第26話 風の館11
ミネルバは、大変勇敢な軍人であった。
拿捕した海賊船は数知れず。
大砲を打ち込み、船で体当たりし、相手の船に乗り込み、
銃や剣や斧や拳を打ちふるい
いつも勝利をおさめてきた。
それでも、ミネルバは国から放逐された。
高貴な姫の役割は、その身をもって国を繋ぐことだという慣習を打ち破ることは出来なかった。
ミネルバの国に、他に妙齢の高貴な娘がいたならば、
また状況は違ったかもしれない。
『そういうわけで、幸い跡継ぎの心配もなく、男でもいける貴殿ならばという見込みのもとに、私はイルガントにやってきたのだ。』
淡々と、ミネルバは己の状況を説明した。
『妙齢の…娘?』
エディンの目が疑わしげにミネルバの胸元をさ迷った。
『妙齢、というのは、まあ、結婚できる年齢という意味だ。
やや、とうがたっているのは自覚しているが、
私以外に未婚の女性はいないのだ。』
『ええと…なんか…ごめんなさい。』
エディンは追い付かない頭で再び謝罪した。
『いや、貴殿が謝罪する必要はない。
私も居場所がないのだ。
申し訳ないとは思うが、このままここにおいてほしい。』
『…えっ』
『たいしたことはできないが、ご息女に戦いかたを教えよう。』
『『えっ』』
『かよわい女の身でも、拳ひとつで船の底をぶち抜くような、一蹴りでマストを叩きおるような、そんなちょっとしたコツを伝授しようと思う。』
『…できるの?』
オリヴィエはミネルバを見上げた。
『できるよ。』
ミネルバは、オリヴィエの座る椅子の横に移動すると
しゃがんで真っ正面からオリヴィエの目をのぞきこんで、
微笑んだ。
『みねるばさま』
オリヴィエは、大人用の椅子から
苦労して一人で降りた。
『オリヴィエちゃん。わたしのことはミネねーさまとよんでくれると嬉しい。』
ミネルバは、柔らかい低音でささやいた。
『みねねーさま。オリヴィエを強くしてください。』
オリヴィエは、あの日、シッキムに頼んだように、
きれいな姿勢で礼をした。
忌まれる程の魔力を生まれながらにもち
当代一の魔術師の教えをうけ
精霊と契約した少年は
この日、体術の師を得た。
『そうだね。ちょっとだけ鍛えよう。』
この師から授かった強靭な肉体なくしては
オリバーは辺境の守護者どころか
大人にもなれなかったであろう。
『ありがとうございます。』
ミネルバは、嬉しそうに、微笑んだ。