第8話
「ウゴガアアアアアアアァァァァァ!!!」
叫びと共にサルはあたしを投げ飛ばした。
フレディの時より強く投げたのか、勢いで顔から壁に激突しそうになる。
しかし寸前のところでクルっと回転して壁を蹴り、一旦飛んで綺麗に着地。
スマホがあれば誰かに動画を撮っておいてほしかったな。
顔を上げると視界には痛みで小屋中を転げまわるサルと、慌てふためく女の姿。
フレディはサルがぶつかって来ないように避難しているのか、小屋のすみっこの方にいた。
「やり過ぎたか」
なんだか動物虐待をしたような気分になり、心が痛む。
……小指にしとけばよかったかな。
サルは叫びながら小屋の扉を壊して、外へと逃げて行ってしまった。
「待って! ダーリン!」
女もそれに続く。
サルは逃がしてもいいが、女を逃がすわけには行かない。
あたしは急いで女を追った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいー」
と言いながら、トコトコと追ってくるフレディの足音が後ろから聞こえた。
……
外に出ると女が一人でうずくまっていた。
なにやらうーうー唸っていて気持ちが悪い。
「あんたらのせいでぇ……ダーリンがぁ……ダーリンがぁ……許せないぃぃ……。殺してやる殺してやる殺してやる!!!」
フレディに触れてないから、なに言ってるかわからん。
けど、ものすごい殺意をぶつけてきているのはなんとなくわかる。
「おサルさんはどこかに行っちゃいましたか?」
遅れて小屋からフレディが出てきた。
やたらと辺りを警戒しているが、サルが怖かったんだろうか?
「ああ、女置いてどっか行っちまったよ。てか、神様がたかがサルにびびんなよ」
「いや、怖いですよ。動物園の園長さんだってライオンやクマが園内をうろうろしてたら怖いでしょう」
うん、まあ、そうかもしれんけど……。
どうでもいいので、この話はこれで終わりにしよう。
視線を女の方に戻すと、いつの間にか立ち上がっていた。
背中を丸めて両の腕をダランと下げ、顔は長い髪が覆って隠れている。
「許さない許さない許さない……。わたし達の愛の巣を犯しただけじゃなく、ダーリンも傷つけた……。許せない許せない許せない……」
なにを言っているかはわからないが、ぶつぶつと鬱陶しく不快だ。。
フレディがこっちに来たので頭に触れれば言葉はわかるが、もはやこいつからなにかを聞く必要も、かける言葉も無い。軽くぶっ飛ばして終わりにしよう。
そう思い、女に近づく。
……んん?
なんかさっきより女がでかくなっているような気がする。
――いや、確実にでかい。着ている服もビリビリと破れ、2メートルくらいになっている。
破れた服の隙間からはさっきのサルのような濃い体毛が生え、なおもでかくなり続けていく。
これは一体……。
「特典、特典ですよ千鳥さん! 転生特典を使ったんです!」
少し後ろの方からフレディの声が聞こえた。
使うとは思っていたが、まさかサルになるとは予想外だ。
あたしは後ろ向きに歩き、フレディのところまで戻った。
「まさか能力使ってサルになっちまうとはなぁ……。どんだけサルが好きなんだ。あの女」
「前世での死因が、おサルさんに性的なイタズラをしようとして噛み付かれた、ですからねぇ」
フレディが肩をすくめ、ふーっとため息を吐く。
恐ろしくみっともない死に方だ。
そんなみっともない前世の記憶をわざわざ残して転生させるって、この神様は鬼か。
あたしは女に少し同情した。
「なんであんなイカれた女に前世の記憶と能力を与えたんだよ」
「愛するおサルさんに噛まれて死ぬなんて、気の毒でかわいそうじゃないですか」
確かにいろんな意味で気の毒ではあるが……。
そんなことを話している間にも、女はどんどんでかくなっていく。
たぶん、もう5メートル以上はあると思う。
「じゅ、10メートルくらいになっちゃうんですかねぇ」
見上げながらフレディがびびっている。
無理もない。さっきのサルよりもあきらかにでかいのだから。
あたしにとってはどんなにでかくなろうと関係ない。所詮はサル。人間様のあたしに勝てるはずがない。
どうぞでかくなれ。そして少しはあたしを楽しませてみろ。
そう思い、あたしは腕を組んでサル女がでかくなりきるのを待つ。
――が、そこで重大なことに気付いた。
「やっべ、もうすぐ昼休み終わる」
こっちに来てから30分ほどたった。
そろそろ起きなければ授業が始まってしまう。
「うわーすごい。キングコングみたいです。これはいくら千鳥さんでも……。千鳥さん?」
あたしはおもむろに、でかくなり続けるサル女に近づき、軽く飛び上がって顔面にドロップキックを食らわした。
「ウゴ!!」
「ええっ!」
サル女の呻きとフレディが上げた驚きの声が同時に聞こえた。
……
「ふぅ……」
前世の記憶と能力を回収し終え、一息つくフレディ。
能力を失ったせいか、サル女は元の女に戻っている。
ただ、蹴ったときのアザが顔に残っており、今後人生に影響がでそうだ。知らんけど。
「んー……なんというか……あっけない幕切れでしたねぇ」
蹴り一発で気絶し、今は仰向けに倒れている女を見下ろしながらフレディが言う。
なんだか納得がいかない様子だ。
「完全に大きくなるのを待ってあげてもよかったんじゃないですか? なんかちょっと卑怯といいますか……」
「しょうがないだろ。時間ないんだから」
そう言いながら、あたしは女が倒れるときに巻き込まれて倒木した木に腰掛ける。
なにを言い出すかと思えば、くだらない。
いつから喧嘩にルールが設けられた? 勝てばいいんだよ喧嘩なんて。
「まあ、わたしとしては前世の記憶と能力を回収できればそれでいいんですけどね」
フレディは親指を立て、歯をむき出してニカっと笑った。
びびったり、泣き叫んだり、笑ったりと表情豊かな神様だ。
「さて、帰るぜ。金は忘れるなよ」
大丈夫だとは思うが、一応、念を押しとく。
「わかってますよ。そういえばお金はなにに使っているんですか?」
「あー……ほとんど貯金かな」
その言葉に、フレディは意外そうな顔をした。
「なんだよ?」
「いえ、千鳥さんのことだから、どうせ外国為替証拠金取引(fx)にでも突っ込んで、むしろ借金を作ってしまっているのではと思っていたので……。意外に堅実なんですね」
失礼だな、おい。
あたしは無言でフレディの頭をポコリと叩いた。
……
ガバっと起き上がり教室の時計を確認すると、授業開始5分前だった。
あの後、フレディが思い出しましたとか言って、昨日拾った綺麗な石について熱く語り始めたときは、授業に遅れるかと思ったが、なんとか間に合ったようだ。
机を見ると前回と同じく茶封筒が置いてあり、ちゃんと金が入っていた。今更だがどうやって置いているのか不思議だ。
「あ、ニトリン起きた。もうすぐ授業が始まるよ」
前の席の麻美がこっちを向く。
あたしは「ああ」と言って、机から教科書とノートを出す。
「そういえばさ、キングコング対自由の女神、最後どうなったと思う?」
まだその話を続けるのか。
朝さんざん聞いたから、というより、最初からどうでもいい。
「さあなぁ……。自由の女神がキングコングの顔面にドロップキックを入れて勝ったんじゃね?」
「あれ? 正解。よくわかったね」
……やっぱりクソ映画だ。
次回更新は来週の金曜日になります。