第四話 出会い3
『ごめんな。オルハン、名前・・・・・・。』
女将にたずねられたときに、とっさにオリバーと紹介してしまった。
オルハンと名乗るわけにみいかないから仕方ないことだが・・・・・・
さぞ、びっくりしたことだろう。
もしかしたら、不愉快になっているかもしれない。
シッキムは、旅の仲間となるオルハンと、少しでも心を通わせておきたかった。
朝食を終えて部屋に戻ると、オルハンを椅子に座らせ、シッキムは膝をついた。
シッキムが、オルハンと目を合わせるには、それでもだいぶ背を曲げて
顔を覗き込むようにしなければならなかったが。
オルハンも、ためらいがちにシッキムの顔をのぞき込んだ。
そして、シッキムの瞳を魅入った。
シッキムの深い琥珀色の瞳は、どこか、青や緑も隠していて
まるで、朝焼けの空の色のようだった。
『め・・・・・・。』
『め?』
シッキムは真剣に自分の目をのぞき込むオルハンを見守った。
こんな間近で子供をみるのは、初めてだった。
両親であるウィルとリザとは親しかったから
その一つ一つのパーツを、ああ、ここはあっちに似ているなあ、なんてぼんやり思った。
『かお…さわって…いい?』
『え、ああ…どうぞ』
オルハンは小さな手で、ぺたぺたとシッキムの額を触った。
耳の下あたりから顎に続く砂色の髭にもためらいがちにふれてみる。
なんともくすぐったい感触に、シッキムは情けないかんじに眉毛を下げた。
『ええと…オルハン…君?』
オルハンは、もふっとしてる、と小さく呟くと手を離した。
そうして、改めてまっすぐにシッキムを見た。
『…オリバーで、いいです。オルハンは死にました。』
『え』
オリバーは、貴族の子弟らしく、まるでおとなのように、話した。
『オルハンは、父上の魔獣鎮圧に同行し、父上の大型魔術の暴走の巻き添えにあって死にました。』
『ええっ』
『本当は、巻き添えにあったのは、父上です。誰かが僕を狙っていて、父上は僕を庇い、そのせいで、魔術を暴走させました。』
言葉は、まるで、大人のように流暢に紡がれていたが
オリバーの小さな顔は、話しながらもあっという間に涙と鼻水でびちょびちょになった。
『・・・・・・顔、触って、いいか?』
返事を待たずに、声を殺して嗚咽するオリバーの顔を、シッキムは大きな手でそっと包んだ。
じんわりとした温かさが、オリバーを包む。
シッキムは、オリバーの見た光景を、オリバーのフィルターの外側から拾い上げた。
○○○
爆音、オルハンを庇うウィル、血と焦げる匂い、オルハンの無事にほっとするウィル
深手にうめくウィル、何事か呟くウィル・・・何事か・・・?
『転んでもただでおきちゃいけないからな・・・』
何処かをにらみ付けながらそうつぶやくウィル
その視線をオルハンが追っていた。
その先に手をかざし、死に瀕した人間が放つとは思えない炎弾を炸裂させるウィル。
倒れる、複数の人
一人だけ、逃げ延びたところまで、オルハンは視界に映していた。
震える声で治癒呪文を唱え続けるオルハンの声
ウィルの荒い呼吸・・・・・・
完成をまたずして邪魔された大型魔術が、ため込んだエネルギーに耐え切れず歪む。
必死に制御を取り戻そうとするウィル。
途中で詠唱呪文を結界魔法に切り替えるウィル。
ふところから取り出した霊薬をオルハンに持たせるウィル。
全身を代償に回して、替えられるだけのすべての力を使って、オルハンを守り切ったウィル。
歪んだ魔術が爆発し、周囲を焼き払い、爆風でオルハンも気を失った。
次にオルハンが気が付いたとき、ウィルはオルハンを抱いて、歩いていた。
オルハンの手から、ウィルに預けられた霊薬はなくなっていた。
オルハンは、ウィルの体が暖かくないことに気が付いた。
『とうさま・・・・・・』
『ごめんな、ごめんな、オルハン』
ウィルはそういうと、生気のない顔で、涙をこぼしていた。
○○○
シッキムは、そこまでしか見れなかった。
そっと、オルハンの顔から手を放すと、タオルでオルハンの顔を拭ってやった。
『あのな、オルハン。契約、しよう。』
『け・・・いやく?』
ウィルがシッキムを選んだ三番目の理由、それは・・・・・・
『俺は、風の精霊だ。君が契約すれば、俺は、俺の力を超えて君を守ることができる。』
シッキムは最上位の風の精霊であり、オルハンがその加護を受けることができれば
生き延びる可能性がぐんと上がる。
親友が、命をかけて守った命を、何があっても守らねばならないとシッキムは決めた。
『精霊との契約には代償がいると、聞いたことが、ありますが・・・・・・。』
オリバーは、王宮魔術師、パンジェンシー家の子供だった。
ウィルから、精霊魔法についても話を聞いていた。
しかし、オリバーの緊張したような声とは裏腹に、シッキムは困ったような顔をして、頭をかいた。
『んー・・・。代償とか、難しい言葉、しってんだな。』
オリバーが見守る中、しばらくうんうんうなると、シッキムは突然いいことを思いついたとばかりに
晴れやかな顔をした。
『んじゃ、俺になつくこと!』
『え』
『いやか?』
『いや、そういうわけじゃ・・・・・・』
『じゃあ、これで気まりだな。
我、ここに誓う。汝、オルハン・オリバー・パン・ジェンシーを生涯にわたり守ることを。
我が名、シッキム・テミ・シャリマ・シャングリラの名に懸けて。』
冗談のように、歌うようにそんなことをつらつらと述べると、シッキムはオリバーの頭にキスを落とした。
一陣の優しい風がオリバーを包むと、風はオリバーの右肩の辺りに吸い込まれていった。