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 透と花圃はカバンに教材道具を入れて、私服に着替えてから家を出た。

 休桜駅前のガストは、ネットで休桜駅から歩いて二分と掲載されているが、大人でも走らなければ二分で着くことはできない。

 歩いて二分と計った人間は天才だ。透は件のガストに足を運ぶ度にそう思う。

「ふふふん、ふ、ふ、ふふふ……」

 他人の前で歌うのはさすがに恥ずかしいのだろう。上機嫌の花圃は、ガストに着くまでの道中、十五分近くほとんど絶えることなく続いた鼻歌を、店に入ったと同時に、歌うのをやめた。

「いらっしゃいませ」

 ウェイトレスに案内してもらい、二人が座ったのは店の奥の窓際の席。ふと、壁に掛かったデジタル時計を見ると、時刻はまだ五時三分。

 夕飯にはまだ早いだろうと、透はさしてメニューを見ないで、ポテトフライとドリンクバーを注文し、花圃を残してグラスとおしぼりを取りに行く。

 レジの横のジュースディスペンサーには、二十種類近くのドリンク名が表記されていて、そこには花圃に頼まれた果汁100%オレンジジュースの表札も掲げてあった。が、透は手に取った二つのグラスに、メロンソーダと野菜ジュースを別々に注ぎ、液体にストローを差して、おしぼりを持って席に戻った。

「あれ?私オレンジジュースって言ったよね?」

 グラスをテーブルの上に置くと、教材を広げて黙読していた花圃に、早速怒られた。

「そんなに向きになるなよ100%100%って言うけど、100%オレンジジュースはな、歯を溶かすから体に良いとは言えないんだよ。ついでに教えておくと、コーラは口に溜めこんでおかない限り、歯が溶けることはないそうだ。だから、俺がメロンソーダ飲んでもぶうぶう鳴くなよ」

 新聞で仕入れた知識を披露して、花圃を諭す。透はその知識を飲み物を取りに行く途中で思い出し、依頼の品を急に、勝手に変更したので、彼女の身を案じたとはいえ、反論されても仕方ないと思ったが、花圃は不服そうなものの、素直に『へぇ』と言って頷いた。

「それで、私の飲み物は?」

「野菜ジュース。栄養満点で健康に良いだろ」

「えぇ?だったら私メロンソーダ飲みたいよ」

「構わないが、飲み過ぎるなよ。夕飯もここで食べるんだからな」

 透が目の前に置いたメロンソ-ダ入りのグラスを、花圃の前に置いた野菜ジュース入りのグラスと取り換えると、彼女は教材を閉じて笑みを浮かべた。

「わぁい、ありがと。いっただっきまぁす」

にいと笑い、ジュースをストローで吸い上げる花圃の幸せそうな顔を見ているだけで、透は安心感に包まれる。

 ここしばらく、注意深く花圃の様子を見てきたが、家にいない限り、彼女は発作を起こさないようだ。学校生活も、問題無く送れていると見て良いだろう。

 こうして眺めていると、花圃は普通の女の子にしか見えない。素直で、元気で、明るい平凡な少女。但し、それは見た目だけだ。花圃が彼氏の一人くらい、いてもおかしくないほど魅力はあっても、彼女に普通の人生は送れない。あいつのせいで。あいつが生きている限り。

 透は山岸家の一階の和室に眠る、ビデオカメラに思いを馳せる。

 あのカメラで記録された俺や花圃の映像は、和室に置かれていたカセットテープには残されていなかった。しかし、だからといって安心はできない。俺や花圃の痴態が映ったデータはどこかに隠されている可能性もあるし、第三者の手に渡っていることだって考えられる。

 あいつが生きている限り、俺たちの痴態は日に日に拡散されていく。一日も早くあいつを殺さなければ、俺も花圃にも、未来はない。

 考えろ考えろ。一刻も早くあいつを殺す妙案を見つけ出し、花圃の未来を守ってやらないと、じいちゃんやばあちゃん、母さんだって良い気はしない筈だ。

「お待たせしました。山盛りポテトフライになります」

 下唇の裏を前歯で噛み、邪なことを考えていると、ウェイトレスがポテトフライを運んできた。

 透は意識を現実に向けて、テーブルの上のグラスを横にずらす。

「失礼します」

 ポテトの載った皿をテーブルの上に置いたウェイトレスに、去り際に好奇な目で見られ、透は思わず苦笑する。

 そんな目で見るなよ。少なくともまだ法に触れるようなことはしたこと無いんだから。

「ほら、花圃も遠慮しないで食べろ」

 ウェイトレスの後ろ姿から目を放し、透は視線を前に向ける。前方では、険しい顔をして、花圃は教材と睨みあっていた。

 わからないところでもあるのか。そう尋ねようとした時、花圃は大きくため息を吐いて、ポテトフライに手を伸ばした。

「あぁ、もう嫌だ」

「花圃、先に手を拭いておけ。病気になるかもしれないぞ」

「あ、忘れてた」

 透に指摘され、花圃は『えへへ』と笑った。

「それで、どうした?息が詰まってるのか?」

「ん?ううんとね、今度のテストまでに英単語たくさん覚えないといけないから、今絶望してる。こんなのできる訳ないよ。あ、ケチャップかけるよ?」

 透は花圃がおしぼりで念入りに手を拭き終えてから頷いた。

「たくさんって言っても、単語の意味は一つ覚えるだけで良いんだろ?それくらいでめげるなよ」

「まぁ、そうだけど……」

「ってちょっと待て。何で全部にケチャップかけるんだよ」

「え?良いでしょ。分けるの面倒臭いもん」

「勝手だなぁ……」

 オレンジジュースを持ってこなかったことを根に持っているのか、少し目を離した隙に、花圃の手によって、全てのポテトフライには、透の苦手なトマトケチャップがかけられていた。

「一言断れよなぁ」

「お兄ちゃんもね。でも、英単語三百個覚えないといけないんだよ。他の教科の勉強だってしないといけないのに」

「英単語三百個覚えるなんて大したことないだろ。人間その気になれば、長編小説を全文暗記すことだってできるんだぞ」

「何それ。そんなのできる訳ないよ」

「レイ・ブラッドベリの華氏451度には、そんな本好きの人間が何人か出てくるんだよ。花圃も一度読んでみると良い」

「そぉんなすごいこともできるかもしれないけど、好きなこと覚えるのと、嫌いなこと覚えるのはまるで違うよ」

 確かに花圃の言う通りだった。あいつを殺す方法を考えるのは、精神を落ち着かせるのに一役買っているが、決して好きなこととは言えない。

 透が何も言い返せずに黙っていると、花圃は不貞腐れた顔で片手に教材を持ち、黙読を始めた。

 それを良いことに、透は再び父親の殺害方法について考えを巡らす。

 刺殺、撲殺、殴殺、毒殺……。曖昧な言葉は浮かんでも、具体的な情景は思い浮かばない。殺害方法云々を抜きにしても、ぱっと思い浮かぶのが数十種の殺害方法だけでは情報が少な過ぎる気がする。

 本当にあいつを殺すのであれば、殺害方法は三百通りは考えておくべきかもしれない。そして、その中から完璧だと思われるものを選び、実行する。そうでもしなければ、俺は警察に捕まってしまうだろう。警察をなめてかかってはいけない。奴等は目の前で火が起こされないと動かないが、犯罪者を捕まえることに関してはスペシャリストだ。奴等から少しも疑われないようにするには、あいつを事故死に見せかけるのがベストか。殺人事件だと判断されて、いつまでも捜査が打ち切らなかった時は、おちおち夜も眠れないだろうから、少しでも俺や花圃が疑われないような殺害方法を考えなくては。

 しかし、今は具体的にどうあいつを殺害すれば良いのか解らない。早急に情報収集をする必要がありそうだ。

 透は携帯電話を開くと、ネットに繋げて、ヤフージャパンのトップページを開いた。

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