06
何かが見える。
僕はこんな話を他人にしたことがなかった。する必要がないし、知る必要もないから。
なぜ僕がそれを何かと呼ぶのか――それは僕の目にしか映らず、僕だけが知ることができ、僕が名前をつけていないから何かなのだ。まぁ他にも見える人はいるかもしれないし、もしその人が、きみが何かと呼んでいるものはまぎれもなく妖怪だよ――なんていってくれればその日から僕の中での何かは妖怪になるのだけれど。
とにかく通常思考の普通の生活をしている者にこの話をしたところでただただ僕の精神状態を疑われるわけで。言うつもりもないんだけどさ。いや、無かったんだけどさ。
「なによそれ」
「幽霊、妖怪、もののけ。そんなものはいないけれど、本にもネットにも挙がらない――僕だけしか知らない存在を知ってるっていってんだ」
僕がうって変わって自らの秘密らしきことを暴露したからか――彼女は敵意丸出しである。
彼女は僕から一瞬たりとも目をそらさない。瞬きすら一度もしていないかもしれない。
「このことは妹含め誰にも話したことがなかったけれど――明かさなきゃお前は引いてくれないだろうしな。もしお前が自分が見えないものを見える僕を、ただその事を確認しにきただけなのだったらこの話はここで終わりだ。例えそれ以外のなにかがあったとしても僕にはなにもできない。他の神社の神主と同じ様になんの意味もないお払いをしてやることくらいだ」
嘘はつかなかった。
見透かされるような気がして――いや、見透かされるの前に嘘をつくことすらきっとできなかっただろう。彼女の目は――そう言う目だ。
「ふーん……本当はよくしゃべるのね。聞いてもいないことまで」
「観念したんだよ」
「まぁ、話に聞いていたのと少し食い違いがあるけれど――一応あなたで間違いはなさそうね」
彼女の顔から少し緊張感が薄れてきた。
「疑いが晴れて良かったよ」
「疑ってた訳じゃないわよ」
思いっきり何かを疑ってる目だったじゃねぇか。
「あぁ、言葉が足らなかったわね。さっきまでは何一つ疑ってませんでした。けれど今は疑っています。が、正しいわね」
「いや、話の大半が終わったのにまだ疑われているというのなら、僕への疑いは一生晴れることはないよな?」
――僕は一つ背伸びを入れた。
明日からも忙しいのに嫌に時間くっちゃったな。このあとこの子を送らなくちゃならないし――めんどくさいけれど何かあってからでは遅いしな。この子の場合は何かしてからでは、のが正しいか。
「よし、話も終わったことだし終わりにしようぜ。夜道は危ないから念のため送っていくよ――そういえばさ、まだお前の名前きいてないんだけど」
「儚守よ」
儚守――か。
これは驚いたな。
儚守家はこの辺り一帯を仕切っている大地主だ。僕もこちらへ越してきた時に挨拶にいったけれど塀に囲まれた馬鹿でかい屋敷の入り口が見当たらず、三〇分ほどさ迷った。およそ半周した辺りで入り口を見つけたので、儚守家を徒歩で一周するには一時間かかることになる。更には山を三つ、牧場を一つ有した上、墓地を四ヶ所ほど管理しているらしい。少しでいいから土地をわけてほしいものだ。
「下の名前は?」
「なによ。出会って一時間たらずで私のことを下の名前で呼ぶつもり? もしかして浮世語くんって見かけによらずプレイボーイ?」
「見かけによらずはよけいなんだよ」
つかプレイボーイって表現も古いんだよ。
「別にプレイボーイってわけじゃないんだけど初対面のときって聞くもんじゃないのか?」
「どうなのかしらね。まぁどちらにしても言わないけれど」
そして言わねぇのかよ。
「それにしても儚守さんとこのご息女か。僕、こっちへ越してきたばかりのとき挨拶にいったんだぜ」
「知ってるわ」
「は? あの時家にいたのか? 僕は儚守を見た覚えがないんだけど。それより、知っているなら僕が浮世語かという質問の意味がないよな」
やっぱりお嬢様ってのは変わり者が多いんだな――とか。僕はそんな決まりきったお嬢様に対する偏見を口に出そうと思ったが、留めた。
「意味はあるわ」
「どういう意味があるんだよ」
「ほら、人と人って話してみるとある程度相手のことがわかるじゃない。それも緊張だったり緊迫だったり、そんな特別な状況下ならなおさらね」
「まぁある程度ならな。気が合うな、だとか。その人間の善悪くらいはなんとなく感じ取れるよな」
話の中で、自分の中にある定型と相手が出す言葉を照らし合わせると――その相手の言葉が善か悪か。そう言うのって実際感覚なのだけれど割と合ってたりする。
「私はね、見えるのよ。はっきりと。あなたが何かを見ることが出来るように、私は人の奥底にあるなにかが見えるの。だからこそ先に話す。話を聞き、相手のことを聞く」
儚守もまた、影を押し付けた僕と同じく、影を背負うものとしてなにかが見えるのか――
えっ――ちょっと待てよ。
「お前――父親どうした」
「父親?」
「僕が妹とたった二人で越してきたとき町になじめるよう最善の努力をしてくれた、あの気さくで気前のいいおっさんだよ! どこかへ出張に行ったんだよな? 儚守家当主がこの町を離れるなんて珍しいって噂になってた」
儚守――彼女は。
「あぁ、父親なら私が殺したわ」
そんな言葉をため息と共に吐き捨てた。
彼女は自分の父親を殺していたのである。