第十六話 風の館2
イルガント王国は、現在女王を君主にいただいている。
現国王はアンナマリア2世。
南の海洋国、イタリエナの王子を婿に取り、二人の王子をもうけた。
王太子リチャードと、第二王子のエドワードである。
リチャードは武芸にたけ、政治的なセンスも持ち、国民からの信頼も厚い、まさに次期国王にふさわしい人物であった。
一方、エドワードは、もてる天分の9割が、その見た目に傾いた、と言われている。
とはいえ、行いが悪いわけでも、性格が悪いわけでもなく、その底抜けに朗らかな性分は十分に国民から愛された。
彼の場合、ワリをくったのは頭だというのが、もっぱらの評判である。
天真爛漫で正直者の第二王子は、自分の好きなものを隠すことが出来ない。
そんなわけで、現在、風の館で思い人を口説き落とそうと頑張っている王子を、
王族関係者はひそかに応援していた。
○○○
毎朝、パンとミルクとチーズ、そして野菜と、こまごまとしたものが最寄りの村から届けられる。
『いつもありがとうございます。』
シッキムは、代わりに、と薬草を差し出す。
『おお!これは、また、貴重な・・・・・・』
最寄りの村の住人・・・・・・ということになっている、見守り爺隊の人は顔をほころばせた。
彼は思うのだ。
王国の正当な後継者にはリチャード様がおつきになる。
そして、リチャード様にはすでに3人もお子様が居る。
ならば、エドワード様は、好きにしてよいのではないかと。
目の前にいるエドワード様の思い人は、美女というよりは熊に近いおっさんであるけれど、
なんだか美しいような気もするし、気立てもいい。
なにより、森から有益な植物を探してくる才能にたけている。
ああいう奥さまにお仕えしてもいい。
・・・・・・この場合、奥さまとお呼びしていいのかどうかはわからないけれど。
シッキムの人気は、じわりじわりと、エドワードの見守り爺隊の中で広がっていた。
○○○
カンカンカンカンカンカンカン
今日も今日とて、オリバーとエディンは剣術の稽古にいそしんでいる。
とはいえ、きちんとした型があるような剣術ではない。
ひたすら打ち込み、ひたすら跳ね返される、そういう稽古だ。
カンカンカンカンカンカン、どしゃっ
そして、適当なところで、エディンはオリバーを弾き飛ばす。
最初は、転がされるとそこで終りであったが、しばらくするうちに、オリバーは転がった先から
再びエディンにとびかかるようになった。
カンカンカンカンカンカン、どしゃっ
はじき飛ばされても、はじき飛ばされても、オリバーは立ち上がるようになった。
カンカンカンカンカンカン、ガキン
だんだん、はじき飛ばされる間合いがわかったのか、オリバーは剣の受け止め方を変え始めた。
カンカンカンカンカンカンカン
エンドレスに繰り返されるその音を聞きながら、シッキムはタライに洗濯物を入れ
高温の温水を回転させながら洗濯にいそしんでいた。
『庭』ということになっている場所には、4本の木の棒が穿たれ、ロープが張られた。
そこに、熱湯で煮沸消毒したシーツや服を干していく。
丘を渡る風に、大きな布がはためく様は、なかなか心地のいい光景だった。
おそらく、ウィルがみたら指をさして笑っただろうが、
数週間前まで、酒場でカビにまみれていた浮浪中年は、随分と清潔好きの専業主夫になりつつあった。
○○○
午前中に、剣の稽古を終えると、三人はピクニックがてら森に入るようになった。
シッキムの空間魔術は大変便利で、森の中でお茶会などというおとぎ話のような光景が毎日展開された。
森は、いまだ人の手が入ったことがないために、たくさんの有用な資源であふれていた。
シッキムは、風の館にあった植物事典を片手に、オリバーとエディンに、まず、触れてはいけない植物から教えた。
そして、次に、食べたら毒になるものを。
そして、食べれるものを教えた後に、薬となるものを教えた。
植物の採取がひと段落した後には、三人で枯れ木を集めた。
倒れた古い木を薪にして、『庭』まで持ち帰る。
いつの間にか、薪のストックは小屋一つ分まで膨れ上がった。
また、枯れ木が折り重なるようにして床をなし、巨木が折り重なるようにして空をふさいでいた森は
初めての侵入者たちの手に寄って、少しその様相を変えていた。
枯れ木に埋め尽くされていた地面は、少しその顔を見せ、わずかな光を頼りに新しい芽が芽吹いた。
それを見つけて、シッキムは目を細めた。
新しい命というのはなんとも輝かしいものだったから。
新しい木の芽を見せると、オリバーも喜んだ。
エディンもキラキラと笑った。
シッキムが・・・・・・風の精霊が慈しむ森には、新しい風が吹き込むのだ。
イルガント王国の黒い森は、ほんのわずかではあるが、その色を変えようとしていた。
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