第10話
フレディはふたたび砂の城に向き直り、製作を再開した。その城はやたらクオリティが高いが、一人で作ったんだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
あたしは砂の城を挟んで、フレディの向かい側に回り、あぐらをかいた。
一体、フレディはなにをやっているのだろうか?
知らない人が見れば、子供が砂で遊んでいるだけだと思うだろう。
しかし、フレディはこう見えても神様だ。こんなところで一人さびしく砂遊びをしているとは考えにくい。
おそらくこれには意味がある。
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しばらくして、フレディが口を開いた。
「わたし、なにやってるんでしょう?」
「知らねーよ!」
反射的につっこんだ。
なにこれ? ボケ? なげーよ!
こんなくだらないボケに10分くらい付き合っちまった。バカバカしい。
やはりフレディは神様らしくない。この考えが覆ることは永遠になさそうだ。
「で、今回の転生者はこの城の王様か? こりゃ骨が折れるな」
あたしは砂の城を指差す。
「違いますよ。こんなところに人が住んでるわけないじゃないですか」
ジョークに決まってるだろ。皮肉の通じない神様だな。
「今回はですね、なんとあのサメトカゲを食べに行きますよ」
うれしそうに立ち上がり、ニコニコとあたしを見るフレディ。
あたしは無言で近づき、フレディの両ほっぺを掴んだ。
「いふぁふぁ!」
「あたしは飯番組のレポーターじゃねんだよ。まさか、そんな気持ちの悪いもん食わせるためだけに呼んだんじゃねーだろうな?」
手を離し、返答を待つ。
フレディは1度、咳払いをし、真剣な顔であたしを見た。
そして一言。
「そうです」
今度は強めにほっぺたを掴んでやった。
……
視界には広くて綺麗な海だけが映っている。
耳に入るのは波の音だけ。広くて静かな海岸にあたし一人。
ゆったりと流れていく時間。じつにのんびりしていて心地がいい。
あたしは目を瞑り、波の音に耳を傾けた。
「いーじゃないですかー。食べに行きましょうよ。サメトカゲ」
雑音が聞こえるが無視しよう。
「この近くにある港町の名物なんですよー」
海に向かってあぐらをかいているあたしの前に、フレディがちょこんとしゃがむ。
「うるさい。トカゲなんか食わん。食いたきゃ1人で行け」
「友達を連れて行くと割引になるんですよ」
知るかそんなの。
だいたい、友達じゃねーだろ。
ねだるような目でこっちを見てくるフレディを無視して、あたしはその場に寝転がった。
やわらかく、ほんのり暖かい砂が背中を迎える。
気持ちよくてこのまま眠ってしまいそうだ。
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……10分程たった。
フレディがなにも言わない。
あきらめたか?
片目を開け、フレディを見る。
「えっ?」
そこには白いワンピースの裾をギュっと掴み、下唇を噛みながら無言で泣いている神様がいた。
神様がこんなことで泣くなよ……。
フレディはほしいおもちゃが買ってもらえずに、おもちゃ売り場に立ち尽くす子供のような目であたしを見ている。
放っておけば、ずっとこうしているかもしれない。
あたしは「めんどくせぇなぁ……」と言いながら、体を起こした。
「わかった。一緒にトカゲ食えばいいんだろ。好きにしろよ」
それを聞き、手で涙を拭くフレディ。
目元が真っ赤だ。
「ヒグ……本当ですか? ヒック……うそついちゃ嫌ですよ」
「うそじゃねぇよ。ほら、行こうぜ」
立ち上がり、砂を払う。
涙を拭き終わったフレディは、あたしを見てニコっと笑う。
子供好きならここでキュンとくるかもしれないが、生憎あたしは子供好きじゃないし、フレディを子供だとも思っていない。
思っているのは、トカゲなんか食いたくないということだけだ。
「それじゃあ、さっそく案内しますね」
嬉しそうにトコトコと歩いていくフレディの後ろを、あたしはのっそりとついて行った。
……
港町に着き、あたしとフレディはサメトカゲとやらが食える店へと入る。
店内は客がおらず、昼時とは思えないほどがらがらだ。
大丈夫なのか? この店。
普通、飯屋といったら昼時は慌しいものだと思うが、この店は客がいないどころか、店員すら見当たらない。
若干の不安……。
しかし、フレディはそれを気にする様子も無く、奥のカウンター席に座った。
あたしもそれに続いて、隣に座る。
しばらくすると、ヒゲを生やした店長っぽいおっさんが注文を取りに来た。
「サメトカゲのステーキ2つください。あ、友達連れてるから割引ですよね?」
おっさんが注文を聞く前に、フレディがこの世界の言葉で注文する。
「千鳥さんのおかげで割引になりますよ。割引に」
せこい神様だ。
「すいません……。今、サメトカゲないんですよ」
申し訳なさそうに頭を下げるおっさん。
ハゲてる。それはどうでもいいか。
「サメトカゲはこの町の名物でしょう! ないってなんですか!」
隣でフレディが身を乗り出しておっさんに食って掛かる。
言葉はわからないが、おそらく品切れとかそんなとこだろう。
てか、そんな怒んなくてもいいだろ。どんだけトカゲ食いたいんだよ。
恥ずかしい。他の客がいたら他人のふりをするところだ。
別にトカゲなんか食いたくないあたしは、出された水を飲みながら読めないメニュー表をボーっと眺めていた。
「千鳥さんもなにか言ってやってください!」
フレディがあたしの肩をつかむ。
放っておいてはくれないみたいだ。
どうでもいいんだけどなぁ……。
ため息を吐くあたし。
しかたないので、おっさんに話を聞くことにした。