第一七話 風の館3
イルガント王国では七日に一回、安息日というのがある。
イルガント王国のみならず近隣何か国かで信仰されている神が、世界を6日で作って七日目に休んだからだ。
実際には、農家や畜産家には休みなどないのだけれど・・・・・・
一応休日ということにはなっていた。
そして休日の朝といえば、一家の主には大切な役目があった。
エディンは、三人で風の館に移住してきて最初の休日に、たいそう早く起きた。
そう、イルガントの男ならば、休日の朝には愛する妻のために、『アーリーモーニングティー』をいれなくてはいけない。
○○○
『おっはー!』
ぱーん!
キラキラしい笑顔で、エディンはシッキムとオリバーの寝室に入った。
が
『ああ!?寝ぼけてんのか!?今何時だと・・・・・・』
むしろシッキムが寝ぼけながらどすのきいた声で脅しかけた。
さすが、旅の魔法使い。いわば一種の渡世人である。
とくにシッキムは組織に属さぬはぐれ魔術師。
結構、怖いのだった。
『パーパ!パーパ!』
『ああ?・・・・・・んん?』
オリバーの声でシッキムは、ようやく目をさました。
やさぐれた、はぐれ魔術師の顔から一転、目の丸い童顔のモコモコ生物に戻った。
『どうしたんだ?』
シッキムは、可愛らしく首をかしげた。
目の前には、涙を流して震えているエディンとあきれたような顔をしているオリバーが居た。『エディン様が、パーパにお茶をいれてきてくれたんだよ。』
『へ?お茶?こんな、朝っぱらから?ベッドルームに?なんで?』
『なんで?』
オリバーも、一緒にわからないふりをすることにして、同じように首をかしげた。
実を言えば、オリバーは、シッキムのことをよく知らない。
地理的にも文化的にも言語的にも、シッキムの故郷はオリバーやエディンの住まう地域からは遠い。
シッキムがあまりにも流暢に話すから忘れかけていたが、シッキムは異邦人なのだ。
それ故に、敵対することが多いとはいえ、兄弟のように似通った文化を持つミラとイルガンドに生まれ育ったオリバーとエディンにとっては当たり前のことでも、
シッキムにとっては知らないことが本当はたくさんあるのだ。
オリバーは、そんな当たり前のことに今更気がついて、ちょっとおもしろくなった。
砂と風の国のシッキムの息子オリバーならば、アーリーモーニングティーなんてしらなくて当然。
ちょっとのけ者にされたエディンが可哀想ではあったが。
『こ、これは、アーリーモーニングティーっていって、その家の主人が、休日の朝に入れるんだ。
その・・・・・・つ・・・・・・妻に。』
最後の方はごにょごにょになって、シッキムには聞こえていない。
『へー!面白いな!それなイルガントだけの文化なのか?』
『いや・・・・・・たぶんミラも・・・・・・』
『へー!そうなのかー!』
エディンは気を取り直すと、サイドテーブルにトレイを置いた。
トレイの上には花柄の大きなポットが一つと、スプーンが乗ったそろいの柄のカップアンドソーサーが三つ。
二つは大きく、一つは小さい。
大きなミルクピッチャーにはなみなみと冷たいミルクが入っており、茶こしは陶磁器製のものだった。
『シッキムは・・・・・・ミルクは先?あと?どれくらいいれる?砂糖は?』
『えーっと。ミルクは先がいいかな。多めで・・・・・・砂糖はいらないや。』
『オリヴィエは?』
『パーパといっしょ!あ、でも、お砂糖はたくさん!』
いつの間にか、シッキムのベッドの周りに、オリバーが椅子を引っ張ってきて
まるでベッドのシッキムを囲むかのようにエディンとシッキムは座っていた。
『なんか、俺、病人みたいじゃないか?せめて布団からでるよ。』
『い、いいんだ!布団の中で飲むんだよ。休日のこの時だけは、特別なんだ。』
『ふうんー。でも、こぼすと厄介だな・・・。あ、美味しい。
エディンは、お茶いれんの上手だな!』
『そうだろ!結構得意なんだ。』
エディンはすっかり元気を取り戻し、キラキラと笑った。
シッキムは、ミルクティーを飲みながら、オリバーを見た。
ミラでも一般的な風習だとしたら、間違いなくウィルはやっていただろう。
リズとウィル、オルハンにイルハン、日曜日ごとにこうして寄り集まってお茶を飲んだのだろう。
思い出して、さみしくはないだろうか。
シッキムは、それが心配だった。
しかし、意外なことに、オリバーはいつになく嬉しそうだった。
にこにこと笑いながらとりとめのない話をするエディンと、それにうまいこと答えていくオリバーを見て、シッキムは少しほっとした。
そして初めて、この館に身を寄せて良かったと思った。
子供の心に、どれだけの悲しみが詰まっているかを知る大人は少ない。
人は自分の悲しみの量は知っているけれど、
人の悲しみを推し量ることはできないから。
自分の苦しみの量は多く感じるけれど、
人の苦しみの量をしることはできないから。
子供がその小さな胸に、どれだけの悲しみを抱いているか、知る大人はすくない。
たとえそれが、自分の子供であっても。
とはいえシッキムは、オリバーの心にある悲しみや苦しみの量が、
かなりのものだと気が付いていた。
なぜなら毎日、夜中にオリバーは、
無意識のうちに泣き叫び、震え、涙を流し、
痙攣さえ起こしているから。
日中のオリバーは、こ憎たらしいほどに精神のコントロールが効いていて、
一切弱気なことを言わない。
しかし、ウィルと別れてからの日々、オリバーが朝までぐっすり眠っているところを、シッキムは見たことがなかった。
常にオリバーの横に居る猫のウィンディは、シッキムの眷属だから、夢魔くらい追い払える。
だから、オリバーの悪夢の原因は外から来たものではない。
オリバーの心の中にあるものが、オリバーに悪夢をもたらすのだ。
シッキムは、昨夜もガタガタと震えるオリバーの背中をなでながら、ため息をついたのだ。
『・・・・・・大丈夫か。』
エディンも、シッキムとオリバーの部屋の入り口からそっと声をかけた。
風の館で暮らすようになって二日目には、エディンもオリバーの不調に気づいていた。
気が付かざるを得なかった。
『ああ、大丈夫だよ。
あんまりうなされるようなら一回起こすから・・・・・・。
ごめんな、エディンまでおこしちゃって』
『それは構わないけど・・・・・・なんかできることがあったら、遠慮なくいってくれ。
夜中だって起こしてもいいし、俺、なんでもするから。』
『ありがとう。』
シッキムはふんわりとほほ笑んだ。
エディンは力強く頷くと、自室に引き上げていった。
エディンの部屋のドアが閉まる音が聞こえてから、シッキムはオリバーをゆすり起こした。
『・・・父様?』
オリバーは寝ぼけたまま、へにゃっと笑った。
『無事だったんだね、よかった。』
シッキムは、目と喉の奥が熱くなったが、なんとかこらえた。
『おやすみ、オルハン』
オリバーは、えへっと笑うとそのまま眠りに落ちて行った。
シッキムは、静かに涙を流した。
そんな夜の次の日だから、シッキムはオリバーの様子が気になって仕方がなかった。
エディンも同じ気持ちなのか、じーっとオリバーを見つめていた。
瞬きもせずに、その空のように青い瞳をかっぴらいてじーっと・・・・・・
『・・・エディン様、目が開いたまま寝てるの。』
昼間のオリバーの突っ込みは容赦がない。
『あや、いや、そのっ。じ、実はな、俺、提案があるんだ。』
エディンは突然体をくねくねさせた。
シッキムはすっと目を細めて、エディンからそっと遠のいた。
だいたい、こういう仕草をするときのエディンはろくなことを言わない。
『オリヴィエが、俺のことエディン様って呼ぶのもどうかなって思って・・・・・・。』
言葉を重ねるごとに、エディンの頬がどんどん紅潮していく。
不審に思ったオリバーも、そっとシッキムの方に体を寄せた。
そんなオリバーの顔を覗き込むようにして、世紀のイケメンはキラキラと笑って言った。
『俺のこと・・・・・・ママって呼んでみない?』
ぶほっ
盛大にミルクティーを吹いたのは、シッキムだった。
イルガントに関しては、どこかで聞いたことのあるような文化や宗教が出てきますが、厳密に調べてやってるわけでもありませんので、そこの架空の土地は、そんな感じの風習なんだなあくらいに思ってくださいませ。




