03
掃除が一段落ついた辺りで一度部屋の中を覗きこむ。
二十一時。
壁掛けアナログ時計の針は夜九時を指していた。
よい子だろうがよい子で無かろうが子供は眠る時間である。
「ひまりちゃん。もう九時だぞ。そろそろ切り上げて布団に入れ。あとはお兄ちゃんがやっておくから」
浮世語家のしきたりで――とは言っても二人しかいないのだけれど。浮世語家のしきたりで僕の目の届く限り妹は夜九時就寝と決まっている。
「えぇー、今日位いいじゃない。お手伝いするから」
「いいやだめだね。就寝時間に例外はない。寝る子は育つって言うだろ? お前のおっぱいの成長がそこで止まってしまったらお兄ちゃんはどうすればいいんだよ」
「あたしのおっぱいの成長がここで止まったとして、お兄ちゃんには何一つとして不都合はないよね?」
本気で首をかしげる妹。
全くもってその言葉は正論なのだが兄として僕もここで退くことはできない。
「馬鹿をいうな。お兄ちゃんが一度もおっぱいと言うものに触れることなく生涯を終えてしまいそうな時が来たとして、そんな時お前のおっぱいが頼りないサイズだったら困るだろ」
「なぜそれでお兄ちゃんが困るのかもわからない」
「知らないまま死ぬよりは知ってから死ぬ方がいいからだ」
「そういうものなのかな……でも今くらいの大きさが一番揉みやすいと思うんだけどなぁ」
「はぁ? 馬鹿をいうな。死ぬ間際に今のお前のサイズ程度の胸を揉む位なら僕は北海道まで出向いて牛の父絞りをする」
「あたしとしては私のおっぱいが牛のおっぱいに負けたってことを看過できないよ! あたしがどれ程のものか試しに今触ってみる?」
「きもちわるっ! お前その言葉一回鏡で見てみろよ!」
「言葉は鏡に映らないんだよお兄ちゃん」
絶対いつかその化けの皮を剥いでやる。
「て言うかなんで触ってみる? とか疑問系なんだよ。試してもらう立場であるのなら、そこは僕にお願いするのが礼儀ってもんだろ」
「お願いします触ってください」
どMなのか、はたまたその場だけのノリで生きているのか。
「気持ち悪いこといってんじゃねぇよ。誰が好き好んで妹のおっぱいなんか揉むか。それは最終手段だ」
「そっか。じゃああたしが年をとっておっぱいがしぼんでしまうまえにお兄ちゃんには生涯を終えてもらわなくちゃね」
笑顔でそんなことを言う浮世語ひまり。胸を触らせたいがために兄の死を願う妹の笑顔を見て、この妹をいずれ社会に放さなければならないという親心のような心配と、他人行儀な命の危険を感じた僕だった。
――そんな時。
そんな時だった。
おっぱいを触らせたいがために兄の死を願うなと言うツッコミをいれ一般家庭でよく耳にするであろう心暖まる日常会話が終わるはずだった頃、訪れた沈黙を破るかのように――境内の砂利が擦れる音がした。
まだ夜更けとまではいかないながらもこの神社の立地条件の悪さから、夜九時ともなればそれは商店街でいう深夜三時である。無音が目立つ静寂ならば、木の葉ひとつ落ちる音ですらそれはクランクションにも匹敵しそうなものなのに――その静寂の中、砂利が擦れたのだ。
「あれ? お客さんかな? いらっしゃいませー」
いざ音がした方へ駆け寄らんした妹に対し、神聖なる神社で信仰をもって訪れる人にいらっしゃいませなどというまるで僕らがあなた達をお金として見ていますよと公言するような挨拶をするなというツッコミと、さっきまで怯えていたのは物語冒頭でのキャラ作りかという疑問を持った後、その後感じたものによって半ば反射的に僕は右手を伸ばし妹の進行を遮った。おっぱいに当たった。
「お前は家に戻れ。いや、お堂へ迎え。そして寝ろ」
境内はある程度明かりが灯されているものの、音のしたほうまでその明かりはほとんど届いていない。更にその辺りまでの距離がその見辛さに拍車をかけている。それでも表情や姿かたちが見てとれないまでも、その姿かたち自体がまるで影かの様に輪郭程度は感じてとれる。そしてその影は――二つある。
半ば渋々お堂へ向かう妹を見送った後、僕はその二つの影のいる方へ歩を進めた。
はっきりいって夜の神社に人が来ることは珍しいことではない。いや、浮世神社においては珍しいことではあるけれど――それでも神社と言う商業施設は基本的に年中無休、二十四時間営業である。夜の神社に人がいることは特別気にするような話ではないのだ。
それでも僕は違和感を感じた。
そして体が本能的に鳴らす警笛も。
「こんばんわ。こんな時間に女性が一人ってのは危ないな。何かあったんですか?」
セーラー服に繊細な糸のようなロングヘア。前髪を真っ直ぐに切り揃えた恐らく僕と同い年位の――右目を固く閉ざした女の子が立っていた。