ってください……15時半ですね」
やばい! とっくに映画終わってる! 死んでると思われて火葬されたかも!
それはさすがにまだ早いだろうが、とりあえずあたしは頭を抱えてうずくまることにした。
なぜかフレディは悟ったような顔でうずくまるあたしを見ている。
「ああ、千鳥さんは確かお友達と映画を観ている途中だったんですよね。大丈夫、ちゃんと手は打ってあります」
フレディは自信満々で親指を立てた。
「手って……?」
うずくまった状態から顔を上げ、フレディを見る。
不安だ……。嫌な予感がする。
「一時的に代わりの魂を送っておきました。長時間は持ちませんが、しばらくは千鳥さんの体を動かしてくれますよ」
なーんだそれなら安心……なわけないだろ。
あたしじゃない誰かが、あたしの体に入って自由に動かしてるって嫌すぎる。
早く帰ろう。
「あ、帰る前に一緒に写真撮りましょう……はい、スマホ」
フレディがあたしにスマホを渡してくる。
早く帰りたいんだが……まあいいか。
スマホを受け取り、フレディが横に立って、あたしが屈んで、2人が入るようにスマホを前方に掲げて、はいチーズ。
「綺麗に撮れました?」
撮れた写真を確認すると、ニッコニコのフレディと、微妙な笑顔のあたしが写っていた。
「あとで千鳥さんのスマホにメールでこの写真送りますね」
写真を見たフレディは満足気に笑った。
「じゃあアドレス登録しとくか」
パパっと登録してスマホをフレディに渡す。
異世界からメールが来るなんてちょっと楽しみだな。
「んじゃ、帰るぜ」
「あっ、ちょっと待ってください。大事な物を忘れてますよ」
そう言ってフレディはポケットから綺麗な石を取り出す。
完全に忘れてた。
「あー……大事なもんだったら、別にいいぞ(いらないし)」
「いえ、友情の証と思って、もらってください」
笑顔で綺麗な石を差し出すフレディ。
そうまで言われたらもらうしかない。手を出してフレディから石を受け取り、それを見つめる。
友情の証ね。てか、神様が人間と友達になってもいいのか? ……まあ、あたしは別にいいけど。
神様のフレディがいいんならいいんだろう。
そう、てきとーに納得し、あたしは元の世界に帰った。