01
「お兄ちゃん、最近女子中学生の間で噂になってる話があるんだけど――聞いたことある?」
境内を掃除している最中、妹は僕にそんな質問をしてきたのだった。しかし女子中学生ではない僕が女子中学生間での噂話を知るはずもなく、だからといって大して気になるわけでもないので知らないとしか答えようがなかったのだった。
「知らないよね。やっぱり知らないか」
「あぁ」
「ホントなのかな?」
「いや、僕はその噂の中身を知らねぇんだよ」
「言うべきか……言わざるべきか」
くどいなぁ。
言いたいならさっさといえよ。気になってきただろ。
「でもお兄ちゃんを巻き込むわけには……」
「闇ノ原さんもあんなことになっちゃったし」
「でもあたしに万が一のことがあったときにはお兄ちゃんに助けを求めないと行けないから説明しておかないと」
ぶつぶつと一人ごとを呟く妹。つか闇ノ原さんって何物なんだよ。どんなことになっちゃったんだよ。
まぁ、色々ぶつくさ言っているけれど――僕は知っている。僕の妹、浮世語ひまりは、散々フラグを立てておきながら――
「ま、いっか」
結局言わないのである。
「おい」
「はい?」
「言え」
おもむろに不思議そうな顔をする妹。
「ごめん、主語と名詞が抜けているから誰に何を話せばいいのかわからないのだけど」
「あぁそうかよ。言う気がねぇんだな? でもいえ。いえよ! 気になるだろ! お前から言ってくれないと僕は女子中学生であるお前に、女子中学生の中で流行っている噂とやらを教えてくれないかな、などとあと十歳年を取っていたら不審者遭遇の事案として挙げられそうな台詞を口にださなくちゃならないだろ」
「あっ! その話か! そ、そだよね! あたしはお兄ちゃんにそんな不審者なる称号を一生背負わせるわけにはいかない」
「いや、お兄ちゃんは例えそうなったとしても一生背負うつもりはないんだ」
***
「……実はね」
一般家庭でよく見られる家族間での会話のキャッチボールが終わったあと、僕みたいに中途半端に大人の階段を上がったものがあまり知り得ない女子中学生の噂の本題に入ろうとしていた。
「なんだよ」
「……」
「早くしろ。僕はお前から女子中学生と会話が弾むようなネタを仕入れた後、境内の掃除の続きをしなくちゃいけねぇんだよ」
「うぅ……でも……」
今日のひまりちゃんはやけに勿体ぶるな。それほどの話なのだろうか。
「なん――」
「怖い!!」
「……いや、頭の中で一周して結論だけ出されても、お兄ちゃんはその話の中身の一辺すら聞いていないから一緒に怖がってあげることもできないんだよ」
「……」
「大丈夫だって。お兄ちゃんがついてるだろ? これまでずっと一緒に生活してきた中でお兄ちゃんが怖がったなんてことがあったか?」
「ある」
「あ? いつだよ。まさか幼い頃一人でトイレにいくのが怖いと一度だけ付き添いをお願いした話を今更持ち出すんじゃないだろうな」
「いやいや、最近だよ! こないだうちの神社の前で若い女の人に道を聞かれたときお兄ちゃんあからさまに怖がってた」
「それは別に怖がってた訳じゃねぇんだよ」
「そのお兄ちゃんの挙動不審な態度を見た女の人も怖がってた」
それは初耳だった。
「つか見てたなら出てきて道案内変わってくれればよかったじゃないか」
「あたしはね、お兄ちゃんの対人スキルを鍛えるために心を鬼にして、体を豆にして隠れて見張ってたんだよ」
「豆って。元から豆みたいに小さいくせにそれ以上縮こまってどうすんだよ」
「お兄ちゃんはあたしのことを豆というけれど、身長はそれほど変わらないじゃない」
「お前は僕を豆にしたいのか鬼にしたいのかどっちだ。十センチも違うだろうが。そして僕の前で、僕の耳が届くところで身長と長尺物の話しはするな」
「それでも最後に言わせて。妹との身長差が十センチってそれは対して声を大にして言えることではないよね」
「馬鹿をいうな。十センチとは定規で指し示せば確かにほんの小さな数値かもしれないけれどよく考えてみろ。僕にあと十センチ身長を伸ばすことができたなら天と地がひっくり返るぞ。天変地異が起きる。更にはその天変地異を利用して万年金欠の浮世語家にも新築の家がたつな」
「ホントに!? このお化け屋敷みたいで軒下に家なしの方達が住み着いていそうなみすぼらしい神社も新しくなるかな!?」
「えっ? あ……あぁ! 間違いないだろうな!それどころか皇居辺りに酷似した造りにすらなりうる」
「すごい! 十センチってそんなにすごかったんだ!」
「そうだ。たかが十センチ。されど十センチ。お前もこれからは十センチもを甘くみないように」
「うん! 心得るよ! だからお兄ちゃんも早くあと十センチ、身長伸ばしてね!」
えっ?
「よかったぁ。あたしこの神社で、このみすぼらしい神社を一生実家と名乗らなければいけないことに大きな不安と嫌悪感を感じていたところだったんだ!」
「はは……いや……そこまで言わなくても」
「いつになったらお兄ちゃんはあと十センチ身長が伸びるかな!?」
「まぁ、いつとは断言できないけれど――」
伸びるといいよな。