第一五話 風の館1
風の館、といえば綺麗な呼び名ではあったが、実の所それは、建築の途中で遺棄された城であった。
母屋を作ったはいいが、その周りの開墾が思うように進まず、結局城と言うほどの規模にすることも、堅牢な壁を築くこともなされなかった。
せいぜい、隔離が必要な病にかかった王族か、酔狂な王族の隠れ家程度にしか機能しない半端な施設であった。
そして、現在、小高い丘の上にあるその館は、まさに与えられた役割を果たしていた。
変わり者の若き第二王子とその男妾とその連れ子のスイートホームとしての役割を。
○○○
カンカンカンカンカンカンカン
リズミカルに打ち合う木の剣の音が、風の館の中庭に響いた。オリバーが打ち掛かり、エディンがそれを受け止め捌く。
それをシッキムはお茶をすすりながらのんびりと眺めていた。
結局、シッキムは、エディンの申し出を受け入れ、しばらくの間、風の館に潜伏・・・・・・滞在することにした。
エディンがどこまで酔狂なのかは測り兼ねたが、幼いオリバーを休みなく連れまわすのも気が引けたのだ。
それに、オリバーには、いくつか聞いておかねばならないこともあったのだ。
そう、たとえば、どこまで魔法が使えるのかとか。
カンカンカンカン、どしゃっ
『はい、休憩』
最後は捌かれた際の勢いで転げたオリバーに、エディンは笑顔で告げた。
オリバーは、汗だくで、口呼吸になっており、息が荒い。
しばらくは、立てないようだった。
それでも、なんとか立ち上がると、きちんと礼をして、言った。
『ありがとうございました。』
エディンはにこにこと笑った。
このキラキラしいガチムチのイケメンは、汗ひとつかいていなかった。
もっとも、オリバーの身長が低すぎて、中腰で対応したのは、少し疲れたけれど。
オリバーは、すぐに息を整えると、たかたかとシッキムの方に駆けて行った。
エディンも、ちょっとにやけながら、後を追った。
『エディンはあっちむいててな』
そういってシッキムは泥だらけのオリバーの服を脱がせるとをたらいの真ん中に座らせ、後ろから手をかざした。
シッキムの手の平から適温の湯がざばーっと出る。
オリバーがタオルでわしわしと汗と泥を落とすのを確認すると
今度はシッキムは手のひらから温風を出した。
マイナスイオン入りのお肌に優しい温風である。
ふんわりと乾き上がったオリバーは、シッキムに渡された新しい服に手を通した。
チュニックと七分丈のズボンで、ややエキゾチックな刺繍が施されている。
『おおー!オリヴィエ可愛いじゃん。』
『エディンさま、こっちむいていいって言ってないの。』
オリバーの冷たい口調にシッキムは苦笑した。
結局、エディンと一緒に住むに当たって、オリバーはオリヴィエで通すことにした。
真実を包むベールは多いにこしたことはない。
オリバーも特に抵抗はないようで、気が向くと髪に空色のリボンなど結わえていた。
『オリヴィエの髪、パーパと同じ色だね。』
自分の髪をつまんで陽に透かすオリバーの頭をシッキムはそっとなでた。
精霊と契約した術者はその身に刻印をいただく。
シッキムがオリバーに与えた刻印は色彩。
だからオリバーの髪色は今ではすっかり柔らかい砂色に落ち着いていた。
『ねぇシッキム!俺も!』
気がつけば全裸のエディンがたらいの中で体育座りをして、期待に満ちたまなざしでシッキムを見つめていた。
『エディンは転げてないだろう…』
『ええー。いや、俺超汗かいたよ。汗くさいよ!どうしてもっていうなら、シッキム、俺の…』
ざっばーん
『…オリヴィエ、あっちを向いていなさい。』
シッキムはそういうと、首がおれない程度に水圧の強いシャワーと風圧の強い温風をエディンに提供してやった。
○○○
『ここさー。作ってる途中でお金なくなっちゃったらしくてさ。』
さっぱりしたエディンは、洗い晒しのシャツにズボンという非常にラフな格好でシッキムとオリバーを庭に案内した。
『ここまでが庭で、そっから森なんだよね。』
庭、と呼ばれた部分を見て、オリバーが首を振った。
『これ、お庭じゃない。お花、ない。』
『いや、でもほら、あっちに比べたら庭っぽくない?』
エディンが指さした先には、真っ暗な森が広がっていた。
庭と森を分けているのは頼りない木の柵のみで、その高さもエディンの身長の半分もなかった。
『ちなみに』
とエディンはことさらにっこり笑って言った。
『パンと野菜は最寄りの村の人が届けてくれるけど、お肉は自給自足だから。』
こうして、風の館における三人の共同生活は始まった。