第三話 出会い2
『その子がアンタの隠し子ね?!』
泊まり客用の食堂で朝食を二人分頼むと、旅籠の女将が目を好奇心で輝かせながら囁いた。
シッキムは、苦笑を顔に張り付けながら、しー…と口に指をあてた。
『おかみさん、耳はやすぎ。』
『あらやだ。みんなみてたわよッ。あんな綺麗な娘、入ってきたら見ちゃうわよ。ちゃらちゃらしてたけど、結構いいとこの子なんじゃないの!?』
『ああー…』
抜かりのないウィルは、ほんの少しだけ、自分とオルハンに姿変えの魔術をかけていた。
魔法が効かない体質の人からみても違和感がないくらいの変装をした上で、見る人の認識に少しだけフィルターをかけるようにしてあった。
たくさんの人に、オルハンをシッキムの子だと思わせるように。
シッキムが思うに
ウィルがシッキムを選んだ第二の理由はシッキムの容姿だ。
シッキムの故郷は大陸のど真ん中にあり、文明の十字路などと呼ばれるくらい、東西南北にありとあらゆる人やモノが行き来する。
シッキムの家系も混血に混血を重ねた結果、服装次第でどこの国のどの民族でも通る容貌をもっている。
どちらかといえば、褐色の肌や髪や瞳の人の多い地域であったが、シッキムは淡い砂色の髪に深い琥珀の瞳、それに白い肌をしていた。
つまりはオルハンと血縁関係と言っても不自然のない容姿だったわけだ。
『あんた、ここ五六年、ミラに来なかったわよね。まさか、あの娘さんから逃げてたわけじゃないでしょうね?!』
『ち、違うよ、知らなかったんだよ。』
『ね、この子の名前は?いくつなの?これからどうするの?』
シッキムは心の中で盛大なため息を付いた。女将の好奇心から逃れるすべはない。
『オリバーだよ。五歳だ。息子と分かったからには、国に連れて帰って、長老に見せないといけない。一族の者としての名前もつけなきゃいけないし、親にも会わせなきゃ…ああ、そうか…』
シッキムは、ウィルの小細工に感心した。
シッキムの息子という設定で考えれば、何の齟齬もなく嘘をつくでもなく、はなせるのだ。
『そうかって何よ。』
『え、ああ…いや、』
『で、あの娘さんはどうすんのよ。宿からでたとき泣いてたわよ』
『え…ああ…いや…』
シッキムは目を泳がせた。
女将の監視体制恐るべし。
部屋に言葉を散らす、盗聴除けの魔法をかけておいて良かったとこころから思った。
『母様は、今は一緒にはいけないけれど、いつか絶対会えるからっていってた。』
『オ…オリバー』
それまで俯いてシッキムの横に座っていたオルハン…オリバーは、蚊の鳴くような小さな声でそう言った。
小さな手がぎゅっと服の裾を掴んでいる。
『…ッ』
泣かないように耐える幼子の小さな肩を、シッキムはこわごわと抱き寄せた。
気が付くと女将は厨房に戻り、なにやらさらに盛りつけた甘そうな生菓子を手にしていた。
そしてオリバーの前にことっと置くと、ハンカチをとりだしてオリバーの顔を拭ってやり、ハグをしてから頭にキスを落とした。
『そうか…そうだよな…』
リズは、オルハンの母は、生きているのだ。
だのに、家にいられないオルハンの事情に、シッキムはため息を付いた。
本当は、きちんと、ウィルの事情も知りたいし、リズも力づけたい。
しかし、リズとオリバーが今生の別れをしてきてるとなると
一日も早くここを発つべきなのかもしれない。
この、王都ミラを。