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第15話

 おばちゃんは金髪バーコードハゲに近づくと、大声で叱り始めた。

 でかい声なのでもちろんあたし達にも聞こえる。しかし、目の前にいてうるさいほどおばちゃんの声が聞こえているはずの金髪バーコードハゲは、俯いたまま無言だ。

 もしかしたら聞こえないだけでなにか言っているのかもと思ったが、おばちゃんの言動から察するに、それはなさそうだ。


「なんであの人、海賊なんてやってたんでしょうね?」


 顎に人差し指を当て、首を傾げるフレディ。

 あたしはその理由になんとなく気付いていた。


「サメトカゲを獲らせないためだろ」


 漁を妨害すればサメトカゲは獲れないし、そうすれば当然、食べることもできない。

 実に単純でわかりやすく馬鹿でも思いつく方法だ。おっさん達がかしこければ、もっと早く海賊はぼこられていただろう。

 あたしは海賊の下っ端の一人に近づき、剥ぎ取る様に仮面だけを蹴り上げた。


「あれ? この人……」


 見覚えのある顔に、フレディは驚きの声を上げる。

 仮面の下は、港の飯屋でフレディとやりあったおばちゃんだった。

 おばちゃんはばつが悪そうに目を伏せた。


「あっ! こいつ知ってるぞ! いつも港にきてサメトカゲ獲るなとかギャーギャー騒いでるやつらだ!」


 おっさんが別の海賊の仮面を外した。

 そいつも港の飯屋にいたやつだ。


「これは一体どういうことでしょう?」


 フレディがキョトンとして首を傾げる。


「こいつらがサメトカゲを獲らせないために海賊のふりをして漁を妨害してたんだよ」


 仮面とマントは正体がばれない様にするため。

 剣を抜いても襲い掛かって来なかったのは、さすがに人殺しまではできないからだろう。

 しかしまあ、サメトカゲとやらを守るために海賊のまねごとまでするとは、よくやるねぇ……。


「なるほどー。でもサメトカゲって元々食用に作った生き物ですよ。獲って食べなきゃ存在の価値がありません」


 バッサリと言い切るフレディ。

 食べられるために作られた生き物って、なんだか気の毒だな。

 それよりも、気になっていたことをまで聞いていない。


「そういえばなんでおばちゃんも最能を――」

「かーちゃんが悪いんだろ!!」


 船の外から聞こえた大声があたしの声を遮った。

 ふたたび船の外を見てみると、金髪バーコードハゲ……って長いな、もうハゲでいいかな。でも、おっさん達もみんなハゲてるから紛らわしいんだよな。ああもう、金髪ハゲでいいや。

 金髪ハゲがおばちゃんを睨んでいた。


「なにが悪いって言うんだい? かーちゃんがあんたになにかしたかい?」


 おばちゃんはわけがわからないというふうに、頭をポリポリ掻いている。

 かーちゃんというのは子供のことをわかっているようでわかっていないものだ。

 あんたに似合うからとか言って、よくわからんメーカーのクソださいTシャツ買ってきたり、あたしの買った読みかけの雑誌を、自分は読んだからって勝手に捨てたり……ああ、これはうちのかーちゃんか。

 つい自分の親と重ねてしまった。そういえば今日の晩飯は餃子って言ってたなぁ。

 少し腹の減ってきたあたしは、好物の餃子を想像し、唾を飲んだ。


「サメトカゲだよ! 小さいときから毎日毎日あれを食わされたせいで俺は……俺は……」


 その場にいる全員が?な顔をしている。

 サメトカゲを食ったからなんだって言うんだ? 嫌いな食べ物だったのか?


「ハゲるんだよ! あれ食べると! 見ろ俺の頭を! まだ二十歳だってのにこの頭だ!」


 金髪ハゲは自分の頭を指差し言った。

 衝撃の発言。まさか二十歳だったなんて……。どう見ても40代のおっさんにしか見えん。

 いや、それはどうでもいいか。サメトカゲを食べるとハゲるってどういうことだ?

 あたしはなんとなくおっさん連中に目を向けた。


「なに言ってんだあいつ?」

「そんなわけないだろ?」

「ありえん」


 と、頭頂部がさびしいおっさん共は言っている。

 どうやらハゲるのは本当みたいだ。そういえば港町の飯屋の店長もハゲていた。


「それを言っても、かーちゃんは毎日サメトカゲを俺に食わせた。だから俺はサメトカゲ保護団体をやったり、海賊をやったりしてサメトカゲを獲らせないようにしたんだ。獲れなければ食わされないですむからな」


 う~ん……なんだかむちゃくちゃな奴だな。ハゲたくないからってそこまでするか? いや、二十歳の男にとって毛髪は重要ってのはわかるけども……。

 てか、単に食べなければよかったんじゃないか? もう手遅れかもしれんけど。


「じゃあ食べなければいいじゃないですかー」


 フレディが口の前で輪を作って金髪ハゲに言う。


「飯残すとむちゃくちゃ怒るんだよ! うちのかーちゃんは!」


 うん、わかる。うちのかーちゃんも飯残すとむっちゃ怒るわ。

 ダイエットしてるから飯は少しでいいって言っても、茶碗に大盛りでよそうしな。そんで残すと米粒の神様がうんたらと長い説教が始まるんだ。


「…………」


 おばちゃんはなにも言わず、黙って聞いている。


「なんだよ? 嘘だって言うのか? ならなんで町の男みんなハゲてんだよ! 町の人間に共通してることって言ったらサメトカゲ食ってるってことしかないだろ!」


 根拠に乏しいが、可能性がないとも言えないか。

 あたしはフレディの頭を人差し指でトンと叩いた。


「そういえば昔、部下がそんな事を言っていたような気がしますねぇ。まあ、改善するって言って1000年くらい経っちゃいましたけど」


 テヘヘと頭をポリポリ掻きながら笑うフレディ。

 この神様は……。

 頭をもう一度指でトンと叩いた。今度は強めに。


「……言いたいことはそれだけかい?」


 おばちゃんが低い声で唸るように言った。


「えっ――」


 瞬間、おばちゃんが金髪ハゲの顔面をぶん殴った。

 吹っ飛び、頭からドボンと海に落ちて沈む金髪ハゲ。

 1日に2度も顔面をぶん殴られるなんてそうそうないだろう。


 しばらくすると荒い呼吸をしながら海面に手をつき、頭を出した。


「人様に迷惑をかけたんだ。反省しな」


 おばちゃんの声にはなんとなく力がない。

 息子に失望しているのか、自分のせいで息子はこんなことをしてしまったと、自分を責めているのか。

 それはあたしにはわからなかった。


「うるさいうるさいうるさい! クソ! もう、どうにでもなっちまえ!」


 金髪ハゲはふたたび海に潜った。

 なにをする気だ?


「おい、あれなんだ?」


 おっさんがなにかを指差す。

 指の方向に目をやると、巨大なサメの背びれが海面を走っているのが見えた。

 ……なにやら面倒なことが起こる予感がする。


 それは船のやや近くまで来ると、イルカの様に跳ねた。


「クジラ? じゃねぇなぁ……」


 それは恐ろしくでかいサメ……に似た生き物だった。

 サメと違うのはトカゲの様な手足と長い尻尾があること。

 あたしはこの生き物を知らない。だが、もう見た目でわかる。これがあの生き物だろう。


「なるほど、あれがサメトカゲか」


 予想よりでかく、予想より気持ちの悪い生き物だ。


「ええ……まあ、そうなんですけど。サメトカゲってこれくらいのはずですよ」


 フレディが両手で1メートルくらいの幅を作った。

 いやいや、あれはどう見ても50メートルはあるだろ。

 多少、個体差があったとしても、あれとそれはいくらなんでも違い過ぎるぞ。

 あたしは海を泳ぐ巨大な化け物とフレディが両手で作った幅を交互に見た。


「いやーあたしも長年漁師やってるけど、あんなにでかいサメトカゲは初めてだねぇ。食べでがありそうだ」


 いつの間にか戻ってきたおばちゃんがあたしの隣で腕を組みながら言う。


「戻ってきていいのか? 息子はまだ海の中だぜ」


 のんきな事を言っているが、金髪ハゲは今だ海の中。

 能力があるから溺死はしないだろうが、あのデカブツに食われる可能性は十分にある。


「それなら大丈夫だよ。ほら、あそこ見てごらん」


 そう言いながら、おばちゃんは海面にでているサメトカゲのでかい背びれを指差した。

 なんだと思いよく見てみると、サメトカゲの背びれにつかまり、こちらに向かってファックユーしている金髪ハゲが見えた。


「ほんと、一番安全なとこにいるわ」

「これでわかりました。あれは転生特典で出現した特別なサメトカゲですよ」


 フレディが納得したように腕を組み、うんうんと頷く。

 冷静に分析している場合じゃないと思うが。

 あのサメトカゲは知らんが、金髪ハゲはこちらに敵意を持っている。

 つまり今後どうなるかと言うと……。


「うわあぁぁ!!」


 おっさん達と海賊、おばちゃんとフレディが叫ぶ。

 その理由は簡単。

 海から飛び出したサメトカゲが、はるか上空からあたし達の乗った船をつぶそうとしているからだ。

 全員、空を見上げて恐怖の顔をしている。

 ……ただ一人、あたしを除いて。

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