第十八話 風の館4
自分なんてものは、自分が一番知らないのかもしれない。
シッキムは、最近そう思う。
シッキムは旅の魔法使い、として長い年月を生きてきた。
理由は、シッキムは精霊であり、人とは違う時間の流れの中で生きているからだ。
だから、定住しない。
本当は10年位は定住したって、ばれやしないとは思うのだけど、
なんとなく、その日暮らしを選んでいた。
なんとなく、親しいものを作るのが、面倒だったのかもしれない。
シッキムは、置いて行かれるということに、なかなか慣れることが出来なかった。
今日も良い天気だなあ…
シッキムは洗濯物を干し終わって空を見上げた。
まだオリバーもエディンも起きてきていない。
毎日の天気を心配しながら洗濯物を干す、という当たり前のこと自体が新鮮だった。
そうだ、今日はスコーンを作るんだ。
シッキムはふふっと笑うとキッチンに向かった。
キッチンのストッカーから粉と塩を取り出す。
卵と牛乳とバターは昨日届けられた新鮮なものがあった。
そして、今日シッキムがスコーンを作ろうと思った原因である、クロテッドクリームも。
シッキムは料理やお菓子作りも、意外と器用にこなした。
シッキムはスコーンをオーブンにいれると、ちょうど湧いたお湯で、お茶をいれた。
キッチンで、たったまま、ぼんやりと窓から外を見つつすするミルクティーは美味しかった。
シッキムは、やっぱり、ふふっと笑うのを止められなかった。
そう長く続くことではないと思いながらも、少なくとも明日も明後日も続くのだということが嬉しかった。
焼きあがってくるにつれて、オーブンからは、粉物の焼ける幸せな匂いが立ちのぼった。
そんなふんわりとした幸せにシッキムが浸っていると
見守り爺隊の一人が馬車でやってきた。
普段の差し入れにしては、やや時間が早い。
シッキムは外に出てじいやを出迎えた。
じいやは馬車から転がるようにシッキムの前に出てくると
丁寧におじぎした。
『おはようございます、奥さま。早朝に申し訳ありません。』
シッキムは首を傾げた。
『あ、いや失礼しました。シッキム様ッ。エディン様は起きていらっしゃいますか?』
爺達の中でシッキムの呼び名は既に奥様に定着していたが
さすがに立派な熊髭中年である本人には言えない。
爺その1は自分のそそっかしさを呪った。
『実は今日は宮殿でお仕事をして頂く日でして…殿下を一日借り受けてもよろしいでしょうか。』
爺…いや、陸軍第二連隊から王子護衛の為に出向してきているティモシー・カールトン大尉は、奥様…シッキムに問いかけた。
『どうぞどうぞ。一日と言わず一週間でも一ヶ月でも。思えばエディン殿下はここのところ宮殿にお戻りになっていないようですが、支障はないのですか?』
『はい、国政には全く支障はないのですが、今日は晩餐会がありますので彩りに必要なのです』
『成る程』
シッキムは大きくうなずくと、にっこり笑った。
そして、遠慮するじいやを家の中に招き入れる。
入ってすぐのところに、ロビーのようなちょっとした空間があるのだ。
そこのソファーはなかなかのすわり心地で、シッキムは結構その場所を気に入っていた。
『今、殿下を起こしてきますから、お茶でものんでいてください。』
シッキムは、焼きあがったばかりのスコーンと自家製イチゴジャムとクリームとお茶をじいやにすすめると、エディンをたたきおこしに寝室に向かった。
じいやは、ほーっと、大きく息をはいた。
これは、もしかしてもしかして、もうこの際、こういうのもありなんじゃないかと本気で思った。




