第25話 風の館10
後の辺境の守護者、オリバーにとって、
風の館で過ごした二年間は、生涯の基礎となる、幸福の時間であった。
ミラを出てからのオリバーは
シッキムの守りのもと、健やかに成長したが、
大人になったオリバーがその子供時代を思い出すときに、
イルガントでの思い出は、一際暖かく、オリバーの心を照らした。
オリバーがイルガントを発つ一つのきっかけとなったのは
ミネルバ・ブラッドストームという女性であった。
同盟の証としてエドワードに嫁いだ隣国の高貴な家柄の姫で、特技は早撃ち、趣味は航海、ついたあだ名は海賊姫であった。
とはいえ、初見でミネルバを海賊姫と見抜くものはそうそういなかった。
恵まれた骨格に鍛え上げられた筋肉、暖かい海の国特有の、艶のある顔立ち。
『ジゴロだ‼』
姫と対面した瞬間、姫の伴侶となることが確定していたキラキラ王子は、そう叫んだ。
『はじめまして。』
母国ジルガンサーの軍服に身を包んだミネルバは
笑顔でもなく、かといって不機嫌そうでもなく、
そういってカーテンシーをした。
『ジルガンサーのミネルバでございます。』
吹きわたる初夏の風。
はためく真っ白のリネン。
マシュマロのようなほっぺたの幼子とその保護者、
そしてキラキラしいみてくれの王子。
ちなみに三人は揃いのエプロンをつけていた。
そして、姫?を連れてきた見守り爺隊の面々。
その誰よりも、ミネルバは男前だったから。
『はじめまして。俺はえど…わーど。その、むかえにいかなくて…晩餐会もでなくて…ごめんなさい。』
エディンはしょんぼりと頭を下げた。
その動作に王子らしいところはみじんも残っていなかった。
夏至の夜の晩餐会以来
エディンの足はことさら宮殿から遠のいたのだ。
最近ではない宮殿への馬車に乗り込もうとするだけで
気分が悪くなり立ち上がれなくなるというのだから
始末が悪かった。
『お気になさらず。わたしこそ、急に押しかけて申し訳なかった。』
ミネルバは、やや気の毒そうにエディンをみて、そして視線をシッキムとオリヴィエに移した。
『ええと…わたくしは…シッキム…。遠い異国の出身でございまして、エドワード殿下のご好意で、娘ともども下宿させていただいています。』
シッキムは、普段よりややたどたどしくそういうと、深々と一礼をした。
オリヴィエもそんなシッキムの様子をじっとみてから、
おなじようにペコッとおじぎをした。
ようやくお下げに結べるようになった柔らかなクリーム色のくせ毛がぴょこっとはねるさまをみて、
見守り爺隊の面々は思わず表情を緩めた。
『あの、もしよろしければ、おもてなし、用意しました。皆さま、おうちの中に。』
オリヴィエはにっこりと笑うとすっと手をあげて扉をしめした。




