第22話 風の館8
やわらかな緑色の葉の隙間からこぼれる光が優しい。
時が止まったかのように感じられるような、平穏な空気。
差し渡された枝という枝には
若葉が萌えていた。
そよそよと吹く薫風の下
真白い布で覆われた長いテーブルには
色とりどりの菓子や食事がのり
様々な姿形の生き物が
思い思いに食べたり飲んだり
踊ったり笑ったりしていた。
その一角には
クリーム色の頭髪の二人組と
真白い子猫も居た。
『まああ、可愛らしいお坊ちゃんね。おばちゃまが、お菓子をあげましょう』
栗色の髪の毛を、キノコのように結い上げた、
高齢の美しい婦人が、
オリバーに微笑みかけた。
宝石のようにきらきらした、やはり濃い茶色の瞳をもつこの婦人は
この茶会の女主人で
この森の中でも
一番長く生きている木の精霊の一人であった。
オリバーは、ふわりと香る甘い芳香に目を細めた。
おしろいの匂いではなく、
木々の発するような爽やかな香りだった。
慈しみに溢れた婦人の笑顔に
自然とオリバーも笑顔を返した。
婦人はにこりと笑ったまま
立派に結い上げた自らの髪の毛の中に手を突っ込んだ。
『?』
オリバーは首を傾げた。
髪から出てきた手に握られていたのは
色とりどりの包み紙に包まれた
キャンディーだった。
『!!!』
オリバーは目を丸くした。
婦人はオリバーの前に色とりどりの包み紙に包まれた菓子を並べて、
ほほほと笑う。
『ウィロー様は、人を驚かすのがお好きなんですよ。』
今朝方シッキムに招待状を持ってきた、
トンボの羽をもつ金髪女子が、笑いながら説明した。
『ウィロー様…。』
ウィロー様は一見高齢に見えるが、その大きな茶色の目は子供のように輝いていて、
大きくも小さくも見える、不思議な婦人だった。
『今日はね、夏至といって、一番昼の時間が長い日なの。
あたくしたち、森の住人は、毎年、夏至の日に盛大なパーティーを開くの。
あたくしのことは、ウィローおばちゃまと呼んでちょうだい。
ねえ、あなた、お名前はなんておっしゃるの?』
『オリバーです。』
『オリバーちゃんはおいくつ?』
『六歳です。』
そんなオリバーに、今度はシッキムが目を丸くした。
『オリバー、こないだ五歳っていってなかったか?』
『そうだよ。
こないだは五歳だったけど、今日夏至なんでしょう?
そしたら僕、六歳になる』
『そうなのか。』
『あらあら、まあまあ、おめでたいこと!
今日は夏至の日で、オリバーちゃんのお誕生日で!
素敵だわ!』
『僕も誕生日にこんな素敵なパーティーにお招きいただいて、本当に嬉しい。』
オリバーは、にこりと笑った。
あ、こいつ、将来たらしになる…
シッキムは、今は亡き親友のマダムキラースマイルの片鱗をオリバーに見いだしていた。
しかし、そんなスマイルもすぐに引っ込み
オリバーは少し寂しそうに空を見上げた。
『…イルも連れてきてあげたかったな…』
ウィロー婦人は優しく尋ねた。
『イルというのは誰?』
『僕の…、』
オリバーは一度いい淀んで、寂しそうに笑った。
『僕と同い年で、甘いお菓子が好きなんです。』
シッキムはそんなオリバーを
ただただ見守るしか出来なかった。
イル、というのは、おそらくウィルのもう一人の息子。
城に残されたほうの双子の片割れ、イルハンだ。
『いつか、連れていらっしゃいな』
ウィロー婦人は、そういいながら、お茶を茶碗に注いだ。
『いつか。』
オリバーが困ったような顔で繰り返す。
『そうよ。いつか。』
婦人はオリバーの前に茶碗を置いた。
『あなたは人間だから、
あと十年か二十年したら、大人になるでしょう?
イルもそうね。』
『十年…』
『そうよ。
あっという間よ。
大人になったら、冒険者になって
何処へでもいけるんだって
前に来た人間の子供が言っていたわ。』
『冒険者…』
『そうよ。
海の向こうには見たこともない動物が居て
言葉の通じない人たちが住んでいて
風の匂いも空の色も違うのですって!』
『へぇ…』
『だから、お友達の一人や二人、ここに連れてくるのなんて、簡単だわ。』
『簡単…』
オリバーは自分の小さな手をみた。
『そっか。僕、十年もしたら、大人になるんだね。』
『そうよ。
凄いイケメンになると思うわよ!』
『…背が、高く、なるかな。』
シッキムはオリバーの頭をふんわり撫でた。
『高くなるさ。
俺よりずっと高くなる。』
オリバーはシッキムを見上げた。
森の影響を受けているのか、シッキムの瞳の色は緑に見えた。
そこに映るオリバーの姿は、未だ小さく頼りなかったけれど。
『オリバー…。
オルハン。
君が大きくなるまで、必ず守るよ。
だから、信じて。』
シッキムは、
自分を見上げる小さな子供の目をのぞき込んだ。
世界は美しいのだと。
生きていることは素晴らしいのだと。
生きていく方法を、
教えてあげるから
どうか
生まれてきたことを悲しまないで欲しいのだと。
そんな、気持ちで。




