第14話
こっちに来てからどれくらい時間がたっただろうか?
正確にはわからないが、おそらく2時間以上はたっているはずだ。
となると、そろそろ向こうに戻らないと映画が終わってしまうかもしれない。
手にしているスマホでは13時半過ぎくらいだが、これはどっちの時間だろう?
映画の上映時間は確か3時間。スマホが向こうの時間を示しているのなら、終わるまでもう1時間もない。
「フレディ、このスマホの時間ってこっちの世界のか?」
こちらに背を向け、海を眺めているフレディに尋ねる。
「向こうの時間ですよ。こっちではあまり使わないので」
振り向き、答えるフレディ。
なんだこっちではって?
いや、いい、考えないようにしよう。頭痛い。
それよりも時間だ。
この時間が向こうの時間なら、一度戻った方がいい。
向こうのあたしは今、魂のない抜け殻状態。映画が終わって麻美や真理香があたしの様子が変なことに気付いたら、救急車をよばれて病院に担ぎ込まれてしまう。
下手をすれば死んだことにされ、そのまま通夜やら葬式やらをしめやかに行われて、最悪、火葬される。それはまずい……。
いくらあたしが頑丈でも、火葬は……あーどうだろう。意外と大丈夫かも。いや、そういう問題じゃない。早く帰らねば。
そう思い、あたしは一旦帰してもらおうとフレディに話しかけ――。
「あっ! こっちに船が向かって来ます!」
あたしの口が開く前にフレディが先に声を上げる。
声につられてフレディが向いている方向に目をやると、1隻の帆船がこちらにやって来るのが見えた。
その船はどんどんとあたし達の乗ったボロ船に近づき、とうとう真横につく。
なんだ? もしかして海賊? だったら調度いい。速攻でぶっ倒して帰ろう。
しばらくすると向こうの船からこっちの船にはしごが掛けられ、同じ仮面に全身を覆うマントを纏った奇妙な連中がぞろぞろと一列になってこちらに乗り込んできた。
ん? なにか変だな? あたしは「ヒャッハー! 獲物だ! 獲物だ! 奪いまくれー!」と叫びながら乗り込んでくる下品な海賊を想像してたのだが、なんだかずいぶんとおとなしい。
もしかして海賊じゃないのか? だとしても、友好的には見えない。
あたしは会話ができるよう、フレディの頭に手をのせた。
「……全員、船から降りろ」
仮面の一人が落ち着いた声でそう言った。
無理だろ。
あたし一人なら海に飛び込んでも港まで泳いで戻れるが、他のグロッキーしている酔っ払いどもに船を降りろと言うのは、死ねと言っているのと同じだ。
……まあ、降りる気なんてさらさらないし必要もないが。
「降りろって? 嫌だね。どうしてもって言うなら力ずくで降ろしてみるんだな」
腰に右手を当て、ニヤリと笑って挑発してみる。
仮面の連中は無言で腰に差している剣を抜き、あたしに向けた。
あたしはただそこに立ち、襲い掛かってくるのを待つ。
…………来ない。なんだこいつら? やっぱり海賊じゃないのか?
剣をこちらに向けたまま動かない仮面の集団。
埒があかないのでこっちから仕掛けようとしたその時、倒れていた酔っ払い共が起きだしてくるのが横目で見えた。
「あ~……気持ち悪……ん? あっ! 海賊! この野郎てめえらぁ!!」
やっぱりこいつら海賊なのか。
おっさん達は海賊を見つけると武器も持たずに襲い掛かって、次々と海に放り込んでいった。
驚いた海賊達は慌てて自分達の船に逃げ帰る。当然、おっさん達はそれを追っていく。
海賊が思った以上に弱いので、もうおっさん達だけに任せといても大丈夫だと思ったが、一応あたしとフレディも付いて行った。
……
はしごを渡って海賊の船に着くと、おっさん達が円になって一箇所に集まっているのが見えた。
その中心には海賊がおり、剣を持っているにもかかわらず無手のおっさん達にびびって震えている。
このまま海賊達がおっさん達にボコボコにされてしまうのは自業自得なのでしかたないが、おっさん達は気が立っているのでやり過ぎて殺してしまうかもしれない。
いくら相手が海賊といっても、人が殺されるのを黙って見ているわけにもいかないので、やばいと思ったら止めようと注視することにした。
「ゆ、ゆゆゆゆ許してください!」
震えながら許しを請う仮面の海賊。
なんだかどいつもこいつも腕が細っこく、とても弱そう。
こんな奴らがよく今まで海賊なんてやってこれたもんだ。
「許さん。殴る、蹴る、絞める!」
おっさん達が腕を振り上げると、海賊たちは「ヒィッ!」と言って頭を抱える。
――と、その時、扉が開き、船の中から誰か出てきた。
その誰かは一際目立つ派手な仮面を被っており、一目で他の海賊とは立場が違うとわかる。
「あっ、船長」
「えっ? えっ? なに? どしたの?」
海賊たちに船長と呼ばれたそいつは、状況が飲み込めていないのか扉の前で呆然と立ち尽くす。
おっさんを見る海賊の船長。海賊の船長を見るおっさん。――刹那の沈黙の後、先に動いたのはおっさんだった。
「おいゴラァァァァァ!! てめえが船長かぁぁぁ!!」
おっさんがダッシュし、殴りかかった。
ようやく状況を把握したのか、海賊の船長は慌てた様子で逃げようとする。
しかし、先に動いたおっさんの方が早く、おっさんの右拳が海賊の船長の顔面にクリティカルヒットした。
あまりの強烈な一撃に被っていた仮面は砕け散り、海賊の船長は悲鳴を上げる間もなく吹っ飛んで、海へと落ちていった。
「……」
……妙だな。
自分達の船長が海に落ちたってのに、他の海賊達は無反応だ。
あたしはなんとなく、船長の派手仮面が落ちた場所を見た。
「なんだありゃ?」
見間違いか?
海の上にびしょ濡れのハゲたおっさん立っている。
仮面が砕けて素顔になっているが、服装からして先程、漁師のおっさんにぶん殴られた海賊の船長だろう。
「おい、フレディ。あれはどうなってんだ?」
見えないだけで極小の岩にでも乗っているんだろうか?
フレディは身を乗り出し海賊の船長を見た。
「あっ、あれは最能ですね。【シーウォーカー】っていう海の上を歩けるメルヘンチックな最能です」
なるほど。図らずもチート転生者に出会ってしまったわけか。
てかメルヘンチックな最能って……あれ、ハゲたおっさんだぞ。
海の上に立っている船長は殴られた場所を押さえながら、どうしたらいいか迷っている様子だ。
というか、あのおっさん見覚えがあるな。確か港町の飯屋で――。
「あー……もうほとんど終わってるみたいだねぇ」
振り返るとおばちゃんがだるそうに立っていた。
まだ酔いが醒めずに気分が悪いのか、吐きそうな顔で頭を押さえている。
この様子から察するに、今さっき起きたっぽい。
「ああ、あとはあそこにいるあいつをどうするかだな」
ふたたび、海の上に立っているハゲたおっさんを見た。
どっかで見たことあると思ったら、あのハゲ、飯屋にいたサメトカゲ食うなとか言ってた金髪バーコードハゲじゃねーか。
なんで海賊なんてやってんだ?
その理由になんとなく気付きそうになった時、あたしの隣でおばちゃんが海賊の船長を見て大声を上げた。
「タッカーシ! タッカーシじゃないか! あんた、こんなところでなにやってんだい!?」
驚いた表情のおばちゃん。大声を聞いて、海賊をボコっていたおっさん達も集まってきた。
なんだ? 知り合いか? 向こうも驚いたのか、なんだか慌てているように見える。
「知り合い?」
海賊の船長を親指で指し示す。
「……息子だよ」
おばちゃんは左手で顔を覆い、うなだれながらポツリと言った。
息子って……あれおっさんだぞ。おばちゃん歳いくつだよ。
あの金髪バーコードはどう見ても40は過ぎている。
それのかーちゃんてなると、最低でも60はいってるだろう。
しかし、おばちゃんはどう見てもそんなに歳をとっている様には見えない。
「こらぁ! タッカーシ! なんで海賊なんてやってんだい! 答えな! タッカーシ! かーちゃんの声が聞こえないのかい! タッカーシ!」
おばちゃんが大声で怒鳴り続ける。
それに対して金髪バーコードは俯き、無言。
時間だけが無駄に過ぎていった……。
やがてしびれを切らしたのか、おばちゃんが海に飛び込もうとする。
あたしは当然それを止めた。
「待て待て。そんなふらついた状態で海に飛び込んだらあぶねーぞ」
おばちゃんはまだ体に酒が残っているのか、若干ふらついている。
吐きまくっていたので、体調も良くなさそうだ。
漁師なら泳ぐのは得意なんだろうが、この状態で海に飛び込ますのはあぶない。
「大丈夫だよ。あたしもあの子と同じだからね」
おばちゃんはそう言うと、あたしの静止も聞かずに海に飛び込んだ。
ドボンという音と共に水しぶきが上がり、しばらくして海面から頭を出す。
そして次に海から両手を出し、海面に手をつき足を出してその場に立った。
なんだ? どうなってるんだ?
あたしはフレディの頭をポンと叩く。
「あ、思い出しました。なるほど、あの親子さんでしたか~」
フレディは胸の前で両手をパンっと叩き合せた。