第七話 出発
ガラガラガラガラ…
隊商に連なる荷馬車の後ろで
親子熊は足をぶらぶらさせながら、遠ざかるミラの街を眺めた。
ずいぶん長いこと、ミラの城下町の酒場でくすぶっていたシッキムではあったが
旅の魔法使いを生業にしているだけあって
移動手段にはいくつか伝手があった。
その一つが、隣国イルガントとこのミランドを結ぶ、定期隊商の荷物持ちという仕事であった。
空間を操る魔法の一つ、ヨ・ジゲンポ・ケット、をシッキムは使えたのである。ヨ・ジゲンポ・ケット、とは、腹に巻いた魔法の袋に、あり得ないほどのモノを収納する、収納魔法で、その容量は術者の力量に応じる。
シッキムは荷馬車三台分位は収納できる上に、そこそこほかの魔法や剣や弓を使うことができたので、隊商からはそこそこあてにされる存在であった。
だから今回も、いきなり前日に商人ギルドに子供を連れて現れても、イルガンド行きの隊商に加わることができた。
〇〇〇
丘の上の岩場に築かれた天然の要塞であるミラ城と、街の中心を走る王の道の真ん中にある聖堂と、四方に時計板の付いた時計塔は、ほかの建物より群を抜いて高く作られているため、どんなに離れてもなかなか視界から消えることはなかった。
いつまでも、ミラ城から目を離さないオリバーを、シッキムは抱き上げて膝に乗せた。『あと四日、こんな感じの旅になるけど、つらくはないか?』
五歳の子供の大きさの平均なんて、独り者のシッキムには分かりかねたが、オリバーはやや小柄なように感じた。
ミラは、比較的大きな島の北の方にあり、どちらかといえば山岳地帯だ。
ミラの街も海と山の間に広がり、起伏は激しい。
そんな土地を駆け回るせいか、この高地に住まう民は、みな逞しかった。
故に、島の南部の平野部に住むモノたちからは
ミラに住まうモノはハイランダーと呼ばれ、やや、おそれられていた。
ハイランダーは概して骨組みががっしりして、背が高い。
優男であったウィルも、絶世の美女であるリズも、シッキムよりもがっしりとしていた。
太い、というわけではないが、丈夫そう、なのが、ハイランダーの特徴なのである。
しかし、オリバーはといえば、まるで土産物屋のクマのヌイグルミである。シッキムは、膝に乗せたオリバーに、ぐるぐるとタータンチェックの織物を巻き付けた。
『…四日するとどこへいくのですか』
なされるがままのオリバーであったが、身をよじって巻き付けられたショールを緩めると、蜂蜜飴を鞄から二つ取り出してシッキムに一つ渡した。
『お、サンキュ。これ、ほんと、旨いな。てか、オリバー、寒くない?』
『ハイランダーは寒さに強いのです。』
『そっか。』
小さなクマはきりっと答えた。
その姿にシッキムはちらっと、本来あるはずだった、オルハンの未来を思った。
ミラ城で要職に付き、一族のみに許された豪奢な模様の民族衣装を纏った、がっしりとしたハイランドの青年貴族。
しかし、シッキムはこの小熊ちゃんを、彼からしたらほかの世界としか思えないような土地に連れて行くのだ。
『ぱーぱ。』
『ん』
『ぱーぱ。聞いていますか。僕たちは四日後に何処につくのですか。』
『お、おう。』
シッキムは我に返るとぎゅっとオリバーを抱えなおした。
『このまま順調に海沿いを四日走るとな。イルガントっていう国の、王の交差路、って大きな駅に着く。
イルガントは交易も盛んで、いろんな国のモノが溢れてるから楽しいぞ。』
『イルガント、ですか。』
オリバーは少し表情を曇らせた。
イルガントの民イルガンダーは、ことあるごとに、ミラのあるハイランドを狙っていた。
城塞都市である王都ミラは落ちたことはないけれど…
『山と砂と雪の国からやってきた、シッキムの息子オリバーに、イルガンダーは害をなさないさ。』
浮かない顔をするオリバーを、シッキムは歌うようにあやした。